第4話 運命の歯車は意外な動きを見せる

「あーぁ、もうちょっと色々したかったのになー」


 結局学園を早退してしまったリリアナはつまらなそうに自室のベットに寝転び、窓の外に視線を動かした。


 そんなリリアナは、自分が早退した後の学園でとある騒ぎが起こっていた事をまだ知らないでいた。






 ***






 朝の騒ぎの後、は校舎裏から教室へと移動しようとした。


 眉をハの字に下げ、瞳は翳りを見せるように伏せ目がちに。目元を袖で強く擦り、まるで涙の跡を無理矢理隠したかのように偽装する。


 どんな見た目で、どんな態度をして、どう話せばいいか。どうすれば他人から望むように見られるか。はよく知っている。




 ーーーーに今は感謝しよう。やはり、お前と同じ事をしたら上手く行くようだ。




 さっきの騒ぎはすでに学生たちの間に知れ渡っているだろう。そして“リリアナ”のクラスメイトたちもあの場を遠くから見ていたはずだ。今頃は憶測も交えた噂が飛び交い、その真実を確かめるためにリリアナの登場を待っていることだろう。そこで言いにくそうにしながらあの男の事をそれとなくほのめかせばさらにダメージを与えられる。確かあのクソ野郎とは学年が違うはずだから、リリアナが教室で発言した事が伝わるまで時間がかかるはずだ。


「さぁて、もう一仕事するかな」


 そうして教室の中に入ろうとした瞬間。




『これ以上目立つなって言ってるでしょうがぁぁぁぁぁ!!』




 怒り狂った“リリアナ”が、ほんの一瞬だがの精神を押さえ込んだのだ。



 ま、マジで……?!



 本来の体の持ち主である“リリアナ”の精神が強くなれば、いくら乗っ取ったとはいえの方が分が悪い。血の気が引く感覚にかなり強い意思を感じる。気が弱いと思ってたら、なかなかやるじゃないか……ーーーー。



 こうしての意識はブラックアウトしたのだった。









 教室に足を踏み入れた途端にリリアナは意識を失いその場に倒れてしまった。クラスメイトたちは噂の真相を確かめようとリリアナを待ち構えていたが、倒れたリリアナの目元が赤く擦れているのを見て野次馬根性を出していた自分たちを恥じた。


「リリアナさんは婚約者のせいでこんなにやつれてしまわれたのよ」


「悪い噂を聞いていたが、あんな婚約者じゃ自棄になるのもわかる気がする……」


「もしかしたら今までの噂もあの婚約者がなにかしたんじゃ……。だって、まともな神経を持つ令息なら人前で婚約者にあんな仕打ちしないわ」


「今まで冷たい態度を取ってしまって、リリアナさんに悪いことをしたわ……。もっとちゃんとお話をすればよかった」



 顔色を悪くしたまま倒れたリリアナは医務室に運ばれ、教室に戻ることなく早退した。そのことが余計にリリアナのイメージを固めることになる。



 これまでは「男爵令嬢のくせに」成績が良く、「男爵令嬢のくせに」見た目を気遣わない無作法者。そして、「男爵令嬢のくせに」公爵令嬢に生意気にも歯向かう愚か者。そんな噂が流れていた。


 今までのリリアナは着飾ることもなく質素な装いで“貴族令嬢”としては落第点だった。しかし妙に成績は良く、「あんな地味な男爵令嬢に負けた」と余計に悔しく感じさせてしまうのだ。


 リリアナを疎ましく思う令嬢が増え始めた頃、公爵令嬢であるミレーユのひと言がトドメとなった。


「あの男爵令嬢が、わたくしの事を王太子殿下の婚約者には相応しくないと言いがかりを……。わたくしなりに頑張ってきたのですが、確かに成績はあの方の方が上ですもの。わたくしなんて公爵令嬢の肩書きしかないんだろうとか、見た目だけが美しくても仕方が無いなどと罵られて……!でも悲しいですけれど、わたくしがいたらないのが原因ですのよね。あ、どうかこのことはこの場だけの事にして下さいませ。あの男爵令嬢を咎めたりしたら、それこそ権力を振りかざしているようですもの……どんなに悲しくてもわたくしは、わたくしは……!」


 いつも誇り高い公爵令嬢が取り巻きの令嬢たちに涙を浮かべてこぼしたこの言葉は、大々的に伝わることはなくても悪意のある噂として広まる。


 もちろんリリアナはそんな事は言っていない。というかまともに会話もしたことがない。だが、涙を浮かべて言いにくそうに訴える公爵令嬢の姿に取り巻きの令嬢たちは心を痛め……まるで公爵令嬢の悔しさを晴らすかのようにリリアナをイジメていたのだ。


 公爵令嬢はそれからも度々に涙を浮かべては取り巻きたちに言いにくそうにしながらもはっきりと訴え続け、取り巻きたちによるリリアナへのイジメは酷くなっていった。


 だが、一つだけミレーユにも誤算があった。


 公爵令嬢の訴えに心を痛めた取り巻き令嬢たちだが……言いつけ通りリリアナが、ただ「公爵令嬢に苦言をしいたらしい」とだけしか周りには伝えていなかった。

 詳しい事を知らない者たちは今日のリリアナの姿を見て考えを改めてしまったのだ。


 そしてミレーユの訴えを直に聞いていた令嬢たちですら、心が揺らいでいた。


「確かに男爵令嬢がミレーユ様に意見するなどもってのほかですが、あんな酷い婚約者に虐げられながらも優秀な成績を保っておられたリリアナさんからしたらミレーユ様に意見したくなるのも仕方がないのでは?」


「ミレーユ様は次期王太子妃なのに、こんな成績では苦言を強いられるのも仕方がない気がしてきました。もしかしたら、王太子が病に伏せられているからこそミレーユ様が王太子を支えられるように頑張らなくてはならないと、リリアナさんは言いたかったのかもしれません」


「男爵令嬢の身分で公爵令嬢に意見するなど、余程の覚悟がいるでしょうに……。ミレーユ様!ミレーユ様はきっとリリアナさんを誤解していたのですわ!」


 これまでミレーユを盲目的に信じ上手く操られていた令嬢たちが、たった一日で手のひらを返したようにリリアナの味方になってしまったのだ。ちなみにリリアナの成績だが、本人は「上の下」だと謙遜しているが実際は上位5位内に入る上位者だ。成績は優秀なのに男爵令嬢なことと見た目が地味で質素なことが余計に反感を買っていた……つまりは嫉妬されていただけなのである。


 それは朝のたった数時間の出来事だったが、運命を変えるには充分な出来事だった。


 リリアナが“酷い婚約者に虐げられながらも健気に頑張っている”。その姿が、これまでの事を全てひっくり返してしまったのだった。



 なにがキッカケでどう変わるかなんて誰にもわからない。それはほんの些細な事。良くも悪くも人の心を動かすのは、いつもと違う意外な一面なのである。









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