第21話 聖女召喚
「お待ちしておりました。聖女様。突然の事で戸惑いがある事と思います。まずは、こちらの書籍をご覧下さい。我々は読めませんが、過去に召喚された聖女様が書かれたものです」
望月 小百合は、普通の女子高生だ。進路も決まり、後は卒業までのんびり過ごそうと思っていた矢先、突然光に包まれた。
「ふうん……コレ、読めば良いの?」
『ずいぶん人の良さそうな男ね。まぁ、表面上だけかもしれないけど。とにかく、現状を把握したいわ。今のところ武器とか持ってる人も居ないし、話を聞きましょう』
「はい、我々は聖女様のご意志を尊重します。帰還を望まれるならすぐに帰還の儀を行います。ですが、半年間はこちらでお過ごし頂いても問題なく元の時間にお戻り頂けます」
『帰れるのか。ならちょっと落ち着けるわね。それにしても、見た事ないくらい綺麗な人ばっかり』
「分かった。私が帰りたいって言えばすぐ帰して貰えるのね? 半年間ならここに居ても元の世界に戻れる……と。ねぇ、そんな事なんで最初に言うの? 黙っておけば良いじゃん」
「聖女様のご意志はなによりも優先されます。我々は、聖女様に嘘偽りを申す事は決してありません。隠し事も、しません」
『嘘かもしれないけど、私の意思は尊重されそうね。ならとりあえず、現状を把握したいわ。この本、読んで良いのかしら?』
「ずいぶんお優しい誘拐犯ね。まぁいいわ。コレ読ませて貰うから誰一人喋らず、動かないで」
全員、その場で時が止まったかのように動かない。
「ちょっと! なんか喋ってよ!!」
「はい。なんでしょうか、聖女様」
小百合に話しかけた人の良さそうな男が、ニコニコと話しかけてくる。
「……この本読むから、質問に答えて」
「喜んで。なんでもお聞きください。申し遅れました。僕は聖女様のお世話係をします。この国の第二王子、ケネス・ジェームス・ファラーと申します。どうぞ、お好きなようにお呼び下さい」
「わ、分かりました……」
「あ、もちろん僕が気に入らなければ別の者がお世話をします。ご希望があれば、なんでも仰って下さいね」
『とりあえず、このキラキラした人達は眩し過ぎる。この人も眩しいけど、いちばん優しそうだし、少なくとも悪い人ではなさそう。いや、誘拐犯に良い人も悪い人もないんだけど……とにかく、この本読んでみよう』
「と、とにかく、今からコレ読むから静かにしてて。質問したら答えて貰える?」
「かしこまりました」
『もう、ホントに私が言うだけでこんな綺麗な人達が言う事聞くなんて怖い! コレ何?! 新手の詐欺?!』
戸惑いながら渡された本を開いた小百合は、思わず吹き出した。そこには、こう書かれていたからだ。
聖女だって言われて誘拐されちゃったあなたへ
「ブハッ!」
「聖女様! どうされました?!」
「な、なんでもない。大丈夫だから静かにしてて」
「承知しました」
戸惑いながらも、言う通りにするケネスに母性本能をくすぐられながら小百合は本を読み進めた。
きっと戸惑ってるよね。とりあえず、最初に教えておくね。半年間はこの世界に居ても大丈夫。あなたが学生なのか、社会人なのか、ニートなのか、病気療養中なのかは分かんないけどこの世界では超健康な身体になるよ。
しかも、運動神経もバッチリ。試しに、ちょっと動いてみなよ。
小百合は、本を置いて身体を動かしてみた。元々運動は得意だが、確かに今までとは段違いに身体が動く。
「なるほど……。あ、しばらく放っておいて。静かにしててね」
無言で頷くケネスを見て、小百合は可笑しくなった。
『この人、なんか可愛いなぁ。ハムスターみたい』
そう思いながら、本をめくっていく。マニュアルは砕けた口調で、まるで友人に宛てた手紙のような文面だ。
でね、多分だけどマトモな国王達が召喚したなら、ってか、この本渡してる時点でマトモな方かな……なんと、あなたは魔法が使えまーす。
パンパカパーン! おめでとうー!
『ふっざけんな! ナニコレ、ナニコレ、魔法ってどんな厨二病だよ! ばっかじゃねぇの!』
あ、馬鹿じゃないって思ったでしょ?
分かる分かる! だから、ちょっと試してみなよ。この世界もね、魔法はないの。でも、なんと、聖女様だけは魔法が出来るんだよ!
んで、この誘拐犯達は、聖女様に魔法を使って欲しいの。だから、魔法使えなきゃあなたは不要なの。さっさと帰してって言えるよ。ほらほら、とりあえず試してみよ。魔法はなんと、あなたのイメージで無限に使えるんだよー! テレポートとかも出来るかも?!
でもまずは、絶対覚えて欲しい魔法があるの。
あなたを誘拐した奴らは、あなたを大事にすると思う。けど、本心は分からない。
魔法って便利なモノを使えるのはあなただけ。なら、半年と言わずにずーと居て欲しいでしょ?
だからね、人の本心を読み取る魔法があるの。それだけは、絶対に誰にも存在を明かさないで。今後呼ばれる、聖女様の為にもね。
最初はキッツイかも。でも、絶対にあなたのことを大事に思ってる人がいる。半年で帰れるし、なんだかんだ言う事聞いてくれる人達なんだから、嫌な気持ちが聞こえてきても、ドラマだとでも思って割り切って。
あとね、この世界に残るとメリットもあるよ。実はこの世界で覚えた魔法は、元の世界に帰ってからも使えるの! 期間は短いんだけど、この世界にいた時間分使えるのは間違いないかな。だから、半年間こっちにいれば元の世界に帰ってからも半年くらいはチート出来るよ! どうせ同じ時間に戻れるんだから、すぐ帰らずにこっちにいる方が得だよ。魔法で悪い事も出来るけど、あなたはしないかな。聖女として呼ばれる人はお人好しで、善人なんだって。
私、何回も召喚や帰還を繰り返してたら、変な人に会ってさ、その人が言ってた。
半年を過ぎると、時間が進んじゃうから気をつけてね。こっちの世界と、元いた世界で同じ時間が流れるよ。20年間は、あなたが呼ばれるみたい。だから、この世界が気に入ったら時間を指定して呼んで貰うと良いよ。心配なら一回帰っても良いけど、そしたら半年間時間が止まるって特典はなくなるから気をつけてね。
半年たったら、週末だけこっちに来るのも楽しいかな? 週末聖女なーんてね。
『なんかだんだんふざけてきてない?! あーもう、とにかくすぐ帰らない方がお得って事ね。半年間かー……まぁ、その分あっちでも魔法が使えるならアリかな。って、魔法、マジで使えるの?!』
半信半疑の小百合の心を分かっているかのように、マニュアルには魔法の使い方が綴られていた。
イメージした魔法は結構使えるよ。漫画やアニメが好きならイメージしやすいかも。私が使えた魔法は一覧にしとくから、やってみてね。
まずは心を読む魔法を使ってみて。心を読みたい人をじっと見て、本心を教えろって願えばきっといける!
コレが無理なら、魔法の才能はない。さっさと帰還する方が良いかもね。でも、聖女として呼ばれたんならきっと大丈夫! 魔法を使って土地を豊かにしてくれってのがこの人達の願いよ。20年おきの超優良な肥料として呼ばれたと思っておけば良いわ。
『肥料ねぇ……まぁ、良いか。はぁー……とりあえずケネスって言ったっけ。この人の心を読んでみるか……』
小百合は、じっとケネスを見つめて本心を教えろと願ってみた。すると、頭の中に不安そうな声が響いてきた。
『聖女様、不安そうだな。そりゃそうだよね。いきなり変なとこに連れてこられたんだもんね。ジーナも言ったけど、聖女召喚って誘拐と変わんないよね。とはいえ、取りやめる権力なんて僕にはないし……とにかく、聖女様のご希望を聞かないと。帰りたいって言われたらどうしよう。そしたら僕はきっと王族を追放されちゃうよね。まぁ、それでも良いか。兄上はもうジーナを処刑する事はないって言ってたし、ジーナは絶対僕について来てくれるし……。けど、出来るなら土地を豊かにする魔法は使って頂きたいな……。ああもう、ダメダメ! 僕はお世話係なんだから、聖女様のご意志を最優先しないと!』
「何……この人……」
「聖女様? どうされました?」
「なんでもない!」
『この人、見た目通りのお人好し?! 心を読むって、最初はキツいって書いてなかった? ああもう、他の人、他の人も読んでみよう!』
小百合は、部屋にいる人の心を読み取り、吐き気を催した。
『……私をどうやってこの世界に留めるかって……んな事ばっかり考えてる。下衆なイメージまで来たじゃん。こっちは未成年だっつーの! とりあえず、あのナルシストな男には絶対近寄らないでおこう。マトモそうなのは……半分ってとこか。やたらケネスって人の事を心配してる人も多いけど……家族かな? まぁ、こんだけ心配されてるなら、ケネスって人は悪い人じゃなさそうね』
「あ、あの……聖女様、大丈夫ですか?」
心配そうにしているケネスの心を読んだ小百合は、言葉通り彼が自分を心配してると分かって微笑んだ。
「大丈夫。状況は把握したわ。とりあえず、どうして私が呼ばれたのか教えて。あと、ここに居る人達全員の名前と役職、立場も。私にやって欲しい事があるから、呼ばれたのよね? 半年間で良いなら、お役に立つわ。絶対帰してくれるのよね?」
「当然です!」
「分かった。あなたを信じるわ。魔法とやらを使えば良いの?」
「は、はい。ですがまずはゆっくりお休み下さい」
「ふぅん。優しいのね」
「そ、そんな事はありません。当然です!」
「分かった。とりあえず情報が欲しいから、全員自己紹介して。それから、お願いがあるの」
「は、はい。聖女様のご希望は最優先されます!」
「私の世話係は、あなたなのよね?」
「はい。あ、あの……僕ではご不満ですか……?」
「ううん、逆。ケネスさんって言ったわよね? あなたが良いわ。あなた以外の人がお世話係になるなら、私はすぐに元の世界に帰る」
「え、えええっ……!!!」
聖女の宣言はすぐに承認され、城中に噂が駆け巡った。
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