第9話 酒場の店番

「リオネル。

まどぎわのおきゃくのさかずきがあいているわ。

なにかのみものをさしあげてはいかがかしら?」


「ねえリオネル。

2つめのテーブルにまだりょうりがないわ。

まだはこべないないかしら?」


「リオネル?

カウンターのおきゃくさん。

そろそろかえるみたいよ?

おだいはたりているかしら?」


オフェリエは客のことをよく観察しており、私にしきりと話しかけてきた。

しかし、それは迷惑ではなかった。

オフェリエは頭が回るらしい。

その声に合わせて客の対応をすることで、接客など一切した事の無い私が、この忙しい店内でのあれやこれやを何とか回すことができているようだ。


━━


「こりゃあたまげた。

忙しい時間になったから、新人の兄ちゃんには荷が重いだろうと俺も手を貸しに来たが、随分な賑わいだあな。

しかも、お嬢ちゃんと兄ちゃんの連携プレーで見事にこなしてらぁ」


店の様子を見に来た店主がよそ者2人の店回しに感嘆の声を上げた。


「あんた、腰はいいのかい?」


店主の妻、イオさんが注文の料理をしながら旦那に労りの声をかけた。


「ああ、しっかり休んでたもんだから、今は調子がだいぶマシだ。

この様子なら、店の方はだいじょうぶそうだな」


「だいじょうぶなんてもんじゃないよ、あんた!

あんたが見つけてきたあの2人。

店の売り上げにものすんごく貢献してるんだから!


なんでも、その子のことを気に入った客が通りにふれまわったらしくてね。

何せ今日はすでにいつもの倍の客が入ってて、外に順番を待ってる客もいるくらいさ。

あたしも料理の手が止められないのなんて、年に一度のお祭りの日くらいなもんだよ。

これはお給金も奮発してあげないと可哀想だよ?」


「そ、そうなのか!?

ひゃ〜、そりゃあすげえ。

イオ、後で兄ちゃんとお嬢ちゃんに出す飯はうんと美味いもんにしてやんな」


「言われなくたってそうするつもりよ!

ほら、店はこの通りよ。

腰を痛めてるあんたじゃ、こんな客の多い店内で動けないだろうし、大人しくまた休んでおいで」


「おう。

兄ちゃん、お嬢ちゃん、イオ。

店を頼んだぞ」


「あいよ」


━━


そんな店主と女将のやりとりは、忙しく立ち回る私には聞こえていなかったのだが、胸の奥の黒い塊から蒸気が上がり、ふと視界に入ったオフェリエが店主に笑顔で手を振っているところだった。


「店主のミケルか」


私はオフェリエの横に来て、店主が去った方向を見つめる。


「リオネル?

ミケル“さん”でしょ。

やといぬしにはちゃんとさんをつけないとダメなのよ?」


「そうなのか。

私はしかられるのか?」


ダメと言われると、どうしても私は身を強ばらせてしまう。

魔王軍に行く前、幼少の頃に染み付いた人への恐怖心が蘇る。

腕っ節ではおそらく私に部があるとしても、私は未だに人の恫喝には強い恐怖心がある。

魔王は私を肉体的に強くしたが、心まで強くしてはくれなかった。

人間に戻された今となっては、魔王軍の幹部として立ち居振る舞うように言われていた時とは違い、なんの指示もない状態だ。

私の弱さは隠しようがなく露見してしまう。


そんな強ばった表情の私を見かねたのか、オフェリエは口調を和らげて言う。


「リオネル、つぎからきをつければだいじょうぶよ。

それよりも、あそこのおきゃくさんがこっちをみてるわ。

なにかちゅうもんしたいのかも」


私はまたオフェリエの指示や店主、女将に言われた業務に集中する。

店であれこれと動き回っていると、何も考えなくていいので気が楽になった。

特にオフェリエがひっきりなしに指示をくれるものだから、余計なことを心配しなくてもよいのには助かりっぱなしだった。


━━


酒場の看板をたたむ時間になり、私は女将に言われ、店内の掃除をしていた。

オフェリエが眠そうにカウンターに座っている。


「はい、オフェリエちゃん。

今日はとってもがんばってくれたから、お肉は1切れ余計に持ったのよ。

そのお洋服のようなお上品な味では無いでしょうけれど、気に入ってくれるとおばさん嬉しいわ」


「ありがとう、イオさん。

おいしそうなりょうり、いただくわ」


眠そうな表情をしてはいるが、お腹は空いているだろう。

何せ文無しの私は、今日1日まともなご飯をオフェリエに食べさせていない。

女将がオフェリエに店で出ていた料理の残りで作った“まかない”というものを出してくれた。

私は掃除を終え、オフェリエの隣に立つ。

女将がオフェリエに出してくれた料理をまじまじと見つめる。

見た目豪華な肉沢山のプレートに、思わず私は不安になり女将に聞いた。


「女将さん。

その代金は今日の給金で足りるか?」


すると女将さんは少し顔をしかめながら言った。


「まかないなのにお代を取ったりしないわよ。

うちはそんなにケチじゃないわ。


でも、今日のまかないは特別に、店の1番人気メニューのアレンジだから。

お客として食べようとするなら〜、そうね。

通常のお給金では3回くらいが限度かしらね」


通常の給金の3回分の食事をお代も取らずに私たちに出してくれるのか。

こんなに待遇の良いことがあっていいのだろうか?

後できっちり払わされるとかの裏があるとかだろうか?

勇者も言っていた、人を信用するなと。


「そんな豪華なものを?

私はもっと質素なもので十分だ。

あまり腹は減っていない」


疑いの眼差しで私は女将にまかないのグレードを下げるように要求したつもりだった。


「そんなこと言わずに、せっかくあたしが気合を入れて用意したんだから、食べていきなさいな」


女将に肩を掴まれ、カウンターのオフェリエの隣の席に座らせられる。

私は一瞬不安が過った。

するとカウンターの向こうで売り上げ金の勘定をしていたミケルさんが、すぐさま私の前に袋をガシャりと置いた。


「そうだぞ、兄ちゃん。

頼むからイオの料理を食ってくれ。

あんたらにはものすごく感謝してるんだ。


ほら、今日は特別忙しかったから、お給金も沢山出せる。

これでなんとか、明日もがんばってくれると俺たちは助かるぜ。

それもこれも、オフェリエちゃんとリオネルさん、あんたらのおかげだ」


袋には硬貨が数十枚入っているようだ。

しかし、私にはその価値があまり分からない。

幼少の頃より今の今まで、自分の自由にできるお金など持ったことがない。

何かを言いつけられて実行しても、私に対価がある場合は少なかった。

対価を得たとしても、何か得られるものといえば、ご飯や物品であることがほとんどだった。


さらに、魔王軍に入ると、王国の通貨など魔王軍領ではなんの価値もなかったので、通貨を触る機会が全くなかったのだ。

私はなんと言えばいいのか想像もできずに、目の前に出されたその袋を受け取った。

どのくらいこの店で働けばいいのか、正直検討がつかない。

金の勘定など誰からも教わってはいない。


「ミケルさん、この金でこの服を買ってもかまわないか?」


「なあに、そんなボロい服、くれてやる。

今日のがんばりを続けてくれるだけで十分さ」


「いいのか?」


「ああ、せっかくあんたが俺の店を手伝って稼いだ金だ。

そんなボロ服に稼ぎを費やすなんざもったいねぇ」


「この服を貸してもらえたから稼げた金でもある。

少しくらいは払わせてくれ」


私とミケルさんの会話を聞きとがめたのか、眠そうに目を擦りつつもオフェリエが代案をくれる。


「じゃあ、きょうとあすのごはんだいきんもあわせて、50でどうかしら?

ごはんやふくだってただではないんですし、わたくしもたんにもらうというのは、なっとくしかねますわ」


どうやらオフェリエも、貰ってばかりで折り合いがつかない私の心に賛同してくれるらしい。

しかし、50とはお金の話だろうか?

このような少女でもお金が数えられて、その価値を理解しているのに、私ときたら全くの不勉強者だ。

これまでの境遇に甘んじている自分が急に恥ずかしくなる。


「50か。

それなら、あいわかった。

兄ちゃんとお嬢ちゃんの気持ちだと思って受け取るよ」


ミケルさんは少し考えていたが、折り合いのつく額の提示だったらしい。

私が受け取った袋からオフェリエが取り出した数枚の硬貨を受け取っていた。

あの数枚の硬貨が50ということか。

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