魔法訓練:応用編

 二日目。昨日と同じ原っぱに来ていた。盛り上がった土に黒板を差し込んで、チョークを持ち、カレンはメガネをかちゃりとかけている。やはりメガネがよく似合う。


「さて、今日は応用編ってことで良いのかな?」


「そうね」


 そう言ってチョークを黒板にカツッ!と突き立てたが、何も書かなかった。やっぱりやめよう。そういう感じが窺えた。


「サツキなら今さら絵を描いてイメージさせる必要はないかもしれないわね。では応用編を始めましょうか」


 なら黒板いらねぇじゃねーか。二日目は俺の無駄な労力から始まった。


「サツキにやってもらうのは、これよ」


 手に持つチョークを、俺の前に突きつけた。このチョークが何だというのだろうか?そう考えていると、スナップを効かせてチョークを揺らし始めた。そして最後に激しく揺れると、


「え、」


 チョークが二つに増えていた。はぁ、と俺は呆れてため息を漏らしてしまった。


「まさかそれをしろってんじゃないだろうな?魔法の応用編だって?ただの手品じゃないか、動体視力があればそんなのすぐに見抜けるぜ、超スピードの誤魔化しに過ぎん」


「ふふ、その反応を見るためにしたのよ」


 どういうことだろうか?ただの手品ではなさそうだ。


 カレンは同じくチョークを俺の目の前に見せる。今度は手のひらに乗せて。すると、次は手首のスナップはなかった。そう、何もなかったのに。


「ジャーン、これなーんだ?」


「ううぉぉぉ!!何だそれ!?」


 チョークが二つに増えた。手のひらにあったチョークの隣に、またチョークが増えたのだ。



「これが魔法応用編、物質創造よ!張り切っていきましょうか!」



 ──────────


 物質創造。それは想像する、イメージする物質を創造する技術である。とても単純な話だった。単純な魔法だった。


 だがそれには、細かな内部に至るまで詳細にイメージする必要があるとのこと。それがとても難しい。手のひらにはいまだに一本のチョークしか置いていなかった。いくら力もうが叫ぼうが、その本数が増えることはない。


「いや出るだろ!めっちゃイメージしてるし!」


「そうなのよねぇ、最初はマジでそんな感じなのよ、うんうん。でもそれは飽くまで『自分がちゃんとイメージ出来ている』と思い込んでいるだけなの。それを無意識的に意識することが第一歩よ」


 なんか小難しいことを鼻高々に語るカレンだった。鼻高カレンさんだった。灰ぶっかけたら花が咲いてくれるだろうか。


 だが、彼女も最初は苦労したに違いない。天才などいないのだ。努力の上澄みを見るとついその当人を特別視してしまう。それは良くないことだ。努力から目を背けてしまうから。


 イメージする、イメージ出来ていると思い込んでいることを、無意識的に意識する。


 アドバイスを反芻し、噛み砕く。すると、ある一つのことに気がついた。


 細部、構成要素をイメージ、つまるところ設計が頭に入っていれば、作れるということか。


 俺はイメージの邪魔になるため、あえてチョークを左手に持ち換えた。そして空っぽの右手のひらに意識を集中させる。


「いいの?本物があった方がイメージしやすいけど」


「いや、いい」


 カレンのアドバイスをはねのけて、俺は考える。

 チョークを構成する物質は、石灰がほとんどだったはず。貝殻を砕いて原料にしているとも言われる。かつてそれを聞いて、興味本意で作ったことがあった。固めるための粘着物質をどのような割合で合成するのかというのに無心に苦労した覚えがある。


 内部は単純なのだ。原理は至って単純。ならばその工程を小難しく考えず、その構成要素を組み立てるイメージ。「原子」から考えるイメージで。


 周囲のクリエイトエナジーが手に集まる感覚、それらがイメージ通り変換される感覚が、手のひらに感じられた。すると、何かが手のひらに乗っかっているのが分かった。


「えぇ!?出来ちゃった!私なんて半年かかったのに!!」


 鼻高カレンさんの鼻がベキベキへし折れた瞬間だった。俺はそのチョークをペン回しの要領で回しながら説明する。


「だいたい分かった。物質創造の本質は、創造する物質を細部までイメージすること。つまり『物質の構成要素を理解する』ことが前提となる訳だ」


 となると、たとえ机上の空論なモノだとしても、構成要素を頭でイメージ出来ていれば生成可能だということになる。これは確かに使えるぞ。


『物質の構成要素を理解する』という要点は、俺の異世界人生においてとても有益に作用することを、今の俺はまだ知らなかった。

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