第7話 すれ違う気持ち
着替えをしたケネスは、ジーナと出会った時のゆったりした服ではなく王子らしいきっちりとした服を着ていた。
しきりに褒めるジーナに戸惑いながらも、ああ、この子は目が悪いんだったと冷めた気持ちになるケネス。
「そんな事言っても、見えてないでしょ……」
「確かにあまり見えませんが、凛々しい雰囲気が漂っておりますわ!」
全く気にせず、ケネスを絶賛するジーナ。
「なんなの……何でそんなに褒めるわけ……?」
「ケネス殿下は素敵なお方ですもの!」
「どこがだよ……そんな事言われた事ないよ」
「どうしてですの! ケネス殿下の魅力が貴族達に伝わらないなんて、おかしいですわ! 魔法による陰謀ではありませんの?!」
「魔法が使えるのは聖女様だけ。今は聖女様はいないんだから、魔法による陰謀なんてあり得ないでしょ。まぁ、もうすぐ召喚されるけど……お世話役は、兄上かライアンかな?」
魔法と呼ばれる不思議な力は、異世界から呼ばれる聖女のみが行使できる。聖女を呼ぶには、この大陸を統治している3つの国の国王のみが知る秘術を同時に行使しなければならない。
聖女はさまざまな魔法を使い、枯れた土地を肥えさせて、水源を作り、人々を救ってくれる存在だ。
聖女の希望は最優先され、大陸を救って頂いた後は元の世界に帰って頂く。もちろん、聖女が望めば留まって貰うが、留まる事を選んだ聖女は1人だけだ。
聖女召喚は秘術であり、むやみに行う事はタブーとされており、20年に1回のみ召喚の儀を行う。
飢饉が続いた時に、20年経過してはいなかったがやむを得ず聖女を召喚した時は悲惨だった。土地は更に枯れて、聖女の力は弱く、何も出来ないと泣きじゃくった。神の怒りを感じ取った各国の王が謝罪して、すぐに聖女帰還の儀を行うと枯れた土地が回復したと伝えられている。
聖女召喚は、半年以内に帰せば元の場所、時間に戻れる。その為、聖女の活動期間は半年以内と定められている。何故そのような事が伝わっているかというと、過去に自らの希望で何度も呼ばれた聖女が居たからだ。その聖女は何度も召喚と帰還の儀を行い、最終的に元の世界に帰った。
聖女本人が希望した為か、聖女はいつ呼ばれても強い魔法の力を持っていた。探究心の強い聖女は召喚場所を変えさせたり、わざと長く滞在して時間経過を確認したりと、様々な実験を行った。そして、20年間経過するまで何度も世界を行き来して楽しんだ。今後呼ばれる聖女の為にマニュアルと呼ばれる書籍も執筆した。全て、後世に記録として残っている。
20年間は同じ人物が聖女として呼ばれると言われていたが、確信に変わったのは探究心の高い件の聖女のおかげだ。
以降の聖女召喚は、聖女の執筆したマニュアルに則り、事情を説明し納得頂けた場合のみ半年間だけ魔法の行使を依頼している。今のところ、王族が丁寧な説明をするおかげで、聖女が魔法の行使を拒否した事はない。
今年は聖女召喚の儀が行われる年で、来月には3ヶ国の王が揃い、この城の地下で儀式が行われる。場所は持ち回りで、召喚した国の王族が世話をする決まりだ。
「聖女様のお世話係は、王族の方のお仕事ですものね」
「そうだね。父上からは僕が向いてるからやれって言われたんだけど、家族はともかく、貴族達が反対するに決まってるよ。僕じゃ頼りない、聖女様だって美しい兄上やライアンの方が良いだろうってね」
「……そんなの……、やっぱり、おかしいです……」
悲しそうなジーナを見て、ケネスはハッとした。
『しまった……! ついいつものように考えてしまったけど、僕は今のままじゃ駄目なんだ。ジーナは死んでも構わないって言ったけど、こんな良い子を殺すなんて駄目だ。僕が王族として評価されれば……ジーナはずっと僕の側に居てくれる』
「今から家族でディナーだから、今更だけど父上にお願いしてみるよ。採用されるかは分からないけど、頑張るから。聖女様のお世話役になれれば貴族達も僕を見直すかもしれない。僕が評価されないと、ジーナが死んじゃうもんね」
「そんな事どうでも良いのです!」
「なんで!」
「ケネス殿下が貴族から認められていないのは、貴族達の目が曇っているからに過ぎません! ケネス殿下がお心を痛める必要はありませんわ! わたくしは、生まれて初めて心から満たされています。ケネス殿下に仕えられてとても幸せです。半年後、死んだとしても悔いはありませんわ!」
キラキラと輝く目で話すジーナの姿に、嘘がない事を感じ取ったケネスは、自分が変わる事を決意した。
「僕は、ジーナが死ぬのは嫌だから」
「え……?!」
「半年で僕が認められれば良いんだから、今まで逃げてた事も全部やるよ。ジーナは、一生僕の側に居てくれるんでしょう?」
「はい! 勿論ですわ!」
『かっ、可愛いっ……。嬉しそうに目を潤ませるジーナは、今まで出会ったどんな令嬢よりも可憐で、美しい。なんなのこの子! 可愛すぎるんだけど!!!』
「じゃ……じゃあ、一生僕の側に居てね。……結婚……」
しどろもどろになり、小さな声で真っ赤な顔になるケネスに、ジーナはニコニコと返事をした。
「勿論、ケネス殿下がご結婚なさってもお仕えしますわ! ケネス殿下に相応しいのは、やはり同じようにお優しいご令嬢でしょうか。ああでも、ハキハキなさっている方もよろしいですわね。第一条件はケネス殿下を敬っている方ですわ! わたくしは社交が苦手なのですが、妹は社交界の情報に詳しいので、早速連絡を取りますね。ケネス殿下に相応しいご令嬢を、必ず見つけてみせますわ! ご希望はありますか?」
「え……僕の……結婚相手……?」
「ええ、王太子殿下は、ケネス殿下には婚約者も恋人もいらっしゃないと……まさか! 秘密の恋人がいらっしゃるのですか?! そうですよね! こんなに素敵な方ですもの! どなたですの?! 是非お会いしたいですわっ!」
ケネスの事を盲目的に慕うジーナは、フィリップの予想通り自分がケネスに好かれているとは微塵も思わなかった。気の弱いケネスは、ジーナをはっきりと口説けない。
「……そんな人、居ないから。僕には、婚約者も恋人も居ない。そろそろ時間だし、ディナーに行ってくるね。ジーナは来なくて良いよ。ゆっくり本でも読んでて」
『あら……、なにか不機嫌なご様子だわ。わたくし、また毒を吐いてしまったのかしら。そうか! 仕えたばかりなのに、恋人に会わせて欲しいなんて言ったせいですわね。これ以上ご不興を買わないように、おとなしくしておきましょう。さっきの侍女の事は、お兄様を通じて王太子殿下に確認する事にしましょう。嫌われたくありませんもの』
「では、お部屋の掃除をしておきますわ。メイドの仕事ですもの。動かしてはいけない物はありますか?」
「机の上は触らないで。あとは好きにして良いよ。終わったら本を読んでて良いから。絶対、僕が帰って来るまでこの部屋に居てね!」
「承知しました。いってらっしゃいませ」
『良かった、部屋に居ろということは、嫌われた訳ではないのね。……でも、ケネス殿下はお優しい方だから……わたくしに気を遣って下さったのかもしれないわ。これ以上嫌われないように、部屋の掃除をしながら殿下の好みを調べましょう!』
『はあ……なんでこうなるの……。女性の口説き方、ライアンに聞いてみよう……』
お互い好意はあるのに、ベクトルが違うふたりは今後も大いにすれ違う事となるが、その事を知る者はまだ誰もいない。
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