6. 『エタる』って悪いことかね?
まずは『エタる』という言葉についての事前知識の植え付けから。
……実は、『御子柴流歌』の名前で創作活動を始めたタイミングでは、この略語というか俗語というか、このワードの意味が全く分かりませんでした。
※「エタる」とは
自分の創作作品を未完のまま更新を止めること。
どうやら『エターナル / eternal』が語源になっているらしいですね。
和訳すれば「永遠の」「永久の」「永遠に変わらない」「不動の」「(うんざりするほど)果てしない」という感じ。
これが転じて『永久に変わらない』つまり『永遠に更新されない』という風になり、「エタる」と言うワードが生み出された模様。
――最初は身分差で「ニンゲン以下」とされた部類(=穢多)のことを指しているんだと思っていたものの、どうやらそういうことではなかったようで、その辺りは一安心でしたが。
さて、この『エタる』現象。
ネット小説界隈なら――というか、ネットでの何らかの創作活動の中では、まぁまぁの頻度で目撃することが多いと思われます。
「この長篇、そこそこの頻度で更新されてたと思うけど、最近止まってるなぁ」とか、そういう感じの作品。
まさにそういうのが『エタった作品』になるわけですね。
一括非公開にして「無かったことリスト」に入れるパターンも往々にして在るので、作品リストからは消えているけれど本人の経歴の中には残るということもあるのではないだろうかと思います。
とはいえ、これは別にネットに限った話でもないかもしれないですね。
言ってしまえば、作者から『次巻で完結です』と通達されたわけでも、編集から『打ち切りです』と宣言されたわけでもなく、だけど音沙汰は無くなった作品シリーズ――みたいな。
あまり言いたくは無いですが、むしろラノベ界隈なら日常茶飯事なのでは? とすら思ってしまいますね。
出足はそこそこ良かったけど、3、4巻くらいから作者のネタもワンパターン化して、それが透けて見えてきたせいで読者も飽き始めて、でも新作も出てこないモンだから何となく放置されているような雰囲気になってるシリーズ。
中にはしれっと新シリーズ始まって、既存のシリーズが完全に疎かになる作者もいらっしゃる――かな?
――もしかして私、何か、偉そうなこと言ってますか?
だけど、書かれたモノを消費する側からすれば、あまりその辺って『知ったことではない』というのが正直なところ。
創作活動を一切しない、いわゆる完全なる読者だったら、「御託はイイからさっさと俺が/私が好きなあのシリーズを出せ」みたいなことを思っても不思議じゃないのでは。
(っていうか、出版されている事実が既にあるということに感謝してほしい――という底辺物書きの僻み根性)
この『エタる』に至る原因は、作品の数だけあります。
当然ながら『人気が出なかったので書き続ける気力がなくなったが、今更完結にするのも面倒になったので放置した』というのが多い気がします。
私にももちろんこういう作品は在ります。
自己分析を含めて話すのならば、こうなる原因は『高すぎるプライド』じゃないでしょうかね。
至って単純だと思います。
書きたいように書くとか高尚なことを宣っていたとしても、結局何故書いたモノをウェブ上に流すかと言えば、自己顕示欲を満たしたいからに決まってます。それなのに読まれないのであれば、そりゃあ当然プライドが傷付くというモノです。
癪に障ることは当然あるでしょうが、背に腹はかえられないので放置――という流れ、きっとよくある話です。
あるいは『展開に詰まってしまい、しばらく考えたモノの今ひとつピンとこないのでそのまま放置してしまった』パターンも多そうです。
ネット小説にありがちな「スタートダッシュ全振りで要素を徹底的にぶち込んだような長篇を始めたはいいが、結局竜頭蛇尾に陥って手詰まり」というヤツですね。
巷で言われる『ネット小説はスタートダッシュのPVが勝負』という話を真に受けて、本当に最初の1万文字くらい(場合によってはそれ以下もあるか)にパワーを注ぎ込んだ結果、あっさりと息切れしちゃうヤツです。
とくに転生モノだと多いのではないでしょうかね。『何に転生するか』に全振りして設定を考えたモノの――というパターンが代表例として挙げられる気がします。
これまた原因は単純で、『一発ネタありき』。
リズムネタでウケてハネた芸人がその後伸び悩むのと同じです。
その後を考え切れていないとこのパターンに陥りやすいのではないでしょうか。
この両者、わりと似通っている部分はあると思われます。
趣味的な創作に対してこういう表現が相応しいとは思いませんが、どちらも『信念が足りないから』起きがちな問題だと思っています。
先ほどの話で前者――『人気が出なかったので書き続ける気力がなくなったが、今更完結にするのも面倒になったので放置した』場合にしてもそうです。
こういう話が書きたいのだと思っていれば明確に最終到達地点まで思い描けているはずで、そうなればエンディングは迎えられるはず。
誰にも読まれないとか言う結構深刻な問題を抱えていたとしても、何としてもこの話を結末で描くんだと思っていれば『完結設定』に持っていくとはできると思いますが、それができないということはそこまでの意欲がないという現れでしょう。
読まれなければ意味がないという感想については同意しますが。
当然後者――『展開に詰まってしまいしばらく考えたモノのイマイチピンとこないのでそのまま放置してしまった』パターンならなおさらです。
尻すぼみになるタイプの作品はさらにこの傾向が強くて、そもそも「結末まで考えてない」のではないでしょうか。
その話、どういうオトシマエを付けるんですか? と思えてしまう作品は、ネット小説界隈に結構よく転がっている気がします。
異世界転生に限らず、ラブコメもそうですね。SFもそうでしょうか。
何で線引きをするんでしょうか、と。どこで幕引きをするんでしょうか、と。
「PVが稼げてるいるウチは幕引きしないでおこう」とか思ってダラダラやってる内に引っ込みが付かなくなった――そんなタイプだとしたら、そりゃあ『書ききる』なんてできないでしょう。
とはいえ、です。
この『エタる』ということですが、本当に悪いことでしょうかね。
もちろん、その作品を楽しみにしていた人にとってみれば『間違いなく、悪行』だと思います。
その理由はすでに言ったとおり、「御託はイイからさっさと俺が/私が好きなあのシリーズを出せ」――これに尽きてしまう話なんです。
しかしながら、作者も結局ニンゲンに過ぎません。
何度も言っているとおり、「書きたいように書く」と口では言っても『読まれたいから書いている』のであって、読まれない気配を察してしまったら、たとえ数名でも読み手がいたとしてもその作品を切り捨てることはあると思います。
創作者は『その話以外にもたくさん書きたいモノを持っている』わけで、だけど『時間には限りがある』のですから、そういうところでのコストパフォーマンス意識はどうしたって持つわけです。
だからこそ「エタらせねばならないときもある」ということです。
ですが。
ですが、です。
あまりにもすぐに『出して、止めて』を繰り返すのは問題です。
信用に関わります。
某社がソシャゲを立ち上げては1年程度でサ終(=サービス終了)ということを繰り返した結果、「あの会社から出るソシャゲはすぐ終わるから課金したら負け」という総意が形成されてくる――というパターンと同じです。
自分の作品に出てくる登場人物を大事に思う余り、途中で切り捨てることが怖いと思うヒトもいるかもしれません。
私もどちらかと言えばかつてはそういうタイプですし、そもそもしっかりとエンディングは構想してから長篇に取りかかるタイプです。これは今もそうしています。
ただ、あまりその辺を怖がってしまうと、そもそも長篇作品を書けなくなる気がします。
短篇しか書けないとつぶやく創作者を時々見ますが、もちろんそれは全然悪いことではないです。短篇は書けているのですから、どこにも問題はないです(ただし、文字を書いてそれでメシ喰ってる人ならば問題が生じる恐れはありますが、私は現状そういうヒトではないので知ったことではありません)。
当然「そこまで長丁場の作品を考えられるような時間なんて無い」という理由もあると思います。趣味であれば、それ以外の時間がまず優先されるべきなので、長篇を書くような高カロリーなことはなかなかできないと思います。
ただ、『なぜ長篇を書けないか』というところに立ち返ってみたときに、意外と「長篇を書くに至れる設定を考えられないから」とかいう理由に行き着いた人はある程度居ると思って居ます。
これは要するに「『エタる』ことを頭のどこかで怖がっているから」なのではないかと、私は思うわけです。
あまりにもすぐにエタらせているヒト。
これは信念が足りないので、もう少しだけ『エタり』を我慢しましょう。
エタることが怖いヒト。
過度に怖がる必要はないので、もう少しだけ『執筆』を続けましょう。
つまり――。
――他人に何かを背負わせるな。
――とはいえ、自分に何かを背負わせすぎるな。
これが結論です。
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