13-13.王都の夜会


 サトゥーです。会社に入社したての頃は結論の定まらない長い会議に辟易したものですが、不平不満のガス抜きの効果もある事を知ってからは心穏やかに参加できるようになりました。





「――以上をもって王国会議を閉幕する。異議のある者は起立するが良い」


 定型の閉幕の言葉を議長役の宰相が宣言する。

 ここで異議を唱えた者は、ここ300年いなかった・・・・・そうだ。


 過去形なのは前の方の諸侯が腰掛ける席で立ち上がった年若い領主の姿が目に入ったからだ。


「若っ、ここはご着席ください」

「離せ、貴様は領民に塗炭の苦しみを強いると言うのか」


 小声で着席を促す領主の側近を手荒に振り払って、宰相の方を睨み付ける。


「レッセウ伯爵か。何か異議があるなら申すが良い」


 威圧感を込めた宰相の低い声に、レッセウ伯爵が肩を震わせる。


「で、では、申し上げます。我がり、領土への魔核供給量を再考していただきたい!」


 キリッとした表情で訴えるレッセウ伯爵だが、声が震えているのであまり迫力がない。


「それは午前の会議で合意に達したはずだ――」


 宰相がレッセウ伯爵に噛んで含めるように語りかける。

 レッセウ伯爵は不服なのか、視線を落として口を噤んでいる。


 ちなみに問題の中心となっている魔核は鉱山や移動拠点の魔力炉の燃料や魔法薬、魔法道具の製作に必須となる素材ではあるが、人々の生活に不可欠な物とは言いがたい。


 都市内で必要な魔力は都市核シティー・コアっていうので源泉から汲み上げている。ボルエハルト自治領のミスリル炉くらい魔力を湯水のごとく消費するような魔法道具でも無い限り、都市内で大量の魔核は必要ないはずだ。


 それに分配供給されるのは迷宮都市からの分だけで、自領の魔物から得た分は各々の領主の裁量に任されている。

 不足するなら領内の魔物を狩れば良い。

 もちろん、それも十分な領軍さえいれば、だが。


「――貴公の領地に必要なのは治安の回復であろう? 貴公の領地に供給する予定だった魔核を、ビスタール公爵領へ遠征する王国騎士団の移動拠点の魔力炉に提供し、その代わり王国騎士団の戦力で貴公の領内に蔓延する魔物を駆除させて街道の安全を確保させる。その案に貴公も同意したであろう?」

「そ、それは……」


 なるほど、宰相の思惑が少し読めた。


 宰相はレッセウ伯爵領の街道の安全確保を最優先で行いたいのだろう。

 しかも、費用はレッセウ伯爵持ちで。


 位置的にレッセウ伯爵領の街道が安全でないと、ビスタール公爵領の反乱鎮圧部隊の補給線の確保が難しい。

 それに王国北方の諸領、特にエルエット侯爵領と王都の間の流通に支障をきたしてしまう。


 軍事的、経済的な観点から見ただけだが、たぶん間違いない。

 そして、どうやらその事にレッセウ伯爵だけが気づいていないらしい。


 恐らくレッセウ伯爵が魔核の供給を望むのは、領内にある貴金属の鉱山を再稼働させる為だろう。

 伯爵家や配下の貴族達の利益を優先させて、領内貴族を掌握したいに違いない。


「何度も言うが、騎士団に街道沿いの魔物を殲滅させる事で魔核供給よりも大きな復興効果を見込めるはずだ。領民の安全を確保せずに、鉱山や砦の魔力炉に魔核を供給してなんになると言うのだ」


 宰相が諭すようにレッセウ伯爵に語りかける。

 まるで真綿で首を絞めるような優しさだ。


「では我が領地分の魔核を融通してやろうではないか――」


 その声にレッセウ伯爵が期待に満ちた顔を上げるが、発言者を確認して再び表情を曇らせた。

 なぜなら、その相手がビスタール公爵だったからだ。


「――代わりに騎士団はレッセウ伯爵領を素通りし、我が領土の反乱分子鎮圧を優先してもらおう」

「そ、それでは……」

「貴公の望んだ魔核供給をしてやると言うに何が不満か!」


 ビスタール公爵の怒声にレッセウ伯爵が震え上がる。

 それに加勢するようにビスタール公爵の家臣や門閥貴族達が尻馬に乗って野次を飛ばす。


「待たれよビスタール公――」


 いきり立つビスタール公爵達を諫めようと宰相が割り込む。

 どうやら、王国会議は延長らしい。


 やれやれ、だ。





 結局、会議は4時間ほど延長し、今夜から始まるはずだった夜会は明日からに延期されてしまった。

 なお、レッセウ伯爵領の扱いは異議を申し立てる前ので決着した。


 門閥貴族の中に落胆する者が多かった様子から、若いレッセウ伯爵が国王の不興を買って領土を取り上げられるか、彼が反乱を起こすのを期待していた節がある。

 都市核を自在に扱える領主の地位は、貴族にとってそれだけ魅力的なのだろう。


 周辺の領主達、特にレッセウ伯爵領に隣接するゼッツ伯爵やクハノウ伯爵は魔核を融通する事で、貸しを作る気がありそうな感じだった。


 オレは腹黒い貴族達に少し辟易しながら回廊を歩く。


 夜会に出席予定だったうちの子達と合流しようと駐車場へ向かった。

 夜会の為に集まっていた貴婦人達が、ぷりぷりと不平を漏らしながら馬車に乗り込んで去っていくのが見える。


 しかも夜会中止の原因がレッセウ伯爵だと広まってしまったようなので、王女との縁談を白紙に戻されて嫁探しが必要な彼には手痛いハンデになりそうだ。


 他人事だがレッセウ伯爵は資源よりも、味方を増やす事を優先すべきだと思う。


「ペンドラゴン卿!」


 オレを呼ぶ声に振り返ると人混みの向こうで手を振るトルマが見えた。

 彼も夜会に出る予定だったらしく、いつもより洒落た服に身を包んでいる。


「この後、大殿の所で公都の貴族達やはとこ殿を招いて夜会を開くそうなんだが、サトゥー殿も来ないか?」


 トルマの言う「はとこ殿」とはムーノ伯爵の事だろう。

 オーユゴック公爵の所の食いしん坊貴族さん達とは、王都に着いてからあまり話す機会が無い人が多かったのでちょうど良いだろう。


「ご主人様~」


 ナナに抱えられたアリサが向こうから声をかけてきた。

 二人の傍にはポチとタマを両手に抱えたリザと、ミーアの手を引くルルの姿がある。


「殿下にお茶に誘われたんだけど、一緒に行かない?」

「あれ? 約束は明後日じゃなかったっけ?」


 オレは内心で首を傾げつつ、メニューのスケジュール帳を確認する。

 うん、間違いなく明後日――オークション2日目の昼間になっている。


「あれとは別よ。夜会がなくなって暇そうにしてたら、殿下の侍女が誘いの手紙を持ってきてくれたのよ」

「なら、アリサ達だけで行っておいで」


 日暮れ時に未婚の王女の元に上級貴族の男が会いに行ったりしたら、王宮のスキャンダルになりそうだ。


「アリサ殿、殿下って誰だい? まさか王女殿下の誰かがペンドラゴン卿にお声を?」


 オレとアリサの会話に置いてきぼりにされていたトルマが驚きの声を上げる。

 どうやら驚きすぎて言葉も出ない状態だったらしい。


「まぁ、あれはペンドラゴン子爵様かしら」

「王女というと第9王女か第11王女のいずれかか?」

「もしや禁書庫の君かもしれないぞ」

「そういえば斜陽のレッセウ伯に見切りを付けられたのだったな……」


 思いの外、トルマの声が大きかったらしく、周囲にいた貴族達の間をさざ波のような囁きが広がっていく。


 ……空気読めトルマ。


「アリサとミーアが懇意にして戴いているだけですよ。私はお会いした事もありません」

「……な、なんだそうか」


 顔はトルマに向けていたが、王女に会ったことが無いと主張する相手は周囲でこちらを覗う貴族達だ。

 これで少しはスキャンダラスな噂が減ってくれると嬉しい。


「アリサとミーアは殿下のお茶会に行っておいで、子供達だけじゃアレだからルルも一緒についていってくれるかい?」

「はい、承知しました」


 ルルは元々クボォーク王国の王城に勤める侍女だったから、こういう場のマナーとかはよく知っているだろう。


「むぅ、大人」

「もちろん、わかってるさ。他の人から見て大人の外見かどうかって意味だよ」


 自分は大人だと主張するミーアの頭を撫でながらフォローする。


 内面で言ったら、たぶんアリサが一番大人だと思うが、その事には触れなかった。

 世の中、言わない方が良い事が多いのだ。


 さっきの会議中に液体分離の試作呪文を完成させたとアリサに伝え忘れたが、また後で良いだろう。

 水系のだけじゃなく雷系の分離魔法も作ってアリサを驚かせるのも楽しいかもね。





 ナナはシロとクロウを気にして屋敷に帰ったので、オレは獣娘達を連れてオーユゴック公爵の夜会へと参加した。


「ポチ殿もタマ殿も、実に愛らしい」

「正に、正に!」

「てれる~?」

「そんなに褒められると恥ずかしいのです」


 可愛い夜会服でおめかししたタマとポチの二人を褒めるのは、ムーノ伯爵と伯爵の友人の公都のケモナー貴族達だった。


「このローストビーフは我が牧場で作らせた一品だ。ぜひ、賞味してくれ給え」

「なんの、この鴨料理にはかなうまい」

「びみびみ~?」

「すっごく美味しいのです! これはご主人様やリザにも食べてもらわないといけないのです!」


 二人は次々に勧められる料理に舌鼓を打っている。

 ちなみにリザは公都の近衛騎士や武官に捕まって、武術談義に花を咲かせているようだ。

 もっとも、目がテーブルの上に置かれた牛の丸焼きにロックオンされているので、頃合いを見計らって救助に向かおうと思う。


 そして、オレの方だが――。


「やはり、これぞテンプラ!」

「子爵になったペンドラゴン卿に給仕の真似事をさせて申し訳ないが、この味は貴公にしか出せん」

「……至福」


 ロイド侯、ホーエン伯を始めとした公都の上級貴族達に捕まって、テンプラを揚げていた。

 いやはや、ルルを連れてこなくて良かった。

 連れてきていたら、せっかくのドレスが油で台無しになるところだ。


「このテンツユもまた素晴らしい」

「ほくほくの衣にプリプリのエビの身、それらがテンツユと絡まってなんとも言えぬハーモニーを奏でておる」


 ――どこかの食レポの芸人さんかっ。


 そんな突っ込みを心の中でしている内に事件が進行していたようだ。

 レーダーに赤い光点が現れたのと同時に、貴婦人達の間から悲鳴が上がる。


「たいほ~?」

「ドロボウはダメなのですよ?」


 そちらを見るとイケメン執事と華やかな顔立ちの美少女メイドがタマとポチに組み伏せられていた。

 どうやらスリの現場を目撃して捕縛したらしい。

 貴婦人達の悲鳴の原因は、急に二人が瞬動で現れたのに驚いたからのようだ。


 テンプラ鍋をベテランメイドに任せて、そちらに向かう。


「捕まえた~」

「悪い子を取り押さえたのです」

「よくやった二人とも」


 オレは二人が取り押さえた賊を警備担当者に引き渡し、二人を褒める。

 頭を撫でてやるとポチのしっぽがドレスの上でぶんぶんと揺れ、タマのピンと伸びたしっぽが頭の後ろから見えた。

 室内からさりげなく脱出しようとしていた他の賊は、メイドや執事に扮した公爵の密偵達が取り押さえていたのでオレの出番は無かった。


「ありがとう、お嬢さん達。お陰で家宝の宝玉を失わずに済んだよ」

「なんくるないさ~」

「これくらいなんて事ないのです」


「ペンドラゴン子爵、卿の家臣は実に有能であるな」

「恐縮です」


 二人の活躍で宝飾品や貴重品を失わずに済んだ貴族達から礼を言われたり、リザと話していた貴族や武官達からタマとポチを褒められたりした。


 それにしても、ここでも宝玉が狙われたようだ。

 あれだけ減らしても王都の盗賊は残っているらしい。ひょっとしたら周辺都市からも集まっているのかも。

 蜃気楼ポルポーロの置き土産はなかなか駆除が大変だ。


「子爵様――」


 にこやかなメイドさんが静かに歩み寄ってきて、視線でポチのドレスに付いた汚れを指摘してくれた。

 どうやら捕り物の時に料理のソースが付着してしまったようだ。


「悪いけど控え室を借りられるかな?」

「はい、準備いたします。染み抜きなら私共が行いますので、子爵様はご歓談をお楽しみください」

「ありがとう。そうさせてもらうよ」


 にこやかメイドにポチを預け、二人の後ろを付いていこうとするタマの肩に手を置いて止める。


「にゅ~?」

「忍者タマに任務だ――」


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