7、妹弟の会話

「今日元に戻れたのは何が良かったんでしょうね? 雨に濡れたから? それとも、薬草の匂いをたっぷり吸いこんでいたことによって、サンザシの薬との反応が良かったのかしら……」


 考え込みながらアメリアはごりごりと薬草を押しつぶす。

 苦い草の匂いを嗅いでしまったらしいセドリックはぴゃっと顔を顰める。時計を見ると時刻は既に夜半近かった。


「アメリア、そろそろ寝たらどうだ」

「うーん、もう少し……」

「夜更かしばかりしていると身体を壊すぞ」


 ショックから立ち直ったセドリックは何かと世話を焼くようになった。

 世話を焼くと言ってもリス姿の彼ができることなど限られているので主にお小言だが……。


「サワグルミの実は俺がちぎっておこう」

「え? いいんですか?」

「ああ、細かい作業だから俺の方が向いているだろう。ばらばらにほぐした後は乾かしておけばいいんだよな」

「ありがとうございます。では、終わったらお皿の上に広げておいてください」

「わかった。早く休め」


 どうやらセドリックはアメリアの境遇に同情してくれているらしい。

 あるいは、これまでのことを詫びられたので償いのつもりかもしれない。

 せっせとサワグルミの実をちぎってくれる姿に笑いがこみあげてきてしまう。


「ふふ……」

「なんだ」

「いえ。いろいろと気を遣ってくださってありがとうございます。ずっと一人で暮らしていたので……お母さんがいたらこんな感じなのかなって思っちゃいました」

「お母さん……」

「おやすみなさい、セドリック様」

「あ、ああ、おやすみ。……お母さん。お母さんか……、そこは恋人というところではなく……?」



 ◇



 家族からの雑用や、アメリア本来の仕事をこなす隙間でようやくセドリック用の解毒剤ができたのはあの夜会から既に一週間が経った頃だった。

 家の書庫で見つけた古代魔術のやり方にのっとって作った試薬は――我ながらものすごい出来だった。鍋の中で緑と紫の液体がぼこぼこと泡立っている。


「こ、これを……飲むのか?」


 ツンとした匂いにセドリックは顔を背けてしまう。


「これは人間用の配合です。セドリック様の今の身体のサイズだと希釈した方がよいと思うのですが、なにぶん私もリスを人に戻す薬なんてはじめて作ったのでいささか不安です」

「不安のあるものを俺に飲ませるのか⁉」

「……ですよね。何か動物で実験するべきでしょうか? うーん……少し考えてみます」

「そうしてくれると助かる……。ああ、もう夕食の時間だぞ」

「本当ですね。ではすみません、少し席を外させていただきます」


 食事の席にはセドリックを連れていかないようにしていた。

 捨ててこいと再三言われたリスをアメリアが未だに飼い続けていると知ったら――どんな目に遭わされるかわかったものではない。セドリックの安全を考慮した上でのことだ。


「俺は少し散歩をしてくる」

「わかりました。見つからないようにくれぐれも気を付けてくださいね」

「わかっている」


 前足で窓を開けたセドリックは出て行った。すっかりリス生活が身についているようだ。




 本邸に足を踏み入れたアメリアだが、階段の踊り場でリンジーとキースがぼそぼそと話しているのが聞こえて足を止めた。


(別の階段を使った方がよさそう)


 いちゃもんをつけられたら面倒だ。

 迂回しようとしたアメリアだが、思わぬ名前が聞こえたので驚いてしまった。


「どうしてセドリック様は行方不明なのよ。キース、あなた本当にちゃんと作ったんでしょうね?」

「僕の調薬を疑うわけ⁉ 大体、リンジー姉さんができないっていうから代わりに作ってあげたのに、なんだよその言いぐさは」

「そりゃ、私よりもあんたが作った方が確実だし、あんただって賛成してたじゃない。けど、もう一週間も見つかっていないのよ……」

「シッ、静かに。僕たちは何もしていない。行方不明になっていようが無関係だ。姉様、余計なことを言ったらたたじゃおかないから」

「わ、わかっているわよっ……」


 どういうこと?

 リンジーとキースは明らかに何か後ろ暗いことがあるようだった。


(セドリック様は従兄に毒を盛られたんじゃないかって心配していたけど……、まさかこの二人が?)


 ただ二人ともセドリックが行方不明になってしまったのは想定外のようだった。


(私がリスを飼っているってお母様から聞いても、二人は特別疑ってはこなかった。つまり、セドリック様をリスにしてしまうつもりはなかったということ?)


 セドリックになんらかの薬を盛るつもりでいたが、失敗して想定外の事態になっているということか。


「……今の話、どういうこと?」


 アメリアは二人の前に出た。

 リンジーとキースはぎくりと身を強張らせた後、相手がアメリアだと知ると強がって笑った。


「やぁだ、立ち聞きですか? お姉様」

「聞こえていたわよ。あなたたち、セドリック様にいったい何をしたの?」

「は? 僕たちはただ行方不明になっているというセドリック様を心配していただけですよ」

「そうよ。婚約者の心配もしない冷酷なお姉様に代わって、ね」


 しらばっくれるつもりらしい。

 アメリアは肩を竦めた。


「そう。もしもなら力になってあげようかと思ったのに残念ね」

「!」

「例えば……そうね、うっかりミスをして予期せぬ効能が出てしまったのではないか、とか私なら推察ができるわ」

「……頭がいいからって偉そうに……」

「何か隠しているなら話しておいた方が身のためよ。私がうっかりセスティナ公爵に手紙をしたためてしまう前にね」


 アメリアは強気に出た。

 おそらく、キースの調薬ミスでセドリックの身に異変が起きてしまったのだと考えられる。だったら、調合に使った材料を教えてもらうのがもっとも手っ取り早い。部屋でぼこぼこ沸いている解毒剤よりももっと安全で確実なものが作れるだろう。


(セスティナ公爵や両親には黙っているからと言えばキースも調合表を渡してくれるはず)


「……っ、わかりました」


 悔しそうに唇を嚙んだ後、キースは微笑んだ。


「では、食後に僕の部屋に来てくださいますか?」

「キース!」

「どうしたの、リンジー姉さん。僕はアメリア姉さんに調薬でわからないところをもらうだけだよ?」


 天使のような顔で微笑むキースに、リンジーは腹を立てたようにその場を立ち去った。

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