第45話 つまり、温泉はすごいってこと

 今回はこのままスルーして、明日にでも小さなバスタブを用意してもらおう。そこにアクアの温泉の湯を張れば完璧だ。俺専用の温泉の完成である。自室に風呂がついていればよかったんだけど、さすがにないんだよね。今度、つけてもらおうかな。


「アクアちゃん、温泉って何かしら?」

『温泉とは、様々な効果を持ったお湯のことです。そこにつかれば疲労回復だけでなく、肩こり、腰痛の緩和、さらには美肌効果などを得ることができます』

「アクアちゃん、その話、もっと詳しく!」


 アチャー、俺の完璧な作戦が終焉を迎えたよ。短かったな。

 ギラギラと目を輝かせたのはお母様だけじゃない。それは使用人たちも同じだった。女性はみんな美肌に興味があるんだね。俺は単にゆっくりと温泉を堪能したかっただけなのに。


「なるほどね、それならこのお湯を入れ直さないといけないわね」

「さすがに今からでは無理ですよね? お母様、また今度のしましょう」

「いいえ、やるわ」

「は?」


 お母様の宣言にテキパキと動き出した使用人たち。すぐにバスローブを持ってくると、浴室を暖めるための魔法を使い始めた。いつの間にお風呂の栓を抜いたのか、みるみるうちに減っていく水かさ。判断が速い。


 数分もしないうちに、すべてのお湯がなくなった。もったいない気もするが、さすがは王族ということにしておこう。


「さあ、ルーファス、やりなさい」

「わ、分かりました。アクア、この中を温泉で満たしてちょうだい。温度はちょうどいい温度にしてね。それから、美肌効果は絶対に入れるように」

『承知いたしましたわ』


 そう言ったのと同時に、大量の湯煙がアクアから噴出した。それはあっという間に湯船を限界まで満たしていった。

 いや、違う。源泉掛け流しにするためなのか、少しずつあふれている。


「お母様、準備が整ったみたいです。うん、温度もちょうどいいみたいです」


 念のため温度を確認する。指示してなかったら、熱かったり、ぬるかったりしたことだろう。魔法生物を操るのも大変だな。色々と考えなければならない。


「それではさっそく入りましょうか。んんっ、染みるわ」


 何その色っぽい声は。やめてよね。俺のケロちゃんが反応しちゃったじゃない。慌てて風呂の中にエスケープする。セーフ。お母様には見せられないよ。

 続けて使用人たちも、あっ、とか、あんっ、とか言いながら湯船につかった。キミたち、わざとやってないよね?


 だが確かに染みるものがあるな。まるで温泉の成分が体の中に浸透しているかのようである。きもてぃいい!

 そして変化はすぐに訪れた。


「あらやだ、お肌がツルツルになってるわ!」

「ほ、本当ですわ」

「すごいです」


 キャッキャと騒ぎ出した女性陣。美肌効果は抜群のようである。これでよかったんだ。そう思うことにした。俺は何も悪いことをしていないぞ。

 自分の肌を確認してみる。うん、スベスベのツルツルになっているな。まるで生まれたてのようである。これはすごい。お母様たちがキャッキャするのもうなずける。


 他にも効用があるみたいだが、さすがに分からないな。肩こりもなければ腰痛もないのだ。このあと入るであろう国王陛下や、お兄様たちの感想に期待だな。効果があるようなら、騎士団の大浴場のお湯を温泉にすれば、みんなから喜ばれるかもしれない。


 でも俺から提案するのはやめておいた方がいいだろう。たぶん目立つことになってしまうからね。

 今、俺が目立っているのは、主に家族と召喚ギルドのメンバー、そして専属の護衛騎士や使用人たちの間だけである。そのままの状態を維持すれば、おおごとにはならないはずだ。


「ルーファス、すごいわよ、この温泉。毎日、やってほしいくらいだわ」

「えっと、まあ、そのくらいならなんとか」


 こうして俺はお母様からの依頼をあっさりと引き受けたのであった。これはお母様の弱みになるかもしれないのだ。怒られるようなことをしでかしても、お小言くらいですむ可能性が非常に高くなったはずである。


 そんな密約をお母様と交わしたあとは、当初の予定であった、ティアの魔法による髪を乾かす時間である。

 お母様だけでなく、温泉につかってツルツルになった使用人たちも期待するような目でこちらを見ている。なんか俺、美の伝道師みたいな立ち位置になってない? そんなことはないからね。


「ルーファス・エラドリアの名において命じる。顕現せよ、フェアリー!」

『お呼びかしら、ダーリン? んん?』


 ティアの視線がお母様の胸に吸い寄せられた。今のお母様は下着姿である。髪を乾かしてから夜の服装に着替えるのが、ここでの習わしである。そうじゃないと、豪華な服が台無しになっちゃうからね。


 そしてティアは自分の胸と比較して、俺の方を見た。そんな目で見られても、ティアの胸は大きくならないぞ。たぶん。それなら最初から大きくしとけよと言われそうだが、俺の中での妖精はティアの姿なのだ。許せ。


「ティアの魔法でお母様の髪を乾かしてほしい。お願いできる?」

『もちろんよ。その代わり、大きくならないかしら?』

「ちょっと俺の力では無理だね。ごめん」

『できそうな気がするんだけどなー?』


 疑うような目で俺を見ながら、俺の周囲を飛び回るティア。できるかもしれないけどやらないぞ。そんなことをすれば、お母様から疑いの目を持って見られるだろう。夜な夜な魔法生物を呼び出して、いやらしいことをしているんじゃないかってね。


 俺が夜な夜なやっているのはラギオス吸いくらいである。最近はベアード吸いもやってるけどね。これからはモグラン吸いも加わる予定である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る