第13話 桜舞う

 夏休みに入り先生といっぱいイチャイチャ出来ると思ったが実際は違った。吹奏楽部の練習でほぼ毎日会う事は出来るのだが、先生は色々と忙しいらしく二人で会うのはごく僅かだった。


 その日は部活が休みで先生は会合で忙しいとの事だった。たまには我儘になってみようと思い、彼の部屋にこっそり行って待つ事にした。夏休みの間だけと合鍵は渡されていた。鍵を差し込みなんとなく悪い事をしているようで、そーっとドアを開ける。静かに中へと入ると彼の靴と女性の靴が揃えて置いてあった。


 もう帰って来ているのだろうか? 私は足音を立てないようゆっくり進んだ。リビングには誰もおらず寝室の方から人の気配がする。そしてどこか聞き覚えのある声も聞こえてきた。


「ねぇ先生、個別指導とか言って~最初からエッチする気だったでしょ?」


 あまり喋った事はないが、この声は確か吹奏楽部一年の佐山さんだ。普段はおとなしい感じなので随分印象が違う。でもどうして彼女がここに?


「そういう君もやる気満々だったでしょ? いつもとイメージが違うから驚いたよ」


 笑いながら答えるその声は間違いなく先生のものだった。その瞬間、カァーっと頭に血が上り勢いよく寝室のドアを開ける。物凄い形相で飛び込んできた私を見た二人はどちらも裸だった。ふーふーと体全身を震わせ二人を睨み付ける私に対し、最初に声を発したのは佐山さんだった。


「先輩っ!? なんでここに?」


 私は無言で二人を睨み続ける。怒りで何も言葉が浮かばない。何も考えられない。

先生はゆっくりベッドから出ると服を着始めた。佐山さんも慌てて下着を探していた。


 ベルトをカチャカチャと締めながら彼は私の方へと近づいてきた。


「愛伊香。とりあえず向こうで落ち着いて話をしよう」


 彼は私の手を引いてリビングへと向かおうとした。私はその手を引き離し、彼の顔に思いっきり平手打ちを食らわした。


「話す事なんて何もないっ!! もう帰るっ! さよならっ!」


 そう叫んで寝室を出ようとした時、強く腕を引っ張られた。その拍子に壁に頭を強くぶつけ一瞬気を失いそうになった。


「とにかく落ち着きなさい!」


「離してよっ!」


 私は彼の手を振り解くと走って外に飛び出した。


 頭が真っ白になりその後の事はあまり思い出せない。家に帰り着いた時、妹が必死に何か言っていたが耳に入ってこなかった。ベッドに飛び込み私は泣きながら意識を失った。


 

 目が覚めるとすでに夜だった。心配した家族に色々聞かれたが、昼間の事があまりよく思い出せない。壁にぶつけた頭がズキズキする。視界も少しぼやけ左の手足が痺れていた。


 明日病院に連れて行こうと、父が言ったような気がする。


 ぼんやりとした意識の中で私は再び眠りについた。


 



 朝日が昇る前、私はゆっくり目を開けた。頭がずしりと重たい。

時折ズキリとした痛みが頭に走る。


(もう夏休み終わったんだっけ……学校行かないと)


 震える手でなんとか制服を着る。リビングは静まり返っていて、まだ誰も起きてないようだ。いってきますと言ったつもりだったが声は出ていなかった。



 ゆっくりとした足取りで私は通学路を歩く。視界はまだ少しぼやけたままだ。

太陽が顔を出したのか徐々に周りが明るくなり始めた。


 いつも通る橋が見えてきた。この橋が架かる大きな川の両岸には桜並木があった。

 

 私は橋の真ん中から見る桜の景色が大好きだった。


 ずっと続く桜並木。


 それは川面かわもにも映り、あたり一面に桜の花びらが舞い踊る。


「わぁやっぱり綺麗だなぁ」


 今は夏真っ盛り、桜など咲いているはずもない。


 でもなぜか私には満開の桜が見えていた。


 キラキラと水面が朝日に照らされ、その光の中を桜の花びらが覆い尽くす。

風と一体となった花びら達が川を下って一斉に海を目指してるようだった。


 私は橋の欄干から大きく身を乗り出しその光景に目を奪われていた。



 ――先生と初めてキスした日も桜がこんな風に綺麗だったな。



 幸せな淡い思い出が私を優しく包み込む。


 ふと、ゆらゆらと浮かぶ一枚の桜の花びらが目に入った。


 それを掴もうと私は手を伸ばした。




 もうちょっとで届く…… 


 

 更に橋から身を乗り出す。

 


 あと少し……


 

 目いっぱい伸ばした掌で花びらをぎゅっと掴んだ。



 



 その瞬間私の体もふわりと浮いた。









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