第5話 王太子の思惑
「フィリップ、報告が遅い」
「申し訳ありません!」
「もう君の妹の処罰は決めたから。半年後、ケネスが王族として評価されなければジーナ嬢は処刑する」
「……承知しました」
「本当、兄妹そっくりだね。ジーナ嬢も、一言も文句を言わなかったよ。まぁ、家族を助けてくれとは言ったけど。だから、ジーナ嬢が処刑されても君は隊長のまま、伯爵は伯爵のまま。良かったね」
「……兄として言いたい事はたくさんありますが、妹が罪を犯したのは間違いありません。半年も時間を与えて下さり、感謝します」
「さすがフィリップ。君は正しいよ。それに比べて、あのメイドは最悪だね」
「どうされたんですか?」
「フィリップに色目を使ってたメイドが居ただろ? 菓子に下剤を混ぜようとしてた。ジーナ嬢の前でケネスが恥をかけば良いってな」
「とんでもない事をしますね。最低じゃないですか。王族に毒を盛るなんて処刑ものですよ。処罰しないんですか?」
「証拠がなくてさー。前にも似たような事をしたんだけど、ケネスが許してしまったんだ。ケネスに恩があるんだから忠誠を誓えば良いのにまたやらかした。処罰は出来なかったけど、王太子権限でクビにして素敵な所に再就職してもらったよ」
「絶対素敵な所じゃありませんよね?」
「男好きな性格の悪いメイドにはピッタリなんじゃない? ま、客も同僚もタチが悪いトコに入れたから苦労するかもだけど。自由もあまりないしね」
「……生きてるだけ、幸運ですね」
「そ、本当なら処刑したかったけど証拠がないからさー。アイツ、下剤入りのクッキーを食べちゃったんだよ。笑えるよね。今頃苦しんでるんじゃない? 今回はジーナ嬢が素直に自分の罪を告白したから処罰出来たけど、いつもはケネスが不敬なヤツらを庇うんだよ。そしたら証拠がないから罰せられなくて。けど、本来は許される事じゃない。フィリップだって、ヤバいと思ったから俺に報告に来たんだろ?」
「ああ……、ケネス殿下が許すと言っても、許される事じゃねぇからな」
フィリップとビクターは同い年で、ひっそりと友情を育んでいた。ビクターが自分の事を俺と言った時、フィリップは敬語をやめて対等に話す。それが暗黙のルールとなっている。
「ジーナ嬢だってそれを分かってたから、俺に素直に罪を告白したんでしょ。あんな子初めてだよ。いつもはケネスが庇うのを良い事に無言を貫くか、何もしてないって言い張るかのどちらかだ。さすが、フィリップの妹だね」
「うちは父上が王家への忠誠心を叩き込むからな。嘘も誤魔化しもしねぇよ。自分が死ぬとしてもな」
「フィリップとは違うけど、しっかり自分を持ってる所は一緒だね。早く紹介してくれればこんな事にならなかったのに。ま、俺にとっちゃラッキーだったけどな」
「俺にとってはアンラッキーだ……」
「素直にジーナ嬢を紹介してくれれば良かったんだよ」
「うちは金も権力もねぇ貧乏伯爵家だぞ、ジーナは社交も苦手だ。ニコラならまだ上手くやるんだろうけど……」
「あの子は駄目。派手好きだからケネスとは合わない」
「……だよな。俺もケネス殿下に紹介するなら、ジーナを薦める。兄としては、どっちも会わせたくなかったんだけどな……こんな事になるなら、素直にジーナを城に呼べば良かったぜ」
「残念だったね。酔っ払って妹自慢をしたりするからだよ。ニコラ嬢もケネスを貶した令嬢達より余程良い子だよ。ケネスの悪口を言う公爵令嬢をうまーく転がして自分は決して悪口を言わなかった。社交が上手いのは間違いなくニコラ嬢だね。ただちょっと、ケネスとは趣味が合わないかなってだけ」
「あんな失礼なヤツらと一緒にすんな! ニコラだってその辺はきっちり叩き込まれてる」
「あーあ、ケニオン伯爵みたいな貴族ばっかりならこんなに悩まなくて良いのに。なんでちょっと目を離すとすぐにケネスは舐められるのかな」
「いっそビクターがずっと一緒に居れば良いんじゃね?」
「俺だって王太子としての仕事がある。無理なのを分かっててそんな事を言うなんて性格悪いな」
「ビクターには負けるね。俺は剣を忘れた事をジーナに言ったりしてない。予備の剣もあるし、1日くらいなんとかなった。なのにジーナは俺から急ぎの手紙が来たと言ってた。スッゲェ似てるけど、これは俺の字じゃねぇ。面倒な罠を張りやがって、何を企んでる」
「フィリップが悪いんだよ。いくら頼んでも自慢の妹を紹介してくれないから」
「ジーナは色恋沙汰に疎いんだ。そもそも、俺達じゃ身分が足りない。余計な事に妹を巻き込みたくないと思うのは当然だ」
「本当はフィリップの所に来た後にケネスと会わせるだけのつもりだったんだけど、都合良く失敗してくれたからラッキーだったよ。可哀想だよねー、半年したら死んじゃうかも?」
「死なせる気なんてないくせに」
「ないね。あんないい子、みすみす死なせるなんて勿体ない。けど、俺は発言を撤回する気はないぞ。ケネスが変わらなければ、ジーナ嬢には死んでもらう。別人として、ケネスに仕えて貰うのが良いかな。やっとマトモな使用人を付けられる。ま、そんな事にはならないと思うけど」
「ジーナを使ってケネス殿下を成長させようとすんなよ……。無理矢理ジーナを妃にしようとするんなら、俺はどんな事をしてもジーナを逃がすぞ」
「そんな事しないよ。好きな子を口説けないような男にジーナ嬢は勿体ないからね。せいぜい足掻くと良いさ。ケネスが動かなければ、彼女には良い男を紹介するよ」
「ジーナはあんまり結婚に興味がねぇんだから余計な事すんな」
「残念だね。悔しがるケネスを見るのも良いかなと思ったんだけど」
「ほんっと性格悪りぃよな。こんなのが次の国王陛下かよ……」
「フィリップは側近の最有力候補なんだから、頑張ってね」
「頑張りたくねぇっ!」
「とか言って、必死で仕事してるのは誰だよ。俺の近衞騎士になる為に鍛錬してくれてるんだろ?」
「……悔しいけど、俺はビクターを尊敬してる。隊長経験者じゃねぇと近衞騎士に志願できないんだから、頑張るしかねぇだろ。やっと隊長になれたんだ。きっちり実績を積んだらビクターの近衛騎士に志願するよ」
「すぐに志願してくれても良いんだよ?」
「隊長で実績を積んでからだ。今のところ、代わりに隊長が出来そうなヤツも居ないし、任された仕事をすぐに放り出すなんてあり得ない。せめて3年は隊長職に就く。もうちょっと待っててくれ」
「分かったよ。待ってる。そういえば、ジーナ嬢はケネスを尊敬してるって言ってくれたよ」
「マジか……。その時のジーナの目、どうだった?」
「意志が強そうな目をしてたけど。フィリップにそっくりだなって思ったよ」
「ジーナは本気でケネス殿下に忠誠を誓ったんだろうな。うちは騎士の家系だから、自分で仕える主人を決めるんだ。俺だってそうだったろ?」
「フィリップが俺に忠誠を誓うって言った日の事は、今でも覚えてるよ」
「ジーナはきっと、ケネス殿下に忠誠を誓ったんだろうな。ま、もちろん受け入れられればだけど。ケネス殿下の性格を考えると、嫌がる可能性もあるしな。断られて、一生誰にも仕えなかった先祖も居るし、主人を決めなかった先祖もいっぱい居る。ただ、主人を決めた人は何かを成している人が多いかな。主人の役に立つならと、本気で色んな事に取り組むからだろうな。俺もビクターに出会ってから、何度も落ちた騎士団の入団試験を一発でクリアした。けど、ビクターの思惑とは違う方向にいっちまうかもな」
「え? どういう事?」
「ビクターは、ケネス殿下とジーナをくっつけたいんだろ? けど、ケネス殿下を尊敬しまくってるジーナは……自分がケネス殿下に女性として好かれるなんて思わねぇぞ」
「なんでそうなるの?!」
「俺とそっくりな目をしてたんだろ? ケニオン伯爵家の人間がその目をしちまったら、本気で仕える主人を見つけた証。ジーナにとって、ケネス殿下は心から尊敬する主人になったって訳。主人に恋愛感情を抱く奴らもいるけど、ジーナはそういうタイプじゃない。ケネス殿下に相応しい令嬢は誰だろうって目を光らせる未来しか見えねぇ。惚れさせるのは至難の業だぞ」
「……うっそぉ……もしかして、俺がむやみに煽ったせい……?」
「知らねぇよ! とにかく、ジーナはこれから一生ケネス殿下を第一に考えて行動するのは間違いねぇ! ビクターの望み通りだろ!」
「望み通り……とは言えない……フィリップ、なんとかしてよ!」
「出来ねぇよ!」
「俺に忠誠を誓ってるんだろ?!」
「それとこれとは別だ! 可愛い妹を利用した事、俺は結構怒ってるんだからな!」
「処罰を取りやめるってどう?!」
「そんなフラフラした理由で一度言った事を撤回しようとすんな! ビクターは王太子なんだぞ! 発言に責任が伴うって分かってんだろ! それなりに計算して、ジーナを処罰したんじゃねぇのかよ!」
「そうだよ……そうだけど……これは予想外だよ……うまくいくと思ったのに……」
「ただでさえジーナは恋愛沙汰には疎いからな。よっぽどケネス殿下が頑張らねぇと恋愛対象にはならないぜ。周りがどう思おうと、ジーナにとってはケネス殿下は尊敬する主人以外の何者でもない。元々身分違いだと思ってんだから、無理に迫ろうとしたら自分は遊び相手だって思って幻滅しちまうかもなぁ。状況によってはケネス殿下にビクターの計画を全部バラしてジーナを連れ帰る許可を取るからな」
「それだけは! それだけはやめてくれっ!」
「安心しろ。優しいケネス殿下は、兄の企みを聞いても怒らねえよ」
「怒る」
「ん?」
「怒るんだよ。俺が裏で動いてる事がバレたら、ケネスは物凄く怒るんだ。普段怒らない分、すっごく怖いんだよ!」
「へぇ、そうなのか。良い事を聞いたぜ」
「……フィリップ、本当に俺の事尊敬してるのか?」
「してるしてる。完璧だと思われてる王太子殿下も失敗するもんなぁ。だから側近が必要なんだ。俺は絶対ビクターの近衞騎士になってみせる。だから、安心して国の為に働けよ」
「フィリップ……ありがとう……。なら、ケネスには黙っててね」
フィリップが意地悪そうな笑みを浮かべて笑いかけると、ビクターの眉間に皺が寄った。
「ジーナが酷い目に遭わなきゃ黙っててやるよ。ジーナは恋愛に疎いが、惚れりゃぁ一途だと思うぜ。すっげえ難しいだろうけどな。そもそも、ケネス殿下がジーナに惚れるかもあやしいよな。ガッツリ主人として扱う女性は恋愛対象になんのか?」
「ケネスは多分、もうジーナ嬢に惚れてる」
「じゃあ、いきなりジーナが忠誠を誓ったら驚くだろうな」
「……どうしよう。いっそ強引に2人を婚約させるとか?」
「うちが侯爵家以上ならアリだけど、伯爵家で資産も少ないってなると無理じゃね? いっそ別の令嬢と婚約させるとかどうだ。ジーナが見定めてくれるぜ」
「身分が上の令嬢は駄目! 全員ケネスを馬鹿にしてるんだ」
「だからジーナに目を付けたのか。好きな者同士なら多少身分差があっても許される。貴族でさえあれば良いからな。うちが伯爵家でも問題ない」
「そう。ジーナ嬢は、調査をした限り浮いた話もないし、読書好きでケネスと趣味も合う。容姿も派手過ぎなくてケネスが怯えないし、性格も真面目で嘘もつかないし、なによりケネスを馬鹿にしない。瞳の色の事をケネスに指摘してくれたのは、フィリップとジーナ嬢だけだ。だから、ケネスと生涯を共にするのはジーナ嬢が良いと思った」
「俺の妹は人を見る目があるだろ? 一生、ケネス殿下に仕えると思うぜ」
ビクターは、恨めしそうな顔をしてフィリップを睨みつけた。
「ほんっと、いい性格してるよね。そんなに俺が失敗したのが楽しい?」
「そうだなぁ。オロオロしてるビクターはなかなか見れないから、面白かった。そうだ、今回ばかりは俺は一切協力しないからな。俺だって妹が可愛いんだから、腹黒王太子の思い通りにさせるかっての」
「腹黒王太子ってなんだよ……あってるけどさ……」
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