幕間:魔法が使いたい[宝珠編]
サトゥーです。若さゆえの過ちというのは誰にでもあります。その経験をバネに未来へと羽ばたいていくのです。もっとも、痛すぎる教訓というのも、世の中にはあるようです。
◇
「■■■
狭い裏通りを暴風が駆け抜け、地面で昏倒していた怪盗の部下達が地面のゴミと一緒に路肩へと掃除されていく。
くくくくく、と体の内側から溢れる喜びが抑え切れない。
透明度が失われた「詠唱の宝珠:使用済み」をストレージに大切に収納する。
すぐさま開発済みのあ~んな呪文やこ~んな呪文を使ってみたいところだが、王都でやったら大災害確実なので自重する。
心置きなく詠唱する為に、先に用事を片付けるべくユニット配置でオークション会場へと戻る。
「クロ様、お帰りなさいませ。首尾はいかが――いえ、詮無き事を申しました」
支配人はオレの様子から結果を察したようだ。
支配人の後ろで「転移魔法?」と驚くオークション会場の人々を総スルーして、宝珠の受け渡しをしていた男性に盗まれた宝珠を返還する。
「こ、これは宝珠!」
「怪盗から取り返したものだ。わたしが落札した宝珠は抜いてある」
ぜひお礼をと告げる落札者達やオークション会場職員達に「不要だ」と言い捨て、支配人を連れてエチゴヤ商会へと帰還する。
幹部嬢Aを忘れてきたが、まあ馬車もあるし一人で帰ってくるだろう。
「クロ様、今晩はお祝いですね」
「祝賀準備は完了しております」
はずんだ声の支配人に続けて、ティファリーザが言葉を続ける。
「これから所用で出かける。帰還が遅いようなら先に祝賀パーティーを始めておけ」
オレはそう告げて、セリビーラの西にある砂漠へとユニット配置で移動した。
おっと、実験で我を忘れる前にアリサとリザにだけでも連絡しておくか。
「■■■ ■ ■■ ■
いつも使っている「
128文字までの文字情報を送る魔法なので、言葉の抑揚などが伝わらない。携帯のメールに近い。
オレが送った遠文は『詠唱の宝珠の落札に成功した。魔法実験を行うので帰宅は遅くなるから、先に夕飯を食べるように』といったありきたりな文面だったのに、なぜかアリサから「はしゃぎすぎ《笑」と返信があった。
顔文字を使いすぎたのだろうか?
解せぬ――。
まあいい。これで日没までは自由時間だ!
◇
実験場に選んだのは、迷宮都市の西方に広がる広大な砂漠だ。
狗頭との全力の戦いでも周辺諸国への直接被害が出なかったみたいだし、ここなら上級魔法を使っても大丈夫だろう。
――いや、流星雨を遠くから見た王都の住民がパニックを起こしていたはずだ。
オレは魔法書の中から最適な魔法を選ぶ。
空間魔法の禁呪「
大きさは魔力に依存するみたいなので、実験用に都市10個分くらいの広さの亜空間にしておく。バッテリー代わりの聖剣を使って最大サイズでつくれば、砂漠一個分くらいの広さまで拡張できそうだ。
亜空間なら被害も気にしなくて済むし、目撃者も出ないだろう。
ゲートから中に入ってみると、先ほどまでの砂漠と寸分変わらない場所で、思わず魔法を失敗したのかと疑いそうになる。
空には太陽まで出ているほどだ。
AR表示によると、あの太陽は映像らしい。
マップで確認したところ、「サトゥーの亜空間:砂漠」と表示された。「マップの存在しない空間」ではないようだ。
3D表示で確認したところ、亜空間は球状になっていた。
さて、場所も確保できた事だし、実験を始めよう。
砂が舞い上がって邪魔なので、攻撃系の魔法は最後だ。
最初は
「…… ■■■■
砂漠の地面が隆起して、
やがて細部に装飾が施されミーアの砂巨人と同じくらいのゴーレムが完成する。
ゴーレムの大きさは特に指定しない限りレベルが高いほど大きくなるようだ。高レベル小型ゴーレムも作れるようだが、質量が少なくなる分、ゴーレムの戦闘力は下がるらしい。
AR表示によるとレベル50となっている。魔法書によると術者のレベルの7割から8割までのレベルのゴーレムが作れると書いてあったのだが、それ以外にも術的な上限はあるようだ。
――おしい。
本当に249レベルのゴーレムが作れたら、色々楽勝だったのに……。
「もしかしたら、素材で上限が決まっているんじゃ?」
ゲーム的な発想だが、このゲームみたいな世界なら普通にありそうだ。
砂、木材、石、青銅、鉄の順で試してみたところ、どれもさほど上限に違いがなかった。意外な事に鉄だけが上限レベルが低い。
ストレージ内にあった
手持ちの魔法書を検索してみたところ、魔力の流しやすさで変わるらしい。
魔法金属やナナがくれた宝石ゴーレムを素体に使ってみたところ、レベル99まで上げられる事が分かった。
魔法で作ったゴーレムは魔力の供給を絶ってから二時間ほどで機能を停止するらしいが、「
魔核を使う方法だと、魔核を得た魔物のレベルや魔核の等級にゴーレムのレベルが左右されるらしい。
もしかしたら、パワーレベリングに使えるかもしれないので、今度実験してみよう。
それにしても魔法は便利だ。
これだけのゴーレムが一瞬で作れるんだからね。
エチゴヤ商会の金庫にあるゴーレムは魔法回路を地道に作った物で、オレでも一体作るのに3日はかかる。オリハルコンゴーレムは10日近くかけたのに……。
もっとも、魔法で作ったゴーレムは動きが雑で簡単な命令しかできないようだ。
もやもやする心をそんな言葉で癒して、オレは次の実験を始めた。
◇
封印していた精霊光を解放すると、周囲から色とりどりの精霊達が集まってくる。
亜空間内のせいか、いつもより精霊達の集まりが悪い。大体いつもの二割程だ。
「……■■
――PUWAOOOOWWNNN!!
ミーアに教えてもらっていた精霊魔法でベヒモスを呼び出してみた。
レベル52とミーアやアーゼさんが呼び出したベヒモスより少し強い。
試しに先に作ったゴーレム軍団がいたので、ベヒモスと軽くバトルさせてみた。
ベヒモスが放った先制の雷撃が轟音とオゾン臭をまき散らしながら、ゴーレムへと襲いかかる。
だが、石ゴーレムや砂ゴーレムの表面を傷付けるだけで大したダメージは与えられていないようだ。
ゴーレム達は砂煙を上げながら黙々とベヒモスへと接近する。
雄叫びを上げたベヒモスが象のような鼻を伸ばして、ムチのようにゴーレム達に叩き付ける。
砂ゴーレムが一撃で二つに裂かれるが、次の瞬間には再生が始まり、元の形状へと戻っていく。なかなかタフだ。
そして接近戦が可能な距離になってからは、怪獣同士の対決のような泥臭い殴り合いが始まった。
ベヒモスの爪や牙、そして長い鼻がゴーレムを切り裂き、突き刺し、殴打したが、そのたびにゴーレム達は再生していく。
ゴーレム達も負けじとビルディングのような巨体から放つ重機のような拳をベヒモスに叩き込むが、ベヒモスは身体を半実体化させて攻撃をすり抜けさせて有効打にならない。
この千日手のような戦いは、オレが幾つもの魔法を詠唱し魔法欄に登録する間続いた。
接戦のようにも見えたが、最終的にはベヒモスの圧勝だった。
多彩な攻撃方法とそれを有効に扱う高度な戦闘用AIがある疑似精霊の方が強いようだ。
ただ、ゴーレムは魔核が潤沢にあれば事前に兵団を準備できる利点がある。
多数の弱兵相手ならゴーレム、少数の強兵相手なら疑似精霊という使い分けが良いだろう。
続けて死霊魔法のテストを行った。
ゾンビ系はグロ耐性が無いため見送り、食材解体の後に出た骨や外殻だけをストレージから取り出して「
これらの魔法は元の死骸のレベルに左右されるらしく、強い魔物ほど強いアンデッドになるらしい。
ゴーレムと同様に魔核を使用すると効果が永続する下僕になるようだ。
もっとも、幽体系や白骨系以外は死臭がすごいので、使用する事はないだろう。
むしろ、死体を用意しなくて済む「
>「召喚魔法」スキルを得た。
なぜか死霊魔法を使ったのに「召喚魔法」スキルを得てしまった。
意味が判らないが、まあいいだろう。
せっかくなので、人族の召喚魔法をいろいろと使ってみたが、オレの持つ魔法書の範囲だと、劣化版精霊魔法程度のものしかなかったので、とりあえず使えそうな「
これらの下僕はユニット配置で自在に移動できるようだ。
少し期待を篭めてメニューの「ユニット作成」欄を覗いてみたが、相変わらずグレーアウトしていて使えなかった。
それにしても、「ユニット作成」の解放条件はなんなんだろう?
◇
下僕同士の戦いを観戦するのに飽きたので、今度は平和な魔法を使ってみる事にした。
「…… ■■■
長い呪文を唱え終わると、地面から砂が巻き上がり瞬く間に黄土色の建造物が作られていく。
相変わらず、魔法はデタラメだ。
形成が終わると、砂を固めたようだった外壁が石のような質感に変わり、続いて大理石のように光沢のあるモノに変わっていった。
窓に当たる箇所が透け始めたと思ったら、完全な透明へと変化し、最後は曇りガラスのように半透明な状態で安定した。
中に入ってから判った事だが、内側からは外が見える不思議なガラス窓だった。
シンプルな外見なので、外装や外構は別途やる必要がありそうだ。
「しかし、これは家じゃないよな――」
オレは完成した
便利だから良しとしよう。
ちょっと興味が湧いたので、先ほどの上級魔法が魔法欄に登録されたのを確認した後、「
小説の一章分の朗読にも匹敵する長さの呪文を唱え終わると、先ほどの「家屋建造」の規模を大きくした範囲の土が隆起していく。
だいたい一般的な都市と同じくらいの広さだ。
砂漠で使ったからだと思うが、大量の砂埃が舞っていて魔法の過程がよく見えない。
風圧の魔法で吹き散らせると思うが、「
やがて砂埃の向こうに、碁盤の目のように整然とした路地で区切られた家々が姿を現した。
「この規模は村じゃなくて都市だな……」
ただし、一軒の家が砦にグレードアップした「家屋建造」とは違い、「村落創設」の方は「軒数」が増えるようだ。
無数に並ぶ建物はどれも同じような造りで、直方体の中をくりぬいたような無骨な平屋ばかりのように見える。
「一夜城ならぬ一夜都市ってところか」
オレは独り言を呟きながら、都市の中に足を踏み入れて散策する。
もちろん、散策しつつも非戦闘系の下級魔法や生活魔法の詠唱をして魔法欄に登録する作業を進める。
皆が一緒じゃないと、この効率を気にする癖は抑えきれないようだ。
散歩していて分かったが、この「村落創設」の魔法には欠点があるようだ。
村ベースのせいか、都市に必要なインフラ整備が存在しない。
雨水を流す側溝や下水道なんかが無いと、衛生的に色々と問題が起こるだろう。
一方で、こんな砂漠に作ったのに、井戸からちゃんと水が汲めるのにびっくりした。
水脈はかなり深いはずだから、地下方向にも魔法の干渉が行なわれたみたいだ。
この辺りは後で「家屋建造」と混ぜて魔改造してみよう。
そうだな……「
◇
非戦闘系の魔法を魔法欄に登録する作業がある程度終わったところで、本番の上級魔法の実験に移ったのだが――。
『…… ■
まばゆい閃光と共に音速を超える速さで紅蓮の炎が砂漠の砂を蒸発させていく。
炎が亜空間の反対側まで届き、壁沿いをこちらに向かって戻ってくる。
――パキッ。
熱したガラスが割れるような音と共に亜空間が裂けた。
炎は次元の裂け目を蹂躙し、亜空間とつながっていたゲートをこじ開け元の世界の砂漠へと吹き出した。
「ヤバッ――」
オレは急いで魔法を解除し、
上級魔法屈指の高威力呪文とは言っても、亜空間の壁まで燃やすのは予想外だった。
もうちょっと安全な場所で実験をしよう。
オレはボルエナンの森にある樹上の家へと転移する。
「こんにちはアーゼさん」
「サトゥー!」
オレの姿を見つけて笑みを浮かべるアーゼさんを見て頬を緩めながら、ルーアさんや料理研究家のネーアさんに会釈を行なう。
彼女たちを始め複数のエルフ達がリビングで祝宴の準備を進めていた。
先日訪れた時にアーゼさんが「詠唱おめでとう」パーティーをしてくれると言っていたっけ。
「詠唱は使えるようになったの?」
「はい、おかげさまで――■■■
オレは準備の邪魔にならないように、バルコニーに向けて魔法を使う。
もちろん、軽い素材のアーゼさんのワンピースが
だが、そちらに注意を払いすぎたようで――。
「うわぁ~」
「飛ばされるぅ~」
「たしけて~」
バルコニーから飛び込んできたばかりの羽妖精達を吹き飛ばしてしまった。
オレは「
「――ごめんごめん」
「謝り方に誠意がないぜ?」
「そうよ、髪がみだれちゃう」
「まったくだぜ」
ブーブーと文句を言う羽妖精達だが、目の前に新作のお菓子を差し出すと一変した。
「やったー!」
「さすが、サトゥーだぜ」
「甘い匂いね」
「美味しそう」
実に現金なものだ。
「長い飴ね?」
「食べにくいわ。切って~」
オレが金太郎飴を切ってやると、羽妖精達がくるくると踊りながら切った飴を持ってどこかに飛んでいった。
たぶん、他の人達に見せびらかしに行ったのだろう。
「不思議ね? どうしてどこを切っても同じ顔が現れるの?」
アーゼさんが金太郎飴の断面を見て、真剣に首を傾げている。
相変わらず可愛い人だ。
――決して羽妖精と同レベルとか思ってはいけない。
可愛いは正義って昔の偉い人も言っていたしね。
◇
アーゼさん達から詠唱スキル獲得の祝福の言葉を貰った後、本来の目的に話を持っていく。
「アーゼさん、世界樹の展望室から虚空に行きたいんですけど、使ってもいいですか?」
「ええ、いいわよ。別にサトゥーならいちいち断らなくても、好きな時に展望室を使っていいわよ」
世界樹の展望室って結構重要な機密区画のはずなんだが、アーゼさんは気軽に許可をくれる。
彼女の横にいるお目付役のルーアさんも頷いてくれているし、問題なさそうだ。
「じゃ、ちょっと行ってきます」
オレはアーゼさん達に手を振って、ユニット配置で展望室へと移動する。
突然出現したオレに驚くエルフのジーア技師に詫びの言葉を告げて、与圧された展望ドームから虚空――宇宙空間へと飛び立つ。
今回は新作の「
下級魔法なのだが、各種属性の魔法スキルが必要な複合魔法なので、今のところオレとアーゼさんくらいしか使えない。
さて、そんな事よりも、上級以上の攻撃魔法を魔法欄に登録する作業を行なおう。
地上はともかく世界樹に被害が出そうなので、もう少し離れよう。
虚空だと閃駆の抵抗が少ないのか、あっという間に静止衛星軌道まで辿り着くことができた。
閃駆は長距離飛行するには燃費が悪いので、そのうち虚空専用の高速移動魔法でも作った方がいいかもしれない。
アーゼさんと虚空を散歩した時に教えてもらったのだが、虚空には太陽方向から流れてくる剥き出しの竜脈ともいうべきエーテル・ストリームがあるので、上手くその流れに乗れれば
今回は攻撃魔法の試射と威力確認が目的なので、エーテル・ストリームから離れた場所を選択した。
オレがいるのは昼側の虚空だが、派手な光で地上の人達から見えるかもしれないので影魔法の「
――でかっ。
縦横数キロくらいある壁ができた。
オレは影壁を背に上級の攻撃魔法を使っていく。
各属性に数個ずつ選抜した魔法を詠唱し、魔法欄に登録していく。
比較対象がないので威力がよくわからない。魔法試射の評価用に「
順調に30分ほど登録を進めていると、地上のアーゼさんから
『サトゥー、調子はどう?』
「こちらは順調です。もしかして地上から閃光が見えましたか?」
『――光? ちょっと待って……ルーアに聞いたけど目をこらしていたら見えるくらいだったって』
その程度なら大丈夫だろう。
影壁の方は意外な事に地上からは一切見えていないそうだ。これだけ大きければ見えるかと思ったのだが、虚空の背景自体が黒いから目立たないのだろう。
『それで、その、実は――』
『もう、じれったいわね。サトゥー、久しぶり。ちょっといいかしら?』
言いにくそうなアーゼさんを遮って、無限遠話に乱入してきたのはビロアナン氏族のハイエルフさんだ。
髪が赤い以外はアーゼさんそっくりな顔をしている。
『じつは深域探査用のカカシが「
ハイエルフさんの声は納得がいかないと言いたげなトーンだ。
『そこで、サトゥーにお願いがあるの。ちょっと行って倒してきてくれない? お礼はそうね……私と添い寝とかほっぺにキスとか――』
『――ちょ、ちょっと!』
『冗談よ、アーゼ。そんなに焦らないでよ』
アーゼさんの必死な様子が照れくさい。
そんなアーゼさんを引き出してくれただけで報酬は十分だ。
クラゲくらい何万匹でも倒しましょう。
そう切り出す前に、ハイエルフさんが通話を続けた。
『本当の報酬はね。ビロアナン氏族特製のフェニックスやイフリートの呪文を教えてあげるわ。ボルエナンの標準型より遥かに強いわよ』
『むぅ……ベヒモスならボルエナンの方が凄いもん』
子供のように対抗するアーゼさんが可愛い。
二人の会話に癒されつつ、閃駆で軌道上を周回し惑星の裏側にあるビロアナン氏族の世界樹のある面に向かう。
マップの圏内ギリギリにクラゲを示す赤い光点が大量に映り始めた。
虚空のマップ範囲は月の周辺を含まない月軌道あたりまでだ。地球の月軌道より狭いとは言っても、30万キロほどの距離なので地上のマップとは広さがケタ違いだ。
マップ範囲外に大量にいたらイヤなので、こちらから閃駆で迎撃に向かう。
少し距離が遠いので、上級光魔法「
ログの流れが速すぎるので、クラゲを倒したログをマスキングして非表示にする。
>「未確認物体」を倒した!
――あれ?
何やらクラゲの中に他の個体も混ざっていたようだ。
マップでクラゲを除外して再検索してみる。
クラゲの集団を追い立てるように、「未確認物体」とやらが動いている。
オレの閃駆にも匹敵する速さだ。
魔法欄から「
停止時は変な突起のある白い球状の物体で、クラゲを追いかける時には伸びて彗星のように尾を引いて動き、捕食時には先端が触手状に四つに分かれてクラゲを襲っていた。
――まるで怪獣だ。
ここは虚空だし、虚空怪獣? それとも宇宙怪獣とでも呼ぶべきだろうか?
その思考がフラグだったわけではないと思うのだが、「未確認物体」がオレを見つけて接近してきた。
速い。接近までは瞬き一つだ。
――でかっ。
少なくともクラゲよりでかい。
捕食しようと触手を伸ばしてきたのを閃駆で華麗に避ける。
対話可能かと考えて、名作小説にあやかって生活魔法の「
執拗に食べようと襲ってくる触手を、自在剣で斬り裂く。
聖剣だとリーチが足りないのだ。
思ったよりも柔らかいが、斬り裂いた触手が球状に丸まり、元の本体に合流して一体化してしまった。
スライムの一種だったのだろうか?
AR情報を眺めてみたが、名前が「宇宙怪獣」に変わっている以外に新情報はない。
クラゲを捕食するのは構わないが、オレ達の生活圏まで追い立てられると困る。
対話も不可能な原生生物のようだし、クラゲと一緒に退治しよう。
オレは「
距離があるからか、素早い動きでレーザーを避ける宇宙怪獣がチラホラいる。
――ん?
今、レーザーが塵に当たってできる拡散光が何かを照らした。
そちらに向かってレーザーを集中照射すると、暗い深遠の向こうに鈍色の
相対的に考えると、直径三キロはかたい。
白玉宇宙怪獣達に比べると機動性は低いようだが、オレのレーザーが当たっていない。
鈍色宇宙怪獣の体表で捻じ曲げられてしまっているようだ。
……オレは宇宙空間での距離感をナメていた。
見る見るうちに鈍色宇宙怪獣が大きくなったと思ったら、避けられないほどの勢いで迫ってきた。
慌ててユニット配置で近距離転移して回避する。
幸い、鈍色宇宙怪獣が惑星の気圏に侵入する気はないようで軌道修正したが、このまま悠長に戦ってあの巨大質量が地上に落ちる事になったら大変だ。
ここは一番威力のある禁呪でいこう。
惑星の重力加速度が利用できないので、流星雨は使えない。
それ以外の呪文の中で、流星雨を超える呪文が一つある。
未完成の呪文だが、範囲の広大さと威力は思考上の
理論的には対消滅を使う魔法も考案中だが、まだ形になっていない。それに対消滅魔法はSF的でファンタジー感が足りないのであまり使いたくない。
せっかくの魔法だ。
ファンタジーに拘るのは重要だと思う。
オレはそんなバカな事を考えながら、鈍色宇宙怪獣が放つギザギザの謎光線を避ける。
さて、禁呪の詠唱準備をしよう。
惑星から遠く離れた場所だが、この距離だとまだまだ
惑星に被害を出さないためにも、空間魔法の「
鋳造聖剣2本分の魔力を消費して、惑星の低衛星軌道を覆う防御幕を作る。
昔ロボアニメでみたような光のベールが惑星を包むように広がっていき、無色透明の次元断層壁を作り上げた。
よし、これで地上は大丈夫だ。
オレは命名前の未完成の禁呪の詠唱をしつつ、閃駆で鈍色宇宙怪獣を惑星から遠くへと誘導していく。
どうやら鈍色宇宙怪獣は一体しかいないレアPOPモンスターのようだ。
あれから白玉宇宙怪獣達は数をふやしていたが、鈍色宇宙怪獣の補充はない。
衛星軌道との中間地点まで来たあたりで、惑星を背にした位置取りで魔法を発動する。
発動地点はオレの前方12キロ先と実に宇宙スケールだ。
発動と同時に閃光が生まれる。
光量調整スキルでも追いつかないほどの光から網膜を庇い、レーダーやマップで周辺宙域の状況を把握する。
原初の炎が虚空に溢れ、鈍色宇宙怪獣や近くの宙域にいたクラゲや白玉宇宙怪獣を軽々と蒸発させていく。
どこに逃げようとムダだ。広範囲に拡張していく炎から逃れる事はできない。
鈍色宇宙怪獣の歪曲防御さえも焼き尽くし、コンマ数秒と経たずにマップから消滅させてしまった。
――収束が甘い。
本来ならオレと発動地点の延長方向にコーン状の炎を伸ばすはずなのに、全方位に向かって炎が広がっていく。
オレは危機感知の報せに従い、ユニット配置で次元断層の向こう側に目視転移して脱出する。
可視光線以外を遮断する次元断層の裏側から炎を観測する。
次元断層の癖に可視光線が透過する謎仕様については、色々な方面に役立ちそうなのでそのうち解析したいと思う。
正面に伸びる速さに比べたら遥かに遅いところからして、こちらに来る炎はただの余波らしい。
炎が次元断層に到着し、表面に沿って広がっていく。
ピシリと音を出して、直撃を受けた範囲の次元断層がひび割れをおこした。
再使用しても発動から次元断層完成までの時間が長いので、オレは次元断層に直接魔力を注いで補強と修復に努める。
元々、原初の炎が噴出する時間は1ミリ秒に限定していたので、すぐに炎は勢いを失っていった。
――やれやれ、一安心だ。
『サトゥー! さっきの炎はなんだ!』
『ねぇ、サトゥー大丈夫なの?』
「はい、こちらは片付きました――」
ビロアナンとボルエナンの両方から届いた無限遠話に、心配させないように軽い口調で答え、二人にちょっとしたお願い事をする。
「すみません、お二人の姿をお借りして宜しいでしょうか?」
『え? ええ、いいけど?』
『何に使うんだサトゥー』
「ちょっと、炎が派手だったので、地上の人達に『大丈夫だよ』と伝えるのにお二人の神秘的な姿をお借りしたいのです」
『えへへ、神秘的か~』
くそう、可愛いやつめ。
『ああ、おやすい御用だ』
『うん、わたしもいいよ』
オレが悶えている間に快諾をもらえたので、炎が見えたであろう地域の為政者や族長相手に、『御技によりて邪悪なる物を滅ぼした』と伝えて回る。
もちろん、パニックを起こした街中にはハイエルフ達の立体映像を出して同じように慰撫して回る事になった。
マップの探知範囲が劇的に増えたのは良かったのだが、その為にアリサ達のピンチに遅れたのは反省モノだ。
これからは、魔法の実験はもっと考えてやらないといけないね。
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