読書アドバイザーの事件簿

文字塚

第1話 アレキサンドリア図書館ではない

 都市部にそびえる無駄に大きな店構え。

 艶のあるフローリングが一般的な中、沈み込むようなダークな色合いが広がっている。

 ここは書籍専門のいわゆる本屋である。

 電子書籍が幅を利かせてからというもの、実店舗は縮小を余儀なくされた。何かを兼ね販売せねば経営も難しい。


 一昔前はレンタルビデオ屋を兼ねることが多かったそれは、今やスーパーやドラッグストアに取って変わった。VODの登場により、レンタル市場そのものが縮小したからだ。

 大手コーヒーチェーンなどと提携し、書籍を販売。書籍自体をレンタルすることはもはや日常となった。

 そんな情報過多、ある種大海と化した書籍選びを助けるべく誕生したのが、ブックアドバイザーという役割だ。


「あなたに合う一冊を紹介致します」


 という実に現代的役割は、しかし資格が存在する。

 俺はと言えば、ついこないだまでとある出版社に勤めていた。実際今も勤めてはいるのだが、


「お前は一度、現場を経験して来い」


 と、見事に本社から飛ばされた。こうして書店を訪れるのはある種日常ではあったが、まさか働くことになるとは。

 何せ電子書籍担当、ずっとそうだった。紙の書籍を担当するのは入社して以来初めてだ。しかも事実上、書店の店員である。接客業など学生時代のバイト以来だ。何事も経験と割り切れればいいのだが、パソコンと睨み合う世界とは違いすぎる。

 人と接し適切な書籍を紹介する。アドバイスなんて大それたこと、果たして俺に出来るだろうか。


 豪奢な店舗は実に金がかかっており、書店というより図書館が近い。いや、国立図書館、あるいは知の集積所と呼んだ方が適切かもしれない。

 今は消え失せてしまった、古代アレキサンドリア図書館のようだ。知のディアスポラ、離散した書籍を片っ端から収蔵するかのような品揃え。いつかここも廃れ消えいく運命なのだろうか。

 研究者などどこにもいない。いるのは客と手慣れた店員、そして正規の書籍アドバイザーと俺だけだ。

 いずれにせよ俺には関係のない話。

 そもそも左遷と変わらぬ処遇。

 いつ辞めたって後悔などない。


「すいません、ちょっといいですか」


 店員の一人に声をかけられ、特にやることもなく突っ立っていた俺は仕方なく身体を向ける。


「なんです」

「あの、お客さんの一人が暇そうなブックアドバイザーを紹介して欲しいって」


 若い女性店員は俺よりは年下だろう。まだ大学生といったところか。名前を覚えてないな。名札はぶら下げているが、そもそも覚える気がない。


「暇そう。確かに。で、何をご所望なんだ」

「本人に確かめていただけますか。あちらで待たれているので」


 見れば吹き抜けの二階、テーブル席に誰かいる。ここは一体なんの書架だ。全く、元が取れるとはとても思えない。呆れつつ応じる。


「そう。構わんよ」

「あの、言っときますけど仕事ですからね……」

「らしいな。知ってる」


 ため息一つ、女性の店員は忙しそうに去って行った。店舗が広すぎる。設計図を描いた奴はそこで働く人間をイメージ出来なかったのか。ただでさえ人手不足な昨今なのに。

 致し方なく、客だという人物の元へと向かい足を運ぶ。


 左遷された人間に階段を昇らせるとは、全くいい度胸だ。当てつけに的外れな本でも紹介するか。暇そうなアドバイザーとはどういう了見だ。おもいっきり当てはまって断れないじゃないか。


 二階に上がり、テーブル席の客へと近づいていく。見たままだが、客は女性だった。年は同じぐらいか。三十路というには早そうだ。しかしなんのつもりだ。女なら女同士適当に盛り上がれよ。

 内心毒づきながら、一応接客に努めることにする。


「ご要望がおありと聞いて参りました。どのような本をお求めですか」


 名も名乗らず、単刀直入に話を進める。


「ありがとうございます。まずはどうぞお席へ」


 物腰の柔らかい女性だった。カジュアルな装いがシックに見えるのは、まとう空気感のせいか。不思議な感覚を覚えながら、俺は彼女を見つめていた。

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