2【改】
入学式から三日経った、週明けの月曜日。この日は終日ロングホームルームが設定されていた。
学校に着いた玲香は、三日前とは異なり、教室後方のドアを開いた。教室に入るや否や、里奈と視線がぶつかる。玲香は、結わえられた黒髪を揺らしながら、里奈に接近する。
「関口さん、おはよう!」
相変わらずの明るさで挨拶をした玲香は、自身のリュックを机の横に掛け、里奈の後ろの席に座る。里奈はそれに対し、輝かしい薄灰色の瞳を向けて応じる。
「おはよ」
一見冷たく感じるような挨拶だが、玲香は里奈の笑顔に気づき、胸が温かくなる。玲香もそれに応えるように、微笑みながら里奈にエクスタについての話題を振る。
「関口さん、昨日の発表見た?」
「新章が来るっていうやつ?」
「そう、それ!」
それからも担任が訪れるまでの間、二人は会話に花を咲かせた。
朝のホームルームが終わった次の時間は、新入生オリエンテーションだ。これは、クラス内でランダムに班を作り、その中でお題に沿った話をするというものだ。
玲香は自身の座席を離れ、担任がランダムで割り振った座席表をもとに、教室中央にある席に腰を下ろした。里奈はちょうどいつもの座席の反対側である、廊下側の最後方に座っており、一緒の班でないことは明らかだった。入学式の朝と同じような不安を感じた玲香だが、とある少女に声をかけられたことで、その不安は消滅した。
「玲香、だよね?
そう名乗ったのは、里奈よりも赤っぽい、赤銅色のツインテールを持った少女であった。ハイテンションな彼女に唐突に話しかけられ、玲香は目を丸くした。若干萎縮気味になったものの、挨拶を返さないわけにはいかない玲香だった。
「うん、合ってるよ! 古谷さんもよろしく!」
「彩でいいよ!」
偶然同じ班になった彩は、黒茶色の瞳を輝かせながらそう言った。距離を詰めるスピードの速さに驚いた玲香であったが、クラスメイトと仲良くなりたいのは事実であった。
「じゃあ彩、改めてよろしく!」
「玲香もね!」
元々こうであったかのように、「玲香」呼びをする彩だが、玲香はすぐに受け入れられた。
その後、担任が黒板に書いた『お題』について、班の中で一人ずつ順番に話をする。
他の班員の話を聞いていると、玲香の順番が回ってきた。話を聞くのに集中していた玲香は、自分が言うことを考えていなかった。玲香はそのまま、行き当たりばったりの自己紹介を始める。
「えっと、わたしが『休日にすること』はゲームかな……」
「この前の自己紹介の時も言ってたよね? どんなゲームやってるの?」
突然合いの手を入れられて驚いた玲香だが、これ以上会話を発展させられないと悟った彼女にとって、彩の助け舟はありがたかった。
「エクスタっていうゲームなんだけど、知ってる?」
「えくすた? どんなゲームなの?」
これが、世間一般の当然の反応である。里奈はレアケースだっただけなのだ。改めてそう感じた玲香だが、自身の好きなゲームが広まることは本望であった。
「『Ecstasy World』っていうロールプレイングゲームなんだけどね――」
担任が次の人に交代を促したことで、ふと我に返る。玲香は焦って謝罪を述べた。
「ごめん! 完全に話し過ぎちゃった!」
数日前にも似たようなセリフを聞いた気がする玲香だったが、それを気にしている余裕もなかった。自分の好きな話題になると、一方的に話し続けてしまう悪い癖を反省した玲香だが、それを気にしない様子で、笑顔の彩は言った。
「いや、全然いいよ! 玲香の好きなことを知れて、あやも嬉しいからっ! それに次は、あやの番だしね!」
玲香は安心した。このゲームの話題になると、ついつい話し過ぎて相手を困らせることが多々あったのだ。彩はただ本当に、わたしと仲良くなりたいのだ、ということを深く理解した玲香は、その気持ちに負けまいと、彩の話を熱心に聞く。
「あやは誰かと遊びに行くのが好きで、休みの日はほぼ毎日お出かけしてます!」
「ほぼ毎日……すごいね……」
驚きのあまり、思ったことが口から漏れ出てしまった。玲香の小さなつぶやきも聞き逃さず、彩はそのつぶやきを増幅して返した。
「えへへ、玲香も今度一緒に遊ぶ?」
班での活動なのに、一対一の会話になっているのは良くないのでは、と玲香は思ったが、班員たちは特に気にしていないらしい。ありがたく思いつつ、笑顔で応じた。
「いいよ!」
オリエンテーションの後、玲香は彩の席に赴いていた。先ほどの約束の詳細を決めるためでもあるし、ただ単に彩と話したかったためでもある。
「さっきの一緒に遊ぼうって話、今週末なら空いてるよ」
玲香は自身のスケジュールを思い出しながらそう言うと、彩は嬉しそうにツインテールを揺らした。
「おっけ~! じゃあ土曜日に行こうね!」
玲香は約束の決定速度に驚きつつ、高校生活初めての『友人との外出』が待ち遠しかった。
嬉々とした表情の玲香を横目に、里奈は春風にもかき消されてしまうような声でつぶやいた。
「北谷さん……」
濡れた靴を履いているような不快感を、里奈は完全に隠しきれなかった。
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