第4話 報告と爆笑
昇降口で粋先輩と別れて教室に入ると珍しく月ちゃんが席に座っていて、その机に星ちゃんが軽く腰かけていた。
「おはよう」
「おっ、セイ! おはよ! ねえねえ、昨日の話はなんだったの?」
「ちょっと、きらこ。唐突すぎるよ。セイ、おはよう。本日は良いお日柄で」
「るなちは遠まわしすぎでしょ」
何やらコントを始めた2人の声を聞きながらリュックを下ろして、2人の顔を見比べた。2人の声は俺より高くてよく響く。ボクにとっても彼らにとってもデリケートな話だし、場所を移した方が良いかもしれない。
「あのさ、昨日の話なんだけど。上で話してもいいかな」
ボクの言葉の意味を理解した2人は黙って頷くと、ボクに先立って教室を出て行った。ボクもリュックから財布と定期入れ、スマホだけ出して教室の外に出た。財布と定期入れだけロッカーに仕舞って鍵をかけたら3階に続く階段を1段とばしに駆け上がった。
少子高齢化の影響なのか空き教室になってしまった3階にある4室のうち1番人が来ない奥の部屋を覗くと、星ちゃんと月ちゃんが端に追いやられた机と椅子のうち椅子だけを3つ引っ張り出して向かい合わせに置いてくれていた。
「ありがとう」
「いや。30分でホームルーム始まるしゆっくり聞けなくてごめんなんだけど、セイが私たちに話したいってことはかなり重大なことかと思ってね」
ふっと不敵に笑いながら足を組んで椅子に座った月ちゃんとその右隣の椅子に目を輝かせて座った星ちゃん。
「じゃあ、時間がないから単刀直入に」
ボクは空いた1席に腰かけると腿に手をついて息を大きく吸った。
「鬼頭さんと粋先輩に告白されました」
ギュッと目を閉じながらたっぷりの息に乗せて言い切ると、辺りがシンと静まり返って、下の階のざわめきだけが聞こえる。そっと目を開けて2人の顔を見ると、それぞれなんとも言えない顔のまま固まっていた。変顔をしているわけではないはずなのにそんな感じの顔になってしまっている2人の前で手を振って意識を戻してもらうと、2人は急に目を見合わせたと思ったら口を大きく開いた。
「はぁぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!?」
学校中に響き渡りそうなくらいの大合唱に慌てて2人の口を塞ごうと立ち上がったけど、あまりの声の大きさに近づくこともできずに自分の耳を塞いだ。そんなボクの様子に気が付いた2人が自分たちで口を押さえてようやく静かになったけど、念のため3人で縦に並んで教室の外にそろそろと出て行くと階段中央の壁の隙間を覗いて1階まで見下ろした。
誰もこちらに意識を向けていないことを確認してからまた空き教室に戻って椅子に座り直すと、2人がグイッと顔を寄せてきた。
「それで? セイはどっちを選んだの?」
祈るような気迫の月ちゃんを不思議に思いながらも首を振ると、月ちゃんは息を吐きながら背もたれに身体を預けた。星ちゃんはガクッと項垂れるとつまらなそうに唇を突き出してため息を吐く。
「どっちも振っちゃったんだ」
「いや、2人には考えるって言った」
「はっ? 保留にしたの?」
「へえ、そうなんだ」
月ちゃんには眉間にシワを寄せられるし星ちゃんにはニヤニヤ笑われるし、不味かったのかと不安になる。それが顔に出ていたのか、星ちゃんはゴホン、と咳ばらいをした。
「不味くはないよ? ちゃんと考えることも必要だと思う。ただ、すぐ断らなかったってことはどっちもタイプってことでしょ? 学力以外は完璧と謳われる生徒会長と学内最強のヤンキーと称される鬼の弁慶。パッと聞いた感じは両極端じゃん。守備範囲広いんだなって感心してたの」
「面白がってたんでしょ?」
「まあ、その気持ちがなかったとは言えないけど」
月ちゃんに指摘されて視線を逸らしながらニシシっと笑った星ちゃんに、ボクも思わず笑ってしまう。
「ボクは今まで人を好きになったことはあったから。自分の気持ちを馬鹿にされることが辛いことはよく知ってる。だから真剣に向き合いたいんだ。まあ、その逆はなかったから、単に好きだって言われて嬉しかったっていうのが1番の理由だけどね」
ボクは異性と身体が触れても何も思わないのに、同性の友達にふざけて肩を組まれたりすると緊張してドキドキした。それに気が付いてからは少数派である自覚を持っていたけど、初めて恋をしたときは驚いた。それでもこれも恋だと割り切って想いを伝えて見事に玉砕して、まあいろいろあった。あのころのことは思い出したくもない。
「いいんじゃない? それで」
俯いて記憶を振り払おうと奥歯を噛みしめていたら、ぽふぽふと柔らかく癖毛を撫でられた。ゆっくり顔を上げると、星ちゃんは少し大人びた笑顔でボクを見ていた。
「でもそう思ったのなら、最後まで自分の気持ちに素直でいないとダメだよ? 同情は逆に相手を傷つけたり苦しめることになるし、それはセイ自身も同じ痛みを感じることになるんだからね?」
普段はふざけたことを言ってやって、ってしてることが多い星ちゃんだけど、たまに見せるこういう大人っぽい表情だったり達観した考え方だったりが彼女の計り知れない強さを垣間見せてくれる。ボクの知らない真っ暗な世界で道しるべのように手を引いてくれる彼女と出会えたことは、ボクにとって大きな財産だと思う。
自分で言うのもなんだけど、2人に出会うまではろくな人間関係を築けていなかった。最初は普通に話したり遊んだりしていても、お菓子作りや裁縫が好きだと言ったら仲間外れにされるようになった。教室に居づらくて図書館に逃げ込んでも冒険小説よりも児童向けの恋愛小説が好きなことを馬鹿にされた。理解してくれる人が現れたと思っても結局裏ではボクのことを馬鹿にしていたこともあった。
だけど、周りのどんな言葉だって2人と出会えた今なら何も怖くない。
「うん。もしボクが自分の気持ちを見失いそうになったら、星ちゃんと月ちゃんに導いて欲しい。ボクは人間関係が苦手だから」
頬を掻くと、星ちゃんも月ちゃんも深く頷いてくれた。
「ま、私たちも似たようなものだけど」
ニシシっと笑った星ちゃんが月ちゃんの脇腹を肘でつつくと、月ちゃんは苦笑いで頷いた。
「きらこはまだマシだろうけど、人間関係が得意な人はここにはいない。でも、だからこそ一点集中で力になれる」
「私たちは二点集中だと思うけど」
「そういう話?」
なんだかんだ言いつつゲラゲラ笑っている2人は本当に頼もしい限りだ。
「ボクも2人の力になるからね」
ボクがそう言うと、2人は笑うのをやめて顔を見合わせた。
「よろしくっ!」
「頼んだよ?」
2人に抱き着かれて頭をこねくり回される。
「うわっ、頭ぼさぼさになるっ!」
なんだかんだ3人揃って笑っていると予鈴のチャイムが鳴った。慌てて椅子を片付けると、やっぱり笑いながら階段を駆け下りた。
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