第7話 ときめきパニック
side吉良聖夜
粋先輩と鬼頭くんと話しながら夕凪姉ちゃんが作ってくれたお弁当を食べると、3人とも食べるのが早いのか早々に全員が食べ終わってしまった。すぐに教室に戻ってしまうのかなって寂しくなったけど、昼休みの間は一緒にいたいと2人が言ってくれたから時間まではここでまったりしていることになった。2人のことを知りたい気持ちはあるけど、自分の中にある知られたくないことを聞かれないように気を付けながら話を運ぶのは、なんだか虚しい。
定番の好きな色や食べ物のことを話終わると、自然に話題は先週受けた中間考査や勉強の話になった。
「ボクはとりあえず生物基礎と国語以外は返ってきたかな。若干だけど前回より点数が上がってたし、どうしても分からなかったところも確認できたし。いい出来だと思う。鬼頭くんは?」
「俺は前回より少し落としてた。前回より格段に難易度上げたから平均点も下がったって先生たち言ってたのに、点数上がってるの凄いね」
「夏休みのうちに予習を済ませていた分があったからかな。少しでもやっておいて良かったよ」
人が集まると勉強の話になりやすいのはこの学校の特色の1つかもしれない。バイト禁止だから勉強に精を出しやすい環境だし、進学校ではないにしてもサポート体制を充実してくれているこの学校では、田舎にある学校にしては大学進学を志望している人が多くて1年生のうちから大学受験を意識している人も多い。ボクはまだ将来の夢もないから、暇つぶしに勉強しているくらいのものだけど。
「2人はさ、もしかして頭いい感じ?」
恐る恐る、といった様子で小さく手を挙げた粋先輩に首を傾げていると、鬼頭くんが視界の端でニヤリと笑った。それに気が付いた粋先輩はむっとした顔で鬼頭くんの髪をぐしゃぐしゃになるまで撫でまわした。
粋先輩が手を止めると鬼頭くんはアニメに出てくる実験に失敗した人みたいな髪型になっていて、ボクも堪えきれずに吹き出してしまう。粋先輩と2人で笑いが止まらなくなっていると、唇をむっと突き出しながら粋先輩を見ていた鬼頭くんの視線がボクに向けられて、急に柔らかく目が細められた。どうかしたのかと思って何とか笑いを止めようとしている間も注がれていた視線は糖度が高くて、笑いが止められたらそれはそれでどんな顔をしたらいいのか分からない。
「あの、鬼頭くん?」
「なんでもないよ」
そう言いながらボクに向かって伸ばされた右手は粋先輩に掴まれて、何故かその手のひらに先輩の顎が載せられた。
「かわいい」
「ふはっ、それはこっちのセリフなんだけどな」
顎を手に載せたままボクを上目遣いに見つめて微笑んだ粋先輩の頭の上に降ろされた鬼頭くんの左手が、先輩の顔を挟み込んでぐりぐりと動かされた。
「うぐっ!?」
声にならない声で喚きながら鬼頭くんの手をぱしぱしと叩いて抵抗した粋先輩から手を離した鬼頭くんはべっと舌を突き出した。ゾクリと反応した胸をそっと抑えて落ち着かせながら、仲が良い兄弟のようにじゃれている2人の姿を眺めた。
2人が楽しそうなことが嬉しくて、その姿をずっと見ていたいとさえ思う。星ちゃんと月ちゃん以外で初めて誰かとご飯を食べてお互いのことを話したりしているからか、この時間を失いたくない気持ちが昨日の2人の話をなかったことにしたくなる。でもそれじゃいけないことは分かってるから、困る。
「2人って仲良いんですね」
ボクの言葉に手を止めると、怪訝そうな顔でお互いの顔を見合わせた2人は不服そうに首を振った。その顔がそっくりで双子みたいだな、と思ったけど言わない方が良いかな。なんて思っていたボクに、揃ってため息を吐いた会長と鬼頭くんはちらっと視線を合わせた。
「聖夜くんさ、それはないよ」
「別に俺たちは仲良くなる気もねえから」
空気が急にピリついたのを感じる。反射的に身を縮こまらせて俯くと、顎に手をかけられて顔を持ち上げられた。鬼頭くんと正面から目が合うと距離を詰められて、徐々に近づく鬼頭くんの顔を認識しながらもどうしたらいいのか分からなくなってギュッと目を閉じた。
その刹那、ガシャンッという激しい音と同時に鬼頭くんの手がボクから離れた。恐る恐る目を開けると、床に倒れて片手で身体を支える鬼頭くんの傍にひっくり返った椅子。その横で粋先輩が右足を抑えてうずくまっていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「会長、助かりましたけど痛いっす」
「煩悩は消えたかな?」
鋭く睨みつける粋先輩に、鬼頭くんは薄く笑いながら首を振る。粋先輩、ちょっとカッコついてなくて可愛い。
「煩悩も記憶も消えないっすね。本物の破壊力は半端ねぇっす」
「チッ」
笑顔を張り付けたまま舌打ちをして、鋭い目つきに苛立ちを隠せていない粋先輩は、そのままの鋭い視線をボクにも向けた。この顔で睨まれたのにさらに苛立たせようとする鬼頭くんのメンタルがヤバい。
「聖夜くんも、どうして目を閉じたの?」
「だ、だって、どうしたらいいか分からなくてですね……」
しどろもどろにしか答えられないボクに盛大なため息を吐いた粋先輩は物理的にボクに詰め寄ってくる。椅子から立ち上がることもできずに逃げ場を失って泣きそうになるボクを見て口角を上げた粋先輩の顔が近づいてくるのを、目を閉じないようにジッと見つめた。注意されたし頑張りたいけど、ちょっとというよりだいぶどうするのが正解か分からない。
粋先輩のおでこに大きくて筋張った手が触れたのが見えた瞬間、先輩はあっという間に視界から消えた。足元で尻もちをついていた先輩に手を差し出すと、手を掴まれて引き込まれた。
「ちょっ!」
「聖夜くんって危機感が足りてないんだよなぁ」
今日2回目。粋先輩に抱きしめられた。先輩の後ろに手をつきながら膝に力を入れて先輩に体重が掛からないようにしていたのに、耳元で囁く声に身体中の力が抜けてしまった。くたっと凭れかかってしまった身体は多少強引な力で持ち上げられて、床に降ろされるかと思ったのに横向きに抱き上げられた。
「へ、わ、ほぁっ……」
言葉が出ないボクを見下ろして微笑んだ鬼頭くんにキュンとしながらも、浮いているのは怖くて目の前の首にしがみついた。
「はあ」
上から降ってきたため息にまた何かしてしまったかなと視線を逸らす。
「マジかわいい」
微かに聞き取れた言葉に驚いて鬼頭くんを見上げると、視線が合った瞬間に顔を逸らされた。耳が赤くなっているということは聞き間違えではないのかな。
足から静かに降ろされたボクの元に寄ってきた粋先輩は、鬼頭くんから庇うようにボクを引き寄せた。腰に回された手が恥ずかしくて顔を手で隠すしかできない。
「すっごくむかつくね」
「自分だって抱きしめてたじゃないっすか。てか、会長は朝もやったんすよね。文句言いたいのは俺の方っすよ」
「お姫様抱っこまではしてないよ。聖夜くんのほうからあんなに抱きつかれてもないし」
事実を並べ立てられて顔から火が出そうになる。恥ずかしさが上限突破して幸せな温かさが胸いっぱいに広がった途端、奥に眠らせていた氷のように痛くなるほど冷たい記憶が脳内を駆け巡った。
足が勝手に後ずさって、机を積み上げた山に背中がぶつかった。ガタガチャ、と金属と木がぶつかる音が鳴ると2人がボクの方を振り向いた。近づいて来る2人の姿と小、中学校のころの記憶が重なった。
うずくまって耳を塞いで声を遮断して目を閉じて視界を塞ぐと、頭に鋭い痛みが走って足元が崩れていった。
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