第24話 こんな気持ちになるなら一人のままが良かった……

「静香も教室のど真ん中で乳くり合わないの~」

「あぁ……うぅ、ごめんね月ちゃん」

「ううん。静香ちゃんは私を助けようとしてくれただけだから、気にしてないよ」


 きっと天音はこの気まずい空気を和ませようとしているが、はっきり言って逆効果である。


 女の子の胸を触ったという罪悪感はさらに静香の心に突き刺さり、もう一度謝罪する。


 月もわざとではないことは頭で理解しているらしいが、感情が追い付いていないようだ。


「「「……」」」


 五人の間に重い空気が流れる。

 いや、メアリーだけは未だこの空気が分からず首を傾げている。


「もうここは静香が土下座するしかないよ~。いっそ結婚しよう~」

「なに言ってるの天音ちゃん。けっ、結婚なんて早すぎるよ。それに月ちゃんの気持ちを無視するのは良くないよ」

「そうですよ天音。いくら男の娘が女の子の胸を触ったからと言って結婚は安直すぎます。それに月や静香の気持ちも考えてください」

「我的には静香が他の女と結婚するのは複雑だが、月ならギリ良い。複雑だが」

「でも女の子の胸を触ったんだから~誠意は見せないと~」

「うぅ~……」


 天音が静香に土下座させようと煽り、静香と帆波に怒られる。

 メアリーは意味不明なことを言いながら渋々納得し、天音はここぞとばかりに煽ってくる。


 静香にも月の胸を触ってしまった罪悪感があるため、なにも言い返せない。


「……」


 帆波も気の利いたことを言おうとしているが、言葉が出てこない。


「別にわざとではないのだから気にしなくても良かろう」

「それとこれとは別なんだよ~メアリー」


 自称吸血鬼はなぜ静香と月が気にしているのか理解できないメアリーに天音は間延びした声で諭す。


 例え月の胸を触ったことがわざとではないとはいえ、触ったのは事実だ。


「ごめんなさい月ちゃん。嫌だったよね。本当にごめんなさい」


 だから静香は頭を下げて、精一杯謝った。


 もしビンタ一つで許されるならいっそそうしてほしい。


「……」


 頭を下げて謝罪する静香を見ながら月は唇を震わせていた。

 声にならない声が虚空へと消えていく。


「……ごめんなさい……」


 静香の耳に聞こえてきた月の言葉は予想外にも謝罪だった。


「えっ……」


 それには静香も驚きのあまり、頭を上げて月を見る。

 その時の月はなぜか申し訳なさそうな表情をしていた。


「……静香ちゃんが私の胸を触ったのはわざとじゃないには分かってる。それに別に嫌だったわけではないし、ただ驚いただけだから」


 それが本当のことなのかそれとも静香を気遣った嘘なのか、静香には判断できない。


「私こそごめんなさい。静香ちゃんをこんなにも困らせちゃって」

「……」


 今にも泣きそうな月の顔。

 そんな月を見たら、なにも言えなくなる。


 なにを言ってもそれはただの言いわけにしかならないからだ。

 他の三人も余計なことを言わずにただ見守っている。


「私が男の娘だったら、胸を触られても変な空気にはならなかったし、もっと静香ちゃんたちと仲良くなれたよね。確かに周りから見れば男の娘三人に女の子一人のグループは異彩だよね」

「……あれ、我がはぶられているが」

「……ここはツッコむところじゃないよメアリー」


 月が話している途中にヒソヒソとメアリーと天音が話している。


「私だけ女の子だからみんな気を遣ってくれることは嬉しいけど、それはそれで寂しかった。あぁ~、私は三人のようには距離を縮められないって。やっぱり友達なんて作るんじゃなかった。こんな気持ちになるなら一人のままが良かった……」

「っ……」


 帆波が下唇を噛んでいる。

 帆波は月が一人だけ女の子だから、月が居心地良くこのグループにいられるように女の子扱いをしてきた。


 それが裏目に出たのだ。罪悪感を抱くのも無理はない。


「こんなにも近くにいるのにまるで私と静香ちゃんたちの間には見えない壁があるみたいで寂しいよ。この距離は今後も絶対埋まらないんだろうね」


 月が静香に手を伸ばすもあと数ミリのところで伸ばすのを止めてしまう。


 ほんの少し静香が手を伸ばせば触れられる距離にいる。


 でも月の言うとおり、そこには見えない無限の距離があって、例え無理矢理月に触れたとしてもきっと月は拒んだだろう。


「……私には静香ちゃんたちが……あまりにも遠くに感じるよ。……だって私は女の子だから」


 月は全て諦めてしまった表情を浮かべながら月は自分の席へと向かう。

 静香はなにも言葉をかけることができないまま、月を見送った。


 月が今までそんなことを考えていたなんて静香は思いもしなかった。


 四人で過ごす日常は穏やかなでとても楽しくて、こんな毎日がいつまでも続けば良いと思っていた。


 でも月は一人、このグループで女の子が一人ということに苦しみと寂しさを抱いていた。


 男の娘と女の子。


 近いようで遠い存在。


 教室にいるのにチャイムの音が遠くに聞こえる。


 月が今までそんなことを考えていることに気づけなかった自分への苛立ちと、月の申し訳なさと友情の難しさに静香の脳はオーバーヒートを起こしていた。

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