精霊王様のお気に召すまま
篠原 皐月
(1)蘇る黒歴史
建国時、精霊王から多大な恩恵を受けた伝承がある国、アストリア。そこでは例年、国内の少女が五歳になる月に身分を問わず全員が神殿に集められ、精霊の加護を受けられる巫女であるか否かを判別する儀式を受けることになっていた。
通常、一年を通して該当する少女は5人から10人程度。その少女達は年に一度集められ、精霊王を主神として祀るこの神殿に入り、成人するまでの生活を送る決まりになっていた。
「皆さん、よくいらっしゃいました。あなた方は精霊王様からのご加護を授かった、この国にとって得難い人物です。選ばれた巫女としての自覚を持ち、日々精霊王様に対する感謝の念を捧げつつ、この国の一層の平穏と発展を祈ってください。それがあなた達の役目です」
その日は年に一回、前年一年間に巫女認定を受けた少女が6人、神殿に入る日だった。親元から引き離されて不安な様子を隠し切れない少女達に対し、老境に達してもその年齢を感じさせない巫女長のヒュミラが、穏やかな口調で語りかける。その神々しささえ感じさせる彼女の立ち居振る舞いに少女達も当初の不安の色を薄め、子供なりに真剣に彼女の話に聞き入っていた。
(懐かしいなぁ……。ここに入ってから、十年も経ったのか……。色々あったけど、あっという間だったわね…)
当然、神殿内に少女達の世話をする者は多数存在しているものの、新規の巫女の世話役として十代半ばの先輩巫女達が担当するのが慣例となっており、今年神殿入りして十年目になるシェーラも、その役目の為に室内の後方でおとなしく控えていた。そんな彼女が神殿に入った当時の事を思い返していると、巫女長が話に区切りをつけて少女達に声をかける。
「それでは神殿での生活についての話は、このくらいにしておきます。詳しい説明は世話役の巫女達がしてくれますから、彼女達に遠慮なく聞いてください。最後に、ここまでの話の中で、分からない事や聞きたい事はありませんか?」
すると一人の少女が、控え目に右手を上げながら問いを発する。
「巫女長様、聞いても良いですか?」
「はい、どうかしましたか?」
「どうして巫女になるのは、女の子が五歳になった時なのですか?」
「………………」
彼女にしてみれば素朴な疑問だったのだが、その瞬間、ヒュミラの顔が僅かに強張った。と同時に、室内にいた他の年配の巫女や神官、更にはシェーラと同様に世話役に任命された若い巫女達まで、全員の視線がシェーラに集まる。
(ちょ、ちょっと! どうして皆、一斉に私を見るのよ!? いえ、理由は分かるけど! 私の黒歴史の一つだけど! 新入りの子達まで、変な顔で私を見ているじゃない!?)
室内の殆どの視線が一斉に集まったのに加えただならぬ雰囲気になった事で、何かを感じたらしい少女達も周りの大人達の視線を追って、後方を振り向いた。さすがに内心で動揺したシェーラだったが、ここでいち早く気を取り直したヒュミラが、それまで通りの穏やかな口調で注意を促す。
「皆さん、前を向いてください。ところで、あなたのお名前は?」
そこで質問した少女は、慌てて前に向き直って答えた。
「はい、アリサです」
「そうですか……。アリサ、精霊王様の力を感じるには、済んだ無垢な心が必要だと言われています。それで幼児のうちに巫女としての資格があるか判定を受けた方が、はっきりすると考えられているのです。五歳というのは、たまたまその年に区切ったからです。他の年齢の子供が一斉に神殿に押しかけたら、人数が多くなって大変ですから。分かりましたか?」
「はい、分かりました。巫女長様、ありがとうございました」
ヒュミラの説明を聞いて素直に頷いたアリサを見て、室内全員が安堵の溜め息を吐く。その中でもヒュミラの笑顔が、一番輝いていた。
「疑問に思った事は、その都度きちんと確認しておくべきですから。これからも何か分からない事があったら、先輩達に遠慮なく尋ねるようにしなさい」
「はい!」
「それでは、配属館ごとに案内します。まず水晶館から」
そこで目線で促された水晶館所属の巫女が進み出て、自分が担当する少女達に呼びかける。
「それではアリサ、ルセリア。こちらにいらっしゃい」
「よろしくお願いします」
神殿内の序列は歴然としており、貴族出身の巫女が使用人を全て実家から引き連れてきて、広さも最大の水晶館が最上格であった。その次に平民出身でも実家が比較的裕福であり、生活費や教育費を追加で支払って語学や礼儀作法を学ぶことができる巫女が生活する彩花館、平民出身巫女に対して神殿が読み書き計算、簡単な礼儀作法など一般的な教養を集団教育で行い、衣食住も含めて実家の負担金は一切無い光明館が最後である。
当然、何事に関してもその順序で進められ、光明館所属のシェーラはおとなしく水晶館の新人巫女達が案内されて行くのを見守っていた。
「一瞬、ヒヤッとしたわ。今年はシェーラの後継者が来たのかと思って」
「なによ、その後継者って……」
並んで壁際に立っていたミリアが囁いた内容に、シェーラは少々気分を害しながら言い返した。しかしミリアはそんな彼女をチラッと眺めてから、うんざりした様子で溜め息を吐く。
「私、未だに忘れられないわよ。今日と同じように私達が神殿に入った初日、前巫女長様が説明の後に『何か質問はありませんか?』と聞いたら、シェーラが『五歳の女の子だけ巫女になれるかどうか調べるのは、精霊王様が
忘れようにも忘れられない黒歴史を引っ張り出さたシェーラは、精一杯声を潜めながら反論した。
「五歳の子供に、空気を読めとか無理よね!? だって本当に不思議だったんだもの! どうして男の子は加護の判定をしないのかとか、他の年長の女の子が受けないのかってミリアは疑問に思わなかったの!?」
「五歳の子供なんだから、普通だったらそういうものかって納得するわよね……」
「納得できない。精霊王じゃなかったら、この制度を決めた当時の神官達が幼女趣味だったのに決まっているわ!」
「未だにそんな事を言っているから、いつまで経っても問題児扱いなのよ……。しかも『精霊王』なんて呼び捨てで……」
「神官様達の前では言っていないわよ」
「どこで誰が聞き耳を立てているか分からないんだから、本音駄々漏れは止めなさい」
ミリアが呆れ果てながら苦言を呈したが、ここでヒュミラの雷が落ちる。
「ミリア、シェーラ! 光明館の担当者はあなた達でしょう! 何をしているのですか!?」
「はっ、はいっ! 申し訳ありません!」
「すぐに案内いたします!」
二人で話し込んでいる間に水晶館と彩花館の新入巫女達は先導されて室内を出ており、それに気付いた二人は慌てて残っていた少女達に駆け寄った。そして互いに自己紹介をしてから少女達を引率しようとしていたミリアとシェーラの背中に、ヒュミラの鋭い声がかけられる。
「その子たちの案内が一通り済んだ後で、二人とも私の部屋に来るように」
「分かりました……」
「後ほど伺います……」
神妙に頭を下げてその場を離れた二人は少女達を寮の部屋に案内し、ここでの生活について必要と思われる諸々を説明してから、巫女長に与えられている部屋に出向いた。そしてお約束のように叱責を受けてから、自室へと引き上げたのだった。
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