異世界で食う飯は、うまい!

 カウンター席にカレンがそそくさと座っていた。ぐぅぐぅ腹を鳴らして、目の前のエプロン姿の男性をにらみつけている。はぁはぁと言ってよだれを垂らしながら。


「今月のおすすめは何なの?いいから早く出しなさいよ!」


「あはは、今日はえらく腹減ってるなカレンちゃん、明け方までろくにご飯食べてないだろう?」


 料理を作るお兄さんは、若干引き気味になりながらも、4つのフライパンを休ませることなくゆすったり、鍋のスープの味見をしたりと仕事に余念がない。そんな中でカレンに応対する。


「昨日の昼から張り込んでたから何も食べる暇なかったのよ、しかもあいつら目の前でうまそうなシチュー作ったりしてまぁ!どれだけ我慢したことか!」


 カレンはグチグチと文句を垂れる。腹が減るとイライラする人はいるけれど、これはまさにその典型だな。絡まれたくねぇ。マスターに同情しながら俺も隣に腰掛ける。


「君もカレンちゃんと同じでいいかな?『今月のマスターのおすすめ』で」


「え、ああはい、それで」


 どれで?と思った。店長の気まぐれサラダとかあるけれど、ただ「おすすめ」と言われても何だかわからない。それに彼がそれを作るのであるならば、きっとこのマスターが店長なのだろう。マスターって呼ばれてるし。


「何の料理がでるか分からないって顔してるわね、このマスターは毎月一つ飛び切り旨い料理を解放していくことで有名なの」


 カレンが我慢の限界ラインに足を踏み入れている顔をしながら言った。やっぱりマスターというのは店長ということだったのか。


「といっても、昔ご先祖様は王族専属のシェフだったらしくてね、彼が残した無数のレシピを一つずつ解放しているだけさ。俺の実力でそれが完璧に実現できているかは分からないけれど」


 フライパンを操る手が少し止まる。するとマスターの顔は僅かながら陰が入っている。それでもすぐに気を取り直し、再びフライパンをゆすった。


 なるほど、秘伝のレシピということか。ならば他のお客さんのオーダーはなるべく聞かない方がいいのかもしれない。誤ってどんな料理が出されるのか分かってしまうかもしれないから。俺は耳をふさぎ、目を閉じて、それではわくわくしてお待ちしよう。


 トントンカンカン!

 わずかに聞こえるフライパンとコンロが弾かれる音が、余計に食欲をそそられる。気づけば唾を飲み込んでいた。


 じゅ~じゅ~。


 じゅわ~。


 しばらくしていると、コト。という振動が、カウンターの机を僅かに響かせた。


「おまたせ」


 肩を叩かれてそういわれると、マスターのイケメンなはにかみ笑顔が見えた。そして眼下の料理に視線を落とす。


 それは金色の爆弾。表面はトロトロで今すぐその爆弾をこのスプーンで爆発させてやりたくなる。その金色に乗っかる赤色のソースは、この一皿をいい具合のコントラストとして働いていた。


「オムライスです。ご賞味あれ」


 いや旨そうだけど。大好きだけれども!異世界だよね?普通に前の世界で食べたことあるやつだし。だが隣に視線をやると。


「ん~!今月のコレヤバ!ウマとろ!オムライスヤバ!」


 ほっぺを支えながら、隣のカレンが悶えていた。語彙力がとろけている。彼女の反応を見る限り、このオムライスは初めての味なのだろう。


 そうか、転移者が結構ナチュラルなこの異世界だ、別にその異世界の知識がこの世界に伝播していたって不思議じゃない。ならばあのカードの「ピッ」と鳴った奴もきっと前の世界からの技術を継承しているのだろう。そっか、きっとそうだな、うん。


 俺は食欲の赴くままにオムライスを口にいれる。


 トロトロの半熟卵が、噛めば噛むほど口のなかでケチャップライスと絡まり、まろやかな世界が支配した。ライスにはニンジン玉ねぎ鶏肉が0.5センチ位の大きさで転がることで、適度な食感がまろやか世界にアクセントを作っている。


「んんまぁぁぁ......」


 何を考えていたのだったか。あぁ、オムライスの元の名前が「オムレツライス」という和製英語から来てる、みたいなそんなことだったかな。


 そのままスプーンを進めて、皿の上の料理を掻き込んでいく。その様子を見て、マスターは一瞬笑顔になると、


「俺にもオムライス!」


「こっちオムライス三人前!」


「私にも!」


 いくつもの注文に対し「はいただいま!」という元気の良い返事でコンロに向き直った。



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