第11話 『認知行動療法』との出会い
その他、私は面談の中でいま現在の困り事としてメンタルケアを口にした。
すると年末お世話になった施設(障害者支援センター)で『認知行動療法』(2ヶ月間)の講座ありますがどうしますか?と問われ『すみません認知行動療法ってどのような物なんでしょうか?』と聞き返した。
鬱状態の時など原因となる問題を見つけ過度に捉えてしまう思考のくせを前向きな思考に変える訓練だと室長は教えてくれた。
『知りませんでした。興味あります。』と参加の希望を示した。
『求人の方はどうします。こっち希望すると採用になった時、講座の方受けられなくなっちゃいますね。』
『求人は応募します。福利厚生しっかりしてるので…一応家族に話しますが、OK出たら就活して落ちたら講座を受けます。』
履歴書等の必要書類を書き早速模擬面接の時間を取ってもらった。室長から『受け答えも悪くないので自信もっていいですよ。』とお墨付きを貰って、書類を送った。
自分もほぼ受かるものだと思っていたが後日『不採用』の通知が届いた。
『私も信じられなくて…採用になってる人たち数人見てまして阿部さんは受かると思ってたんだけどね。』室長は首をかしげていた。
そのおかげで認知行動療法について学ぶ時間が増えた。室長から講座受けるにあたり事前に読むように言われた資料A4用紙50枚を読み終えた時、室長から別の提案を出された。『認知行動療法、私ので良ければ週2回くらいで行うこともできますがどうしますか?』予定していた講座はずいぶん先の話だった為、即決した。『お願いします。どうしたらいいですか?』
『《心の晴れるノート》これ使って進めていこうと思っています。』必要なものだと思いすぐ買い求め早速読みながら実際に自分の今起きている問題や困り事、ストレスと感じているものを取り上げ、コマを入れて貰い助言を頂きながら考え方の矯正を進めた。
その本には『七つのコラム法』というのが用いられておりこれを使い進めていく事で沢山の事がわかった。
自分の考えは必要以上に怖がり、ネガティブにとらえていた事。その状態を俯瞰的にみる事でパニクっていた自分を自覚し改善方法を考える事が出来る道具のような本だった。読みながら実際に書き出すことで本当に心が晴れ開いていくのが分かり嬉しかった。
私がその頃考えていたのは
●収入についての不安
●仕事についての不安
●妻との関係についての不安と不満
それぞれ、認知行動療法に入る前の状態から反証を考えそれを踏まえて気持ちがどう変わったか体験しすべてポジティブに心が変化し行動が変えられることが分かった。とても大きな変化を実感した。
準備支援室を利用してみて本当によかったと嚙み締めるように思った。
通所している間、その時々の困り事に耳を傾けてくれ、的確にアドバイスをしてくれた。
就職活動で気になる求人を眺め、どれに応募しようかと決めようと考えている時、ふと前々職の転職時の事を思い出した。
転職して一週間が過ぎる頃、携帯電話が鳴った。
『この前うちに来てくれたけど、君が行くべきところはそこじゃないんじゃないかと思って電話してみたんだけど』と退職の為同業者に挨拶に伺った先の社長の声だった。
『ありがとうございます。すいません。紹介者がいましてもうすでに始まっているものですから…』とその時はお断りした。
その事を思い出すと途端に
また戻れる事ならと想像が膨らんできた。私が目指していた仙台箪笥職人の道。ここまで落ちた自分がまた踏み出せるものだろうか?
一瞬のひらめきを占いにかけるように私は覚えたての『認知行動療法』の題材にかけてみる事にした。
『コラムノート』
状況
宮城県の代表的な家具工房で社長とは数回お話をした関係で、前々職の就職して間もない頃に社長自ら電話をかけてきて頂き『内で働いてみないか?』と引き留めてくれた経緯がある。知人よりの紹介ですでに就職してしまっている事から、その時は丁重にお断わった。
今回、就職活動を行っている中で私は何をやりたく、どういう事ができるのか、色々考えるうちにこの家具工房の事を思い出しました。しかし、今の私の精神状態と抱えている発達障害、そして今までの失敗体験が頭によぎり躊躇している。
気分 (状況によって感じた気分)
不安70% 怖い70% 恥ずかしい30%
自動思考 (なぜ、そういう気分になったのか)
①ADHDで適応できないのではないか。
②大失敗をして迷惑かけてしまったらどうしよう
③職場に定着できないのではないか?
④馬鹿にされるかもしれない。
⑤せっかく雇ってくれた社長に対して期待に応えられなかったらどうしよう。
根拠
①私の特性で(忘れ物やミス)うまくいかないのではないか?
②ストレスなどのメンタル不調により、大失敗をしてしまうのではないか?
③働きづらくなると追い込まれてしまい、今までは仕事を辞めてしまう事が多かったので前と同じようになってしまうのではないか?
④出来ない事や失敗が続く事で馬鹿にされそうな事が何となく嫌だ。(そうゆうタイプの人)
⑤決して技術が高いわけでもないし、今までの経験と結果を顧みた時に自信がない。
反証(自動思考の反証)
①事前に現状を伝えて、出来そうな作業からステップアップ出来るようにお願いしたら分かってもらえるかもしれない。
②どこに勤めたとしても仕事に対する姿勢は変わらないのではないか?
③ストレス管理を行い、気になる時は事前に伝えて迷惑をかけないようにすれば大丈夫ではないか?
④未来の理想に近い就職先選びをおこなって、自分の将来を選択する事こそが今行うべき事なのではないか?
⑤選択出来るか出来ないかが問題で、チャレンジは次に繋がる。納得して決断をすればどちらにしても納得がいく。しっかり悩め。馬鹿にされたとしても仕方ないし、別に気にせずそれよりも大切な事は仕事を覚えて、周りの役に立つ事が目的だ。
精一杯仕事に向き合い、努力を重ねる事で、いつか認めて貰えれば最高だ。たとえそうならなかったとしても悔いのないように過ごした時間は後悔にはならないのではないか?
適応的思考
(自動思考と反証をミックスして気分がどう変わったか)
①面接時には経緯と現状を真摯に説明して、働かせて貰いたい意思を伝え結果を待つ。後はそれからの問題として受け止め、その都度、適応できるように努力するしかない。
②今までは自分の健康状態や精神状態について向き合わないで生きてきたところがあるが、これからは自己管理できるように練習していきたいと思った。
③定着出来るか出来ないかは就職してからの問題で、どこに勤めたとしてもその不安はつきまとう課題。定着出来ない理由がその時の問題だとすれば、今その問題が何なのか分からない以上考える必要はない。
④馬鹿にされて困る事はあるのか?これ以上馬鹿にされたとしても失うものはないだろう。
⑤期待に応える努力さえ怠らなければそれでいい。
心の変化
不安60% 怖い50% 恥ずかしい20%
はじめる前と後で心の中が変化した。
このような、内容のコラムノートが残っていた。
自動思考での気持ちに反証を重ねる事で気分を前向きにシフトさせ一歩を踏み出す力が少なくてすむ事ができるようになった。
結果、自分の気持ちに正面から向き合う事でもう一度夢の扉の前に立てたのだと感じた。
家族に気持ちを打ち明けると妻は賛成してくれた。次の日、支援室の担当の方にその事を伝えると直ぐにM工房に電話をする事にした。
松田さんは私の持つ直接的な印象や周囲から漏れてくる声からも接し方がとても難しい方で通っていた。
私は電話を掛ける行為一つにどのような筋道で話をしたらよいか考え何度か文章を作り直した。それは言葉や行動の間違いを指摘され面倒な事になると予測したからである。
深呼吸してから携帯電話の送信ボタンを押した。
本人が電話に出た。
『三年くらい前にお邪魔してお話を聞いて頂いた阿部と言います。覚えていらっしゃいますでしょうか?』『どうしたの?』と聞かれ以前転職の際、『君が行くべきところはそこじゃないんじゃないかな』と呼び止めてくれた事、その後人生が思うように行かず病院に行き発達障害が見つかった事…これまでの流れを簡単に話した。
『そうか、電話をくれてありがとう。話を聞こう工房に来たらいいじゃないか?』と話が進み、その日の午後工房で面談する事になった。
私から、ここに至るまでの経緯、発達障害の事を含め必要と思われる内容を出来るだけ話した。
松田さんからは、『今とても忙しいので来てもらえると大変助かるんだ。』といわれ、即日内定をもらった。
電話ですぐに準備支援室に連絡し、内定の報告と明日からの土日の就労を報告した。
給料については時給1000円と言われた。
もちろんそれだけで家族三人の生活は成り立たない。すでに行政の生活保護窓口との相談を重ね。社会復帰する事が大切との指導により、少しの安心感を得る中で社会復帰の再スタートを切る事になった。
次の月曜日M工房に内定した事を改めて支援室の担当の方に報告した。退所準備をしてくれている間、ハローワークに内定の報告手続きをしに行く事になった。ハローワークの担当新井さんもとても喜んでくれた。
支援室に戻ると対処の準備がされていた。
今までの支援によって見えた事、出来るようになった事など、この施設で行って得たデータ、自己の特性をまとめた資料をもらって少しバタバタとした退所になった。
室長にお礼を言って私物の片付けの為机に向かった。
これでここのステージは終わるんだなと思った。短かった一カ月半を振り返ると、この施設には社会復帰への支援と体験、そしてスタッフの言葉には感謝しかなかった。
机に戻り書類の整理をしていると佐伯さんが私にいつものように笑顔で声をかけてくれた『就職おめでとうございます。よかったですね。』
『ありがとう。仲良くしてくれてありがとう。お世話になりました。』私が佐伯さんより十歳以上年上という理由から『佐伯さんの明るくて楽しいところがとてもいい所で私も明るくなれた。周りに助けてくれる人いっぱいいるはずだから頑張ってね。』と少し上から目線で励まして『ありがとう』と言って別れた。
最後にスタッフの方々にお世話になった感謝の言葉を伝えた。女性のスタッフからさっきの話が耳に入ってきたと言って『佐伯さんにとてもいい話をしてましたね。』なぜかその言葉を聞いた途端、目から涙がこぼれ止まらなくなった。
未来の事は確証がないものがほとんどだ。
けれども信じたい事がある。
自分にかけていた言葉だったのかもしれない。
おそらくいろいろなものが沢山涙に詰まっていた事だろう。
人目をはばからず四十四歳のオッサンは子供のように泣いた。
腕で涙を拭き、もう一度『ありがとうございました』と言って施設をあとにした。
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