第7話 隣街

街道で死体にうずくまっていた少女は、走る私の肩にしがみつきながら器用に眠る。

泣き疲れてしまったのかもしれない。


隣街へは馬車で半日ほど、徒歩なら普通は2日半ほどかかる。

しかし走り続けること、1日とかからなかった。

夜が明け、昼間にさしかかるところで到着できそうなところまで来た。


思えば私は長らく魔人の姿でいたのだ。

6、7年もの間、つまり自分が生きた年齢の3分の1弱は魔人であった。

その間、魔王の魔力を常に感じていた。

最近は四天王として、魔王の魔力を存分に使って暴れ回ることも多くあった。

皮肉にもそのおかげで、ファグアスたち魔道士団に借りた魔力をも扱いが容易たやすく、魔王の最期の足掻あがきによる浮遊要塞を落とすことによる王都の壊滅は免れたという訳だ。


ファグアスたちの魔力は全て使い切ってしまったのだが、浮遊要塞へ飛んだあの時に感じた内側の力をわずかに感じる。

そしてどうやら、今感じている内なる力は、ひとまず常人よりは少し早く走り、持続することが可能なようだ。


走りながら、街に入る前には服を調達できればと思っていた。

全裸では往来を取り仕切る関を通過できるとは思えない。

隣街への道中で通行人にでも出くわせば、何か着るものを譲ってもらおうと考えていたが、誰にも出くわさず。

甘い期待は裏切られた。


おそらく浮遊要塞が王都に落ちる様子が隣街からも見えたのだろう。

誰もそんな危険な王都へ行こうとするものはいなかったのか、あるいは街道が塞がれていることが早々にわかり、街に戻り道が使えないことを伝えた人がいるのかもしれない。


着るものはないので仕方なしに、一応局部くらいはその辺の木の葉で隠すとしよう。

局部を隠す木の葉を探すため、肩から少女をおろす。

大人しく寝息をたてていた少女が目を覚ましてしまったようだ。


「ごきげんよう。

ええと、そうね。

ごあいさつがおそくなってしまったわ。

わたくしはオフェリエよ。

あなた、おなまえは?」


丁寧な挨拶と名乗りに、さすがに面食らってしまった。

全裸の男に担がれて運ばれていたにも関わらず、大した落ち着きようだ。

しかし、なんと答えよう。

素直にバルムンドと名乗ったとして、この少女が不用意にその名を人前で口にすれば、私の汚名のせいでこの少女を危険に晒すかもしれない。

ここは偽名の方が得策か。


リオネル。

たしかそんな名前の部下がいたはずだ。

少しの間、その名を借りよう。


「私はリオネルだ。

オフェリエというのか。

乗り心地の悪い肩ですまなかった」


「いいえ、リオネル。

あたたかくてぐっすりねむれたわ」


そういって少女は軽く手振りを交えて笑顔をつくる。

上品な口調や仕草、表情もさることながら、あの体勢と揺れなら、十分に深い眠りは期待できなかろうに、そんな心配を感じさせない気遣いができる。

子供ながらに高貴な出自を思わせる。

どうしてあんなところに居たのかはわからないが、有名な貴族なら隣街に知り合いの1人や2人見つかるだろう。


「そうか」


手頃な大きさの葉を見つけ、少し上部そうな背の高い茎の植物で腰に巻き付ける。

未開の地にでも住んでいそうな格好になった。


「そのかっこうはとてもざんしんね。

サーカスだんでさいようされるかもしれないわ。

ふふふふ」


サーカス団とはなんだろうか?

どういう意味なのかはわからないが、とにかく少女の楽しそうな笑顔から、少なくとも嫌悪感を抱かれているわけでは無さそうだ。


「すまないが、また肩に乗ってもらうことになるが、かまわないだろうか?」


少し先に見える隣街をまた目指すとするが、少女の足では行程が遅れる。

この少女を飢えさせるのも忍びないので、早いところ街に行き、何か食べ物を調達できればいい。

急ぐためにまた少女を肩に乗せ、走ろうと思う。


「ええ、ぜひ」


肩に乗せるのにそれほどまでに期待の眼差しを向けられるとは思わなかった。

夜に喜んでいた様だったが、気のせいではなかったようだ。

よほど楽しかったのだろうか?

これも幸福を与えたことになるようで、胸の内側にある黒い塊からまた蒸気が上がる感覚があった。


「どうしましたか、リオネル?

はやくまいりましょう?」


左肩にのせたオフェリエが声をかけてくる。 すでにしっかりとしがみついており、準備は万端らしい。


「ああ、また走るが、舌を噛まぬようにな」


「ええ、わかりましたわ。

ごちゅうこくいただき、ありがとうございます。


でもだいじょうぶですわ。

わたくし、ばしゃやじんりきしゃにはなれておりますので」


確かに慣れているようだ。

走り出した私にしっかりとしがみつきながら、流暢にしゃべっている。


年相応とは言えない口調や振る舞いをするようだが、年相応の子供だったならば実際にはもっと手がかかっただろう。

この子を育てた親や面倒を見ていたらしいテレサという女性には感謝せねばなるまい。


━━


王都の隣街は通りに人があふれている。

みな王都に向かう途中で立ち往生といった様子だ。

不平を待ち散らす商人装束の男たちが沢山いた。


人が多いので、さすがに少女を肩に乗せているわけにも行かず、今は私の腕の中におさまっている。

嵩張かさば豪奢ごうしゃなロングスカートドレスなので、赤子のように抱っこする訳にはいかず、膝の下と腰の下から腕で支えている。

いわゆるお姫様抱っこというやつだ。

さすがに奇異の視線を向けられるが、私を見る通行人たちは何故かクスクスと笑いながら通り過ぎてゆく。


私は腰に木の葉を巻き付けたほぼ裸で、対して少女は豪奢なドレスを着込んでいる。

その対比たるや、笑われても仕方の無いことだ。

しかし良い事もある。

通行人達に笑われる度に、胸の奥の黒い塊が蒸気をあげるのだ。

私は往来に少女を抱えて立っているだけで、誰かへ幸福をもたらしているらしい。

幸福とはどのようなことで訪れるのか、私には未だに理解が及ばぬ。


すんなりと街に入れたことにも驚きを隠せない。

街へ入る際、関の兵たちへの説明に苦労するかと思ったが、実際はこの少女の口の上手さに助けられた。


曰く、私はこの少女の使用人で、ヘマをした罰としてこの格好をさせられ、さらに言葉を発することを禁止している。

関を何度も通っているが、使用人の服と共に関の通行手形も置いてきてしまった。

今から取りに戻ると日が暮れてしまう。

この街の優しい兵隊たちは、幼い子供のお遊びに対してそのような仕打ちはしないはず。


そのような口上で説き伏せられるものなのかと、眉をひそめながら聞いていた。

兵士たちが私に「そうなのか」と尋ねた時だけ首を縦に振る。

少女の出で立ちや言葉遣い、仕草。

それから私の現在の格好と表情を見比べて、兵たちは悩ましげに顔を見合わせていたが、最終的には少女の言葉を信じ、私たち2人を通してくれた。

こんな芝居で関が破れるのであれば、私が魔人として都市攻略のために破壊してきた関所の数々は無駄だったのかもしれない。


そうして街の中に入ってきたのはいいが、この少女の知り合いを探すにも全く手がかりがない。


「オフェリエ。

上手く潜り込めたのは良いが、この街に伝手ツテはあるのか?」


「わたくしにきかれましても。

いつもはばしゃでとおりすぎてしまうもの。


リオネルはそのかっこうをどうなさるのですか?」


リオネル。

そうか、私に聞いているのだったか。


「そうか。

特に当てはないが、こちらは自身でどうにかする」


体が焼けて四散しても生きていたのだ。

どうせ私は飢えても死にはしないだろう。

服だって稼いで買うなり、盗むなり、1人ならいくらでもやりようがある。

故に最優先事項はこの少女を誰か面倒をみてくれる人に引き渡すことだ。

どこかに良い引き受け手はいないものか。

あいにく金も服もないが、丈夫な体だけはある。

しばらく探し回る他ないか。

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