13-9.フジサン山脈の神殿

 サトゥーです。異性の幼馴染がいると話すと高確率で恋人かと聞かれます。その度に、幼馴染の恋人なんてフィクションの世界にしかないと力説したものです。





「――あれ? この間の紫髪の勇者じゃない?」

「やあ、久しぶり」


 どうやら、ナナシの事は覚えていてくれたようだ。

 思ったよりも冷静で――。


「天ちゃんを拷問したのって、こいつ?」

「そうだぞ、ミト。動けない私の身体を抉ったり、鱗を剥いだり尻尾や角を切り落としたりしたのだ! そしてあまつさえ……」


 ミトの後ろに隠れるように付いてきていたテンチャンが、震えながら訴える。

 中身は天竜のようだ。


 オレと視線が合うと、苛められっ子のようにミトの背中に隠れた。


 ――天竜ともあろう者が情けない。


 とりあえず、黙っていると事態が悪化しそうなので、ミトに事実を伝える。


「人聞きの悪い。あれは治療行為だよ。誓って、嗜虐嗜好を満たすための行為じゃない」

「……本当に?」

「ああ、もちろん。切り落とした尻尾や鱗だって、上級魔法薬と魔法で癒したしね」


 ミトが後ろを振り返って「天ちゃん、本当?」と確認している。

 両者の意見をちゃんと聞くとはミトらしい。


「そうだが……こいつは逆鱗まで剥がしたんだぞ? あれは治療されても痛いんだ」

「仕方ないじゃないか。逆鱗も侵食されていたんだからさ。魔神に身体を乗っ取られた方が良かったわけじゃないんだろう?」


 恨みがましい口調はそのままだが、だんだんとテンチャンの勢いが無くなっていく。


「つまり、キミは天ちゃんを助けてくれたんだね?」

「ああ、手荒にならない方法があったらよかったんだが、天竜に通用する麻酔の持ち合わせが無くてね」


 天竜に効くクラスの麻酔とか、常人に使ったら心臓麻痺を起こして死んじゃう劇物になるしね。


「天ちゃん、この人にありがとうとごめんなさい、しよ?」

「……ミト」


 ミトに窘められて、銀髪の超絶美女がまるで子供のようだ。


「ごめ……ありがと……」


 それだけ呟くように告げると、踵を返して神殿の奥へと逃げていった。

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、その姿が可愛いと思えた。


 きっと、気のせいだろう。





 さて、本題だ。


「ミト、用事があったのは天竜じゃなくて、君の方なんだ」

「わたし? もしかして惚れちゃった~?」


 ミトが嬉しそうにニマっと頬を緩める。

 そして、芝居がかった仕草でまくし立てた。


「でも、ダメよ! ダメったらダメ! だって私には先輩という将来を約束した人がいるんだから」


 ……オレの事じゃないよな?

 だって、そんな約束した覚えもないし。


「そんな気はないから安心してくれ。それより、どこか静かに話せる場所はないか?」


 回廊で立ったまま話すのもなんだしね。


「じゃ、私の部屋に行こう。部屋って言っても議事堂が入るくらい広い建物なんだけどさ」


 ミトに案内されていった部屋は、王都の迎賓館にも見劣りしない贅を尽くした屋敷だ。薄緑色の大理石のような石で作られている。

 その屋敷の玄関から程近い応接間へと連れていかれた。


 オレ達が腰掛けると、動く石像リビング・スタチューのメイドさんが温かいお茶を入れてくれる。

 石像のくせにルルに匹敵する上手さだ。


「さて、人心地ついたところで、本題に入りましょ」

「そうだな」


 オレは紫髪のカツラを外して、ソファの上に置く。


「あらら、カツラだったの? 黒髪って事は今代の勇者君だったのか――」


 ミトの言葉の途中で、白い仮面を取る。


「――え、その美少女顔は!」


 ミトが自分と瓜二つのナナシの顔を見て叫びを上げる。

 ……誰が美少女だ。


「女の子だったの? もしかして並行世界の私?」

「正真正銘の男だ。これは只の変装だよ」


 そこで言葉を切って、変装に使っていたフェイスマスクを顎の辺りからベリベリと剥がす。

 気分は怪盗って感じだね。


「――イ、イチロー兄ぃ!!!」


 レベル89のステータスを感じさせる勢いで抱きついてきたミト――幼馴染にして会社の後輩だった高杯光子こうはいみつこを優しく受け止める。

 慣性はユニット配置を駆使して消し去った。


「イチロー兄、イチロー兄、イチロー兄、イチロー兄――」


 オレの名に篭められた奔流のような感情を、華奢な身体と一緒に抱きしめてやる。


 子供のように泣く光子の髪を優しく撫で、落ち着くまで好きなだけ泣かせてやる事にした。

 オレにとっては1年前だが、こいつにとっては長い年月が経っているはずなのだから。


 一時間ほども泣いた後、ようやく嗚咽がやんだので、話しかけてみる。


「久しぶり。やっぱり、FFWの開発中に勇者召喚されたのか?」

「うん――あっ、バグだらけのFFWって、やっぱりイチロー兄、じゃなかった鈴木先輩が仕上げてくれたの?」

「ああ、少なくとも製品版パッケージをメタボ氏に渡したところで、こっちに来たから多分大丈夫だと思う」

「良かった。ずっと気になってたんだ」


 こいつは責任感が強い上に、初めてのプロジェクトだったしね。


「そうそう、イチロー兄でいいぞ。ここは会社じゃないし」

「うん、じゃ、私の事も愛を篭めてヒカルって呼んで」


 ヒカルは大切な幼馴染で後輩だが、恋愛感情は無い。


「親愛の情なら篭めてやろう」

「そういうつれない所は相変わらずだよね」


 ヒカルはそう言って、懐かしそうに目を細めた。


 ちなみにヒカルというのは光子の渾名あだなだ。

 光子という名前がお洒落じゃないからと、幼い頃に自分で付けていた。


「愛はともかく、いい年なのに本名の光子より、ヒカルの方がいいのか?」

「いい年って言わないでっ! こっちに来てからはシガ・ヤマトかミトって呼ばれていたから、日本に居た頃の名前で呼んでほしいんだもん。後輩氏でもいいけど……ヒカルの方がいいな」


 就職してからはメタボ氏の名付けた「後輩氏」という呼び方が広まっていた。「高杯で後輩なら、君の渾名は『後輩氏』だ」という言い方が周囲に受けたのか、次の日には営業の人までヒカルの事をそう呼んでいたほどだ。

 その報復に「メタボ氏」という渾名を付け返していたので、どっちもどっちだが。


「じゃ、ヒカルって呼ぶ事にするよ」

「うん――」


 なんとなくむず痒い空気がオレ達二人の間を流れたが、ヒカルはアリサと同様の自爆体質なので、こういう空気は長く続かない。


「――って、どうしてそんなに若いのよ!」


 今更、そこを気にするか。





 オレはこちらに着いてからの顛末を包み隠さずヒカルに語った。


 いい機会だし、屋敷に帰ったらアリサとリザにもオレの本名や神殺しの件を教えておこう。

 他の子達は二人と相談して決めようと思う。


「それじゃ、勇者召喚されたんじゃないの?」

「ああ、今代の勇者の話だと、ルモォーク王国の転生者に召喚された一般人の可能性が高いそうだ」

「ふ~ん、ルモォーク王国かぁ。あそこのピンク髪の若い王様がまんまテニ×勇のシガ君みたいだったんだよね~」


 テニ×勇は日本にいた頃にヒカルが嵌っていた、青髪の魔王とピンク髪の勇者がテニスで戦う謎の少女漫画だ。

 たしか、登場人物が――。


「ヒカル。もしかして、シガ・ヤマトってテニ×勇の主人公達から取ったのか?」

「へへ~、いつもゲームで使っている名前だからとっさに出ちゃったんだ」


 オレもいつもゲームで使う「サトゥー」だったから人の事は言えない。

 オレの事を話した後で、ヒカルが勇者として召喚されてからの話を色々と聞かせてもらった。


「白い部屋でパリオン神から神力の欠片を授けられたんだけどさ。殺しあうのが嫌だったから、魔王と仲良くなれる『友愛』ってスキルを選んだら、それで魂の器がいっぱいになっちゃったんだよね」


 確かにヒカルのスキル欄には「友愛」というのがある。

 ユニークスキルとは思いもしなかった。


「それで召喚された後にハズレ勇者扱いされて聖剣や聖具を取り上げられちゃって、容量無限のインベントリを利用した輸送担当にされちゃった」


 なんでも、当時のサガ帝国にはヒカルの他に三人の勇者がいたらしい。


「それで私を輸送中の飛行艇が魔王の奇襲で撃墜されちゃって、オーク帝国の捕虜にされちゃったんだ――大丈夫、安心して! 私の純潔はイチロー兄に取ってあるから」

「そんな心配はしていない」


 もちろん、性的な暴行でヒカルが傷つかなかったのは嬉しいけどさ。


 ヒカルが言っていた魔王とは公都地下で戦った「黄金の猪王」の事だ。

 捕虜になったヒカルはユニークスキルの「友愛」のお陰でオーク達に味方を作り、魔王とも友情を育んだそうなのだが、神の欠片に侵食された魔王が当時の二大帝国――フルー帝国とサガ帝国を相手取った大戦争を起こしてしまって事態が急変したらしい。


 多数の魔王と複数の勇者が相争う凄まじい戦争だったそうだ。

 その戦いでヒカル以外の勇者達が命を落とし、当時無敵を誇っていたフルー帝国が滅亡して、世界中が荒れに荒れていたとヒカルが語る。


 その後、捕虜から解放されたヒカルが竜神の所で天竜という味方と、クラウソラスを始めとした聖なる武具を授かって、大魔王討伐の偉業を成し遂げたらしい。

 もっとも、ヒカル本人は魔王やオーク達を倒したのを後悔しているらしく、あまり誇らしげな様子はなかった。


「魔王討伐後にこっちに残る事を選んだのか?」

「まさか。イチロー兄の所に帰りたかったから、すぐに帰還を選んだよ」


 ――なら、なぜ今ここにいる?


「日本に帰る途中で、うちの祭神様から神託を受けたんだ――元の世界に帰ってもイチロー兄には会えないって」


 ヒカルはそこで言葉を切って、オレの瞳を見つめる。

 ヒカルの父方の実家は神社の神主をしていて、祭神は確か――。


天之水花比売あまのみずはなひめに会ったのか?」

「会ってないよ。声だけ……違った、言葉になる前のそういうイメージの塊を貰ったんだよ」


 そのイメージを信じて、今の公都に帰還したらしい。

 ヒカルが当時の従者や仲間たちと一緒にシガ王国を建国したのは、その後の事だそうだ。


 シガ王国が現在の王都に遷都したのを機に二代目の王様と代替わりして、ミトとして世直しの諸国漫遊や迷宮の宝箱から若返りの薬を乱獲したりして過ごしたらしい。

 そして再び神託を受けて、フジサン山脈の麓にある樹海の塔に魔法的なコールドスリープ装置を設置して眠りについたそうだ。目覚めたのはつい最近らしい。


 ふと視界に紫色のカツラが目に入った。


 ――そうだ、ヒカルに謝罪するのを忘れていた。

 オレは国王達の誤解を解かずに王祖ヤマトと身分を偽った事を謝り、ちょっとした提案をしてみた。


「子孫の様子を見たかったら、このカツラを被っていけば王祖ヤマトの転生体として会ってもらえるぞ」

「純潔は守ったっていったでしょ! 二代目の王様は私の養子だよ。フルー帝国の最後の皇帝の庶子で頑張り屋さんの良い子だったんだぁ。『シガ家の名に恥じぬように』っていうのが口癖でね――」


 そういえば国王はシガが家名だったけ。


「――でも、そっか。シャロリック君の子孫に会うのもいいかもね」


 ヒカルがしんみりとそんな事を口にした。

 第三王子と同じ名前――って逆か。第三王子が二代目国王の名前を貰ったんだろう。


 オレはストレージの中から未使用の紫色のカツラとナナシ衣装セットを取り出して、ヒカルに進呈しておいた。





 うちの子達の事を話した後に、ここに来た本題に話を戻した。


「『擬体アバター』?」

「ああ、天竜のブレスで倒された上級魔族が使っていたと記録にあったんだ」

「それなら緑色の上級魔族の事だね。あいつらってば、戦隊モノのヒーローみたいに色違いだったんだよ」


 ヒカルの話だと、黄金の猪王に仕える古参の上級魔族は赤青黄桃緑黒の六色との事だった。

 上級魔族自体は沢山いたらしい。


「どうやって対処したんだ?」

「何度か遭遇するうちに特徴が判ったんだよ。『ザマス』って語尾だったから。ちょっと会話すればすぐに擬体かどうか判別できたんだぁ」


 ……語尾くらい変えろ。


 例のローポは普通の語尾だったから別人か。


「なら、やっぱり隠蔽系のユニークスキルか」

「イチロー兄のユニークスキルって索敵系だっけ」

「ああ、そんな感じのスキルだ。一度マーキングしておくと異界に行こうとどこにいるのか判る」

「へー、じゃ私の現在位置はわかるかな?」


 目の前で何を言って……レーダーからヒカルを示す光点が消えた。


 オレは驚いてマップを開いてマーカー一覧を確認するが、そちらからもヒカルのマーカーの現在地が不明に変わっていた。


「どう?」


 ヒカルが言葉を発した瞬間に彼女のマーカーがレーダーに復活した。


「マーカーは存在しているけど、現在位置は不明になった」


 オレの答えに満足したのか、腕を組んだヒカルが偉そうに頷く。


「やっぱりね。イチロー兄の探索スキルは私が作った解析板と同じリソースから情報を手に入れてるんだと思う」

「解析板って、ヤマト石の事か?」

「今はそう呼ばれているみたいだね……そんな事よりリソースの話」


 ヒカルの説明によると、竜神が作った惑星を巡る魔素の流れ――いわゆる竜脈――があるのだが、その流れには魔素だけでなく、様々な情報も一緒に流れているのだそうだ。

 鑑定や相場スキルの情報も、この竜脈から得ているとの事だ。


「つまり、その竜脈に情報が流れないように栓をする事で、情報を遮断できるんだよ」

「……なるほど」


 認識阻害系のアイテムなんかは、その流れに偽りの情報を流す物なのだそうだ。

 原理は判ったが、このままだとローポを捕らえる事が――。


「でも、完全遮断を維持するのは大変なんだよ。魔素の流れを違和感なく遮断するには自分の魔力を凄い勢いで消耗するし、その間、外部からの魔力回復もできないんだ~」


 ヒカルの魔力ゲージを見たところ三割近くが減っていた。

 あの短時間でこれだけ減るなら、多少レベルが高くても長時間維持するのは難しいだろう。

 これなら、ローポが自分で盗みを行なっていないのも合点が行く。


 オレもヒカルのマネをして、魔素の流れを遮断してみる。


 ……上手くいかない。

 気配を遮断するのとは違うのか。


 隠蔽系のスキルを使う時のように、周囲と同化してなおかつ光学迷彩のように魔素の流れを身体の反対側から投射するような感じで――。


>「認識阻害」スキルを得た。

>「魔素隠蔽」スキルを得た。

>「魔素迷彩」スキルを得た。

>「光学迷彩」スキルを得た。

>称号「全てを欺く者」を得た。


 ちょっと違うのも得られたが、まあ役に立ちそうだから別に良い。

 自分で実行できるようになったお陰で、どういう風に迷彩しているのかが掴めた。


「すごいよ、イチロー兄。姿を消したのって魔法?」

「いや、『光学迷彩』ってスキルみたいだ」

「みたい、って。スキルポイントの無駄遣いしてたら器用貧乏になっちゃうよ?」


 心配してくれるヒカルに「大丈夫だ」と告げて、本番・・のスキル獲得に乗り出す。


 ヒカルに頼んで魔素迷彩スキルを発動してもらう。


 先ほどのようにレーダーからヒカルの光点が消える。

 オレは集中力をアップさせる為にメニュー表示をOFFに切り替えた。


 ――違和感を探せ。


 何も無いなら、空白を。


 空白が無いなら、齟齬を。


 視界の死点を見るように、見えないモノに目を凝らせ……。


 ……情報の揺らぎ。


 ……流れの不自然さ。


 ――見えた!


>「違和感検知」スキルを得た。

>「魔素分布感知」スキルを得た。

>「対魔素迷彩検知」スキルを得た。

>称号「全てを見通す者」を得た。


 よっし!

 スキルゲットだ。


 残念ながら上手くマップと連動できないみたいだが、レーダー圏内くらいならスキルだけで検知できそうだ。


 さて、これで準備万端だ。

 王都に帰ったら、ローポの尻尾を捕まえてみせる!


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