6-3
虚栄心ばかり強く、権力に固執し、他者を見下している者は、往々にして物事の本質を正しく捉えることができない。
副社長は、リデル伯爵家の未亡人を、娘のヴィクトリアを、世間知らずの女に過ぎないと侮ったのだろう。
そして、あのラトウィッジ海運を。
あの人たちは、取引相手をしっかりと見定める。たとえそれまでの取引があろうとも、そんなことは関係ないのだ。
ヴァンホー商会を手に入れた程度で、副社長の相手などしてくれるほど容易くはない。
「もし、副社長が事前に侯爵に相談していれば、恐らくはもう少し慎重に事を運んだと思います」
腹の立つ人物ではあったが、ドッドソン侯爵は人の上に立つ、その意味を十分に理解していたと思う。
副社長と手を組んでいたという事実。
マクミラン商会の筆頭理事でもあるという事実。
それらの事実を積み重ねていった結果、ヴァンホー商会の件は「ドッドソン侯爵がさせたこと」と判断された。
狙ったのは商会からの独立。
だが、結果として切り捨てられる側に立たされたのだ。そして、ドッドソン侯爵は粛清された。
ドッドソン侯爵でなければ、恐らく命までは奪われなかったと思う。
セオフィラスにとって元々目障りで疎ましい人間。その人物が直接ではないにしろ起こした事態。だから、ここまでのことになってしまった。してしまった。
やり過ぎの感は否めない。
だが、そのやり過ぎの一因は、恐らくリデル伯爵家にも由来している。もちろんそれだけとは思わないが、一因のひとつにはなっているだろう。
セオフィラスからしてみれば、お気に入りの玩具を気に入らない人間が壊した、そういう状態だ。
王太子に手ずから渡されたワイン、それを受け取った時点でドッドソン侯爵は悟ったはずだ。
決して手を出すべきではないものに手を出すべきでないタイミングとやり方で手を出してしまったことに。
「セオフィラスはろくでもない人間ではありますが、こと商売についてはその性根に反し真っ当な手を好みます。夫を亡くし商売のことなどろくに知らない未亡人に強引に迫り、その事業を奪うようなやり方はセオフィラスの好むところではありません」
ゲームはルールを順守して遊んだほうが楽しい、その程度の気持ちのような気もするが、ともあれ、セオフィラスにとってドッドソン侯爵と副社長の行いは、興覚めに値する愚行だ。
ダンテが、微妙な表情を浮かべていた。
それは一応父親である侯爵の死に、複雑な感情を抱かざるを得なかったからなのかもしれない。
「セオフィラスが侯爵を粛清し、王太子殿下はそれを黙認し助力した。恐らくこの辺りが真相。当たらずとも遠からず、といったところでしょう」
掌で目元を隠し、ダンテが深く溜息を吐いた。
「……馬鹿だな」
「ここで、止めておきますか?」
指の隙間越しに、ダンテの目がヴィクトリアを見た。
「…………いや、大丈夫だ。それで、副社長はどうなった?」
「まだ生きています。生かされている、というべきでしょうか」
ダンテが訝し気に眉を顰める。
確かにそう、普通なら副社長もとっくに消されている。
「侯爵が殺されて、ひと月経ってる」
「ええ。そう、ひと月です」
本来であれば、副社長はもう死体になっていたとしてもおかしくない。事実、その予定だったのだとは思う。
だが、予定は変わったのだ。
ヴィクトリアという、想定外が現れたことによって。
「セオフィラスも王太子殿下も、基本人の情などというものは解さぬ人で無しでろくでなし。実理を重んじる現実主義者です」
セオフィラスに関してはまったくの無情、とは言わない。ただあくまで自分本位の、ごく狭い範囲でのみ有効になる程度の情だ。
多少の差はあれ、王太子リチャード・テニエルと、セオフィラス・キャロルはよく似ていると思う。生まれも育った環境も違うだろうに。従兄ゆえの、流れる血に何かあるのだろうか。
ひとたび面白いと思えば、時に益を無視してでも悦に走ることがある。そういうところがあの二人はそっくりなのだ。
そして、今がまさにそんな事態。
いや、……どこまでが、彼らの想定の中だろう。
「元より、事件について、真相など関係ないんですよ」
むしろ、真相は彼らにとって、いや、この国にとって都合が悪い。
ゆえに、真相とは異なる事実が求められる。
王太子に楯突いたあの夜も、商会の本社でセオフィラスと話したあの時も。ヴィクトリアは慎重に言葉を選び立ち回った。
「あの二人を愉しませる、これはそういう遊びなのです」
つまらない、そう思わせてしまったらそこで終わり。だが、面白いと思わせられるうちはまだ話をすることができる。
或いは、彼らにとっての実利を提示することができれば。
彼らにとってはただの面白い遊び。
そして、ヴィクトリアにとっては爵位と領地と家の命運をかけた駆け引き。
今はまだ、ヴィクトリアには彼らと同じテーブルにつく機会が与えられている。
そして動機のありようによって、ヴィクトリアが為すべきことは定まるのだ。
「ですから、副社長はまだ無事でいます」
ヴィクトリアの言葉に、ダンテがようやっと納得がいったという顔をした。ついでに気分は悪い、というような。
「ダンテ・ドッドソン」
馬車の窓から見える景色、王宮が近付いてくる。
ヘンリーはまだ戻らない。
「先ほどの話ですが」
ヴィクトリアの真剣な表情に、ダンテが何を言われるのかと身を固くした。先ほどのどの話だ、と息を詰めヴィクトリアの次の言葉を待っている。
「どうにもならなくなったら……その時でも面倒を見てもらうつもりはありませんが、助けてはください」
「…………もちろ……は? え? なっ……さっきの本当は聞こえてただろ!」
ダンテの叫びとほぼ同時。馬車が王宮に辿り着いた。
約束の、ひと月後である。
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