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「あなたなら、少なくともドッドソンという家名があります。もうほとんど難癖付けられているようなものですから。こちらとしてもできるだけ付け入れられそうな隙は減らしておきたいのです」
「……家名、本当にあるだけだけどな」
力なく呟いて再び椅子に腰かけた主人に、甲斐甲斐しい執事が温かいお茶を用意した。蜂蜜を入れてミルクも注いでいる辺りに優しさと激励が同居しているのだろう。
ただ、甘い物があまり好きではないダンテにあえての蜂蜜入りということは、𠮟咤が八割といったところか。
そのハニーミルクティーをひと口飲んだダンテが微妙に眉根を寄せ執事を見たが、何も言わずその叱咤八割激励二割と共に飲み干した。
「家名があるという事実だけで十分でしょう」
ドッドソンという通りの良い家名を持ち、貴族である、という紛れもない事実がある。それはこの国において、ほんの一握りが持ち得る特権だ、という意識がこの従兄はとても薄い。
「それでいいなら、もう一人ちょうどいいのがいるだ、ろ……」
ヴィクトリアに執心しているもう一人の従兄が……と、全てを言い終わらないうちに、自身に向けられたヴィクトリアとヘンリエッタの顔を見てしまったダンテは、即己の失言を悟ったようだ。
人は良いのだが、相変わらずダンテは少々失言が多い。
そのせいで謝り慣れているところも残念だ。そういうところが良い意味でも悪い意味でも貴族らしくないし、ちょっと空気を読んだ言動が苦手なところに彼の人柄を評する意見の分かれ目がある。
ヴィクトリアにとっては愛嬌と思える範囲だし、好意的に捉えている。少なくとも貴族社会に溢れている悪意や毒心のない好人物である。
そんなダンテを快く思えなくなる時が来たら、ヴィクトリアの中の何かが良くない方へと変じてしまった時だ。そんな気がしている。
「す、すまん、なんでもない。えええと……で、もう一つの条件の方は大丈夫なのか? その、事件の方は」
「本当の首謀者は既に明らかですけどね」
失言を繰り返すダンテの雑な話題転換に乗って、ヴィクトリアは皿に並べられたクッキーを手に取った。
動物の型に抜かれたクッキーには、真っ白なアイシングがかかっている。動物は、何だろう、ヤマネだろうか。
「え? あ、そうなのか?」
小さな白いヤマネからはほのかにレモンの香りがした。恐らくアイシングにレモンが使われているのだろう。その爽やかな甘さと紅茶の香りが良く合う。とてもおいしい。
その間、執事がダンテに二杯目のハニーミルクティーを用意しているのを横目に、ヴィクトリアはストレートの紅茶を飲んだ。
「事件の黒幕、裏で手を引いているのは間違いなくマクミラン商会……商会の最高顧問であるセオフィラス・キャロルです」
この国の流通を支配するマクミラン商会、そしてそのマクミラン商会を裏で牛耳っているセオフィラス・キャロル。
母親は現国王の降嫁した妹、つまり元王女。元王族を母親に持つセオフィラスは、下位ではあれ王位の継承権すらも有している。
美しい笑みで人心を惑わし、魅了し、破滅させる。あるいは己の利権を搾り取る。女に生まれていれば間違いなく毒婦と呼ばれていただろう。
いや、そうと呼ばせないぐらい上手く立ち回るかもしれない。
頭も切れ、武にもそれなりに長けている。
思想と性格が破綻している、という残念な事実を除けばおよそ欠点らしい欠点が浮かばない、という傑物である。
そしてセオフィラスの父親であるキャロル侯爵は、ドッドソン侯爵の弟でリデル伯爵の兄。つまり、セオフィラス・キャロルは、ヴィクトリアとダンテの従兄でもある。
先程ダンテが言いかけたヴィクトリアに執心しているもう一人の従兄、というのが他でもないセオフィラスだ。
王太子よりいくつか年上だがまだ三十には届いていない。ヴィクトリアとダンテにとっても、そう歳の離れていない従兄である。
まあそれなりに親しい間柄と言えなくもない。立場諸々の違いも相まってあくまでそれなりに、だが。
「昨夜、あの場にもいました」
ヴィクトリアの言葉に合わせ、背後に控えていたヘンリエッタがハンカチを広げてナイフの刺さった跡がある丸テーブルに置いた。よくよく見れば、細く小さな針が一本、その白いハンカチの上にある。
「殺された下手人の首筋に刺さっていた、おそらく凶器の毒針です」
ヴィクトリアの説明に、ヘンリエッタが頷いた。
昨夜、下手人が亡くなったあの時、ヘンリエッタに抑え込まれていた男は唐突に苦悶の表情を浮かべ、そのまま死んだ。ほぼ即死と言える。
その時首筋に刺さっていたのがこの小さな針である。
大人一人を小さな針のひと刺しで即死させるほどの毒など、なかなかあるものではないだろう。
ヴィクトリアは毒に明るくはないので詳しくは無いが、そんな猛毒が容易に入手できるほど出回っているとはさすがに思えない。
だが、流通に精通しているマクミラン商会ならば、そういった猛毒を手に入れることも可能かもしれない。
「刺さっていた場所と角度から考えられる位置に、セオフィラス様がいらっしゃいました」
ヘンリエッタが淡々と言葉を添えた。
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