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ま、負けた……
俺のセイゼイガンバルが、大敗した……!!
掲示板に……五着以内にも入らなかった……!!
「おい、元気出せよ」
「む、無理ですぅ……悔しい……」
ギイと歯を食いしばって言うと、うめき声のような言葉が漏れ出た。
セイゼイガンバル……めちゃくちゃ負けた……!
調子乗って千円も賭けちゃった。
千円が、消えた……!
そう考えて、ハッとしておじさんを見る。
「お、おじさん。」
「あ?おじさんじゃねえが?お兄さんだが?」
「おっ、おいくら、お賭けに……?」
「一万。的中。」
そう言ってニイと笑った顔が、悪人面すぎて、俺は泣いた。
……いや、そんなことより!
重要なのはセイゼイガンバルだ!
「なんで……なんで、セイゼイガンバルは勝てなかったんだ……」
前回の出走で、セイゼイガンバルは大差……
……俺の中で!大差で一着だった。
先行からジリジリと這い上がり、イザという時を逃さず掴んで、先頭に躍り出る。
強い馬だろうと思った。
俺は競馬のことなんもわからないけど、そんな俺の胸を打つくらい強かった。
だけど、今回はどうだ。
ハナから沈んでいくセイゼイガンバルの姿が……忘れらんねえよ、俺……!!
「競馬だってスポーツだ。今回は馬場もダートから芝に変わってた。ジョッキーも違うやつだったし、そういうこともあるだろ」
そういうものなのかなぁ……
でも悔しいよ……
そう思っていると、ふと思い出す。
「……そ、そういえば、セイゼイガンバルが芝からダートに転向するってなって、凄い炎上してましたよね。」
「だろうな」
「そっそんなに、変わるってやばいこと何ですか?」
俺がそう言うと、おじさんは眉間を揉んで、鷹揚に頷いた。
覚悟を決めた男の顔だ。
そんなに説明が長いのか……?
ちょっと嫌かも……
「まず、ダートは何だか知ってるか?」
「は、はい。土って意味だけど、日本だと使われてるのは砂なんですよね?」
「よく知ってるな。」
相手がおじさんだと、褒められても嬉しくないな。
「つまり、芝とダートはそもそもの馬場が違うんだ」
「そりゃそうですね。」
「当たり前だよな」
「例えば雨が降ったとする。そうすると芝は全体的に遅く、ダートは速くなりやすい。」
うんうん頷いて、俺は次の言葉を待つ。
「なんで馬場によって違いが出るのかと言うと、求められる馬の能力の違いだ。」
「はい。」
「芝は高速馬場。主に、スピードが必要となる。だがダートではパワーだ。ダートは芝よりも柔らかめだからな。」
「パワー」
「踏み込む力と書いてパワーだ。」
セイゼイガンバルはパワーはあるけど、スピードが足りないのか。
「じゃあ、セイゼイガンバルは、スピードを上げれば勝てるんですか?」
「そう簡単に言うんじゃねえ。アイツは血統的にもスピードは低い。」
血統言われたら何も出来ないよ……
「坂でバテた様子だとスタミナも足りなさそうだなァ。まぁ、逃げやらされたから足んなくなったのかもしれねぇが。」
なんも無くない?
セイゼイガンバル何もなくない?
「次からは芝じゃなくて、ダートですかね?」
「いや、うーん、そうかもな……」
「含みのある言い方やめてください……」
俺は震えた。
え?これで戻らないことあるの?
「じゃ、じゃあ、勝てなかったら牧場に戻るんですね。」
「……」
そうなると、引退して牧場行きだろう。
ん?なら俺、セイゼイガンバルに会えるのか?
引退馬って会えること多いらしいし。
俺がそう考えていると、途端、おじさんは難しい顔をして俺を見た。
「競馬は勝つことが重要だ。」
おじさんは静かに言った。
「勝てなければ……」
「……か、勝てなければ?」
意味深な言い様に、ゴクリと喉がなる。
「…………お前、その、馬刺しって食ったことあるか?」
「う、うわああああああ!!!」
俺は叫んだ。
もう何も聞きたくなくて耳を塞いだ。
勝てなかったら馬刺しって!
え!?!?!?!?
そんなことあるの!?
「えっ、えっ、えっ、えっ!?!?」
「落ち着け」
俺は言葉が止まらなくなって、窘められる。
「じゃあ、なんでダートで勝てたのに、芝に転向しちゃったんですか!?競馬って、せめて掲示板に五着以内なんですよね!?」
「わかんねえよ!これ分かったら俺せどりなんてやってねえわ!」
「今はせどり関係ないじゃないですかぁ!」
俺は泣いた。
めちゃくちゃ怖い未来を聞いてしまって泣いた。
俺は、社畜で気の弱い一般男性である。
何も出来ないから泣いた。
「いや、うーん。馬主の気持ちは結構わかんだ。正直、悲しいが芝はダートより知名度が高い。GIの数だって大分違う。」
「で、でも勝てなかったら……」
「…………」
「だっ黙んないでください!」
つまり、セイゼイガンバルがダートに戻ったとしても。
勝てなかったら……終わりなのである。
競馬ファンって、こんな気持ちと一緒に暮らしてきたのか!?
「その……馬って……すげえ金かかるから……」
「そんなのあんまりだぁ……!!」
俺は泣いた。
馬主になりたくて泣いた。
石油王になりたくて泣いた。
セイゼイガンバルへの応援に、より一層力が入った。
その日はおじさんと連絡先を交換して、別れた。
おじさんは、可哀想なものを見る目で慰めてくれた。
でも、そんなもの雨の日の穴の空いた傘くらいにしかならない。
晴らしてくれよ……この悲しみをよォ…!
俺はポエマーおじさんに進化しそうになって、布団に寝転がってキャンセルした。
危なかった……メモ帳にもう書き始めてた……
寝転がって目を閉じても、俺は何も変わらない。石油は湧いてこないし、地主にはなれない。
ただ悲しくて、ゴロゴロのたうち回っていた。
そうして、俺はスマホを手に取る。
セイゼイガンバルの情報を集め始めた。
無意識に。
あっ、セイゼイガンバルってリンゴ好きなんだ〜可愛い〜
食い方汚ねえ〜
……く、食い方汚ねっ……!!!
ん?厩務員(きゅうむいん)ってなんだ……?
調べてみると、馬のお世話をする人らしい。
優しそうなおじさんだった。
俺のお父さんくらいの年齢で、父さんより心が広くて強そう。
話を戻して。厩務員か
俺がまだ小学生くらいだったら、たぶん目指してたな。
もっと調べる。
……え!?セイゼイガンバルが七色になってる!?皮膚病!?
そう思って説明を読んでみると、どうやら寒い時に着るパジャマのようだった。
そうなんだ。
洋服だと思ったら、なんか可愛い〜
……カラフルすぎて、目ぇ痛てぇ〜
目がチカチカしてきたので、俺はスマホを閉じた。
なんだか、心がポカポカしてる
謎の多幸感に包まれながら、俺は就寝……
……しようとして、眠れなかった。
セイゼイガンバル……勝ってくれ……!
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