第20話 一、丸、丸
突然の要求に私は言葉を失った。彼女は届いたばかりのパフェの苺をひとつ掴むとパクリと口へと運んだ。
「あの日結構な修羅場があってねぇ。その場に私もいたのよ。まぁ正直に話すと先輩は私と先生の浮気現場を見ちゃったのよ」
彼女はパフェだけを見ながら私に話した。長いスプーンを使って黙々とパフェを食べ進める。私は黙ってそれを見ていた。
「その時ね、先生と先輩がちょっと言い争ってさぁ。凄かったよ~先輩が先生を思いっきり平手打ちにして。私その様子をスマホで撮ってたの」
その言葉に私は思わず目を見開いた。あの日何があったかの決定的な証拠。私が今最も手に入れたいものをこの人は握っている。彼女は私が話すのを待たずに話続けた。
「特別にあなたには今の状況を全部話してあげる。私はその動画で高橋先生を脅しているの。今、彼は私の言いなりなの」
彼女はニヤリとほくそ笑む。半分以上残っているパフェにスプーンを突き刺した。
そして右手の人差し指を立て、左手で丸を二回作った。一、丸、丸。
「百万。それが用意出来るなら動画を渡してあげる。但し、先に言っておくと、その動画で先生を罪に問えるような事は出来ないと思う。警察に持って行ったとこで再捜査してもらえるとは思えない」
「その動画はどんな内容なんですか?」
「それは今は言えな~い。あなたが直接見てどう使うかは決めて」
私は無言で俯いた。100万円は高校生の私には無理だ。母に相談して果たして納得してもらえるだろうか。どんな動画かもわからない。そもそも本当に動画が存在するのか。
「まぁ迷うわよねぇ。じゃあ音だけちょっと聞かせてあげる。ちょっとこっち寄ってもらえる?」
私は中腰の姿勢でテーブルに手をつき彼女に近づいた。彼女はスマホの裏側をこちらに向け私の耳元に当てた。周りにはあまり聞こえないようボリュームは落としてあった。
スマホから聞こえるのは男女が言い争う声。女の方は確かにお姉ちゃんの声だ。こんなに怒っている声は私も聞いたことがない。そして男の方は間違いなくあいつの声だ。こちらも普段聞くことがないような声で叫んでいた。
動画は二分くらいだっただろうか。それでも十分価値はある。
私は深く息を吐きながらソファーに座り直した。
「これで信じた? 二人とも凄いでしょ~まさに修羅場よね。私、先輩があんなに怒る人だとは思ってなくて結構びびったわ」
彼女はスマホをバックに仕舞い込むと、ほとんど溶けてしまったパフェをぐちゃぐちゃとかき混ぜ始めた。
「もしこれが手に入れば先生を追い詰めれるかもしれないよ。ネットで拡散させればそれなりに話題になるでしょ?ほとんど後ろ姿だけど、横顔も一瞬映ってるから」
確かに姉の事故死の詳細などと一緒にネットにあげれば話題になるかもしれない。高橋の顔だけを晒し、あることないこと書いてしまえばもしかしたらワイドショーにも取り上げられるかもしれない。
噂というのは勝手に一人歩きして行くものだ。
「わかりました。ただそんな大金すぐに用意するのは不可能です。少し考えさせてください」
「もちろんゆっくり考えて。私はいつでも待ってるわ」
ここは私が奢るわ、と言うと彼女は伝票片手に席を離れた。
すっかり氷が溶けたカフェオレを私は一息に飲み干した。
結局、それから私は夏休みが終わる頃まで何も打つ手が見つからなかった。
百万円という大金は未成年の私がどう
あの女を恐喝で逮捕することはできても高橋はどうだろう。逆にあいつも被害者でもある。姉の事故の再捜査まで事が運ぶだろうか……
いっそパパ活でもしようかと本気で悩んでいた時、とあるニュースがテレビで流れた。
「――殺害されていたのは、県内に住む大学生、
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