11-17.地底火山の死闘?!
サトゥーです。安全運転は大切です。乗車前に車の点検を済ませ、シートベルトを締め、車の周囲を確認して発車――ここまでしている人は少ないかもしれませんが、安全運転は大切だと思うのです。
◇
「おお、この乗り物はこんなに速かったのか!」
「ウヒョヒョヒョ、おい自殺願望でもあるのか? ワシやセメリーはバラバラになろうがミンチになろうが元に戻るが、キサマはそこで終わりだぞ?」
「――安全運転ですよ?」
オレはムクロから借りた高機動車――タイヤや車体の大きい軍用ジープだ――を運転している。
ヨロイの邸宅を訪問したときに見つけて、彼に頼み込んで観光の足に使わせてもらっている。
自動車の運転は久々だが、馬車を模したゴーレム車とは違った趣がある。
エンジンの咆哮を全身で感じながら、急カーブを曲がる。
勢いが付きすぎて後輪が滑る――思ったよりもグリップが悪い。下が石畳だから仕方ないのか?
こっそり「
「すごいぞ! ヨロイやムクロの運転と全然違う!」
後部座席のセメリーが興奮して、後ろから首に抱き着いてくる。
残念ながら、シートが邪魔して幸せな感触はお預けだ。
「こんな自称安全運転ヤロウと一緒にするな! こちとら筋金入りのゴールド免許だ!」
――自称って。
反論したかったが、喋ったら舌を噛みそうなのでヨロイの失礼な叫びは聞き流した。
マップで経路をマーキングしてあるし、地形を立体図でチェックをしながらの運転なので、ある意味ナビを使う以上の安全さだ。
障害物や魔物は、先行させてある「自在剣」と「理力の手」のコンボでストレージ行きにして処分してあるので問題ない。
少しスピードを出し過ぎな気もするが、時速100キロも出していないはずだから自殺志願者呼ばわりは少々心外だ。
閃駆での移動に比べたら、止まっているような速度なのに。
同乗しているのはセメリーとヨロイの二人だけで、ムクロはオレが譲った伝説級の魔法金属で何やら工作に取りかかっていた。
高機動車のお陰で、地下の観光は順調だ。
縦長の小区画で落差1キロの滝を見物したり、球状の水がふわふわ浮かぶ謎空間を見物したり、芥子の花が咲き誇る小区画をレーザーで焼き払ったり、と若干嫌がらせのような場所を含みつつ、短時間で下層の名所を駆け抜けた。
◇
「車はそこの岩陰で止めてくれ」
ヨロイの指示に合わせて車を止める。
ここは邪竜ご一家の暮らす大区画だ。邪竜達だけでなく、バジリスクや
「ここはいつ来ても臭いから嫌いだ」
セメリーがボヤきながら車を降りる。
「これは硫黄の臭いですか?」
「ああ、そうだ――期待していたら悪いが、温泉はないぞ」
オレの心を見透かすとはさすが日本人だ。
しかし、このあたりの暖かい空気は温泉のせいじゃないのか?
外套をアイテムボックスに仕舞いながら、ヨロイの後ろを付いていく。
何枚かの岩の門を潜るたびに温度が上がっていく。
今では真夏のような暑さだ。ビキニのような衣装になったセメリーの色っぽい肢体だけが、唯一の潤いだ。
「よかろう?」
「たまには暑いのも良いですね」
「ヘンなヤツらだな」
ヨロイの言葉に賛同しつつ回廊を進む。
セメリーが首を傾げているが、理解されて潤いが消えても困るので黙秘した。もちろん、ヨロイも無粋な事は口にしない。
最後の扉を抜けて、ようやく大区画内にある最大の大広間にたどり着いた。
「いやはや、絶景ですね」
「うむ、漢のロマンを刺激するだろう」
そこは溶岩が間欠泉のように噴出し、岩々の間を急流の小川のように赤い流れを作っている。
致死性のガスも噴出しているようなので、「
溶岩の赤い光に浮き上がる魔物達が、良い雰囲気を出している。
後で何匹か狩ってリザ達のお土産にしよう。
「さて、少し手伝ってくれ」
「鉱石の採掘ですか?」
「いや、硫黄が足りんから、その補充だ。普通の鉱石ならムクロが
ふむ、火石か。
軍用の火杖とかに使えるから需要はとても多いし、ちょっと集めておくか。
マップで近傍の火石を範囲指定マーキングして絞り込み検索する。反応が多すぎて目が痛い。
一定以上のサイズにして再検索してみる――近くの溶岩溜まりの底に人間サイズの巨大な火石がゴロゴロしているのを見つけた。
あまり近付くと服や靴が燃えそうなので、装備に魔力を通して保護しておく。リザの魔力鎧をマネてみたが、なかなか難しい。
巨大火石の回収は1個だけにして、その周辺に沈んでいた拳大の小さな火石を数十個ほど集めておく。
中に入って拾うと熱そうなので、「
「おい、クロ。そんなに近寄ると落ちるぞ」
「勝手に死ぬなよ! キサマを倒して下僕にするのはアタシだからな!」
周りからは溶岩の近くで惚っとしているように見えたのか、硫黄を採取していたヨロイとセメリーから声が掛かった。
2人に詫びて、オレも硫黄の採取に参加する。
地割れの周辺に黄色く付着しているので、集めるのは簡単だ。金属のトングで大きな袋に集め、一定量になったらヨロイに手渡すのを繰り返す。
「ヤベエ」
「ガキの方か?」
「いんや、親の方だ」
ヨロイとセメリーが近くに寄ってきていた邪竜に気が付いたようだ。
威嚇するように翼を怒らせた邪竜が、ドシドシと溶岩のながれる岩場を歩み寄ってくる。
「どうして飛んでこないんだろう?」
「ああ、そいつあ――」
「前にムクロが、タイクーシャの的にして遊んだせいだ」
セメリーが被せるように説明してくれた。どことなく声に余裕が無い。
しかし、対空車で迎撃したのか。さっき見せてもらったラインナップには無かったから、王都の用事を済ませたら見せてもらおう。
「おい、逃げるぞセメリーにクロ」
「だな、バン様やムクロもいないのにガチのケンカをしたら負けちまう」
セメリーが気持ちのいい速さで、入り口に向かって駆けていく。ヨロイはその後ろをガシャガシャやかましい音を立てて追いかける。
熱風を掻き分けて赤黒い影がオレの頭上を飛び越え、入り口の前に着地した。
あまり大きくない。尻尾込みで80メートルほどだ。レベルが高いくせに、黒竜ヘイロンより小さい。
対空車で迎撃されたという話だったが、翼に穴が開いているわけではないから警戒して歩いて接近していただけのようだ。
赤竜のようにも見えたが、よく見たら灰色の鱗に溶岩の光を反射しているだけらしい。
「セメリー、ちと時間を稼げ。ロックゴーレムに乗り換える」
「げっ、無茶言うなよ」
ヨロイの言葉にセメリーが震える声で抗議している。
ちょっと「下級」竜に興味があったので、時間稼ぎを担当させてもらおう。
『竜よ、我が名はクロ。黒き成竜ヘイロンの朋友だ』
そう竜語で名乗りを上げてみた。
ヘイロンに似た咆哮が邪竜から上がったが、ただの叫びだったらしく意味は判らなかった。もちろん、新しい言語スキルが手に入ったりもしなかった。
やはり、会話は不可能か。
セメリーが白姫のように血で作った片手剣を作る。
ガシャリと音が聞こえて、ヨロイを構成する全身甲冑が地面に崩れ落ちるのが見えた。代わりに、周囲の岩が意思を持つかのように集まってくる。
試しに称号を「竜殺し」に変えてみる。
邪竜の注意がオレに集まるのを感じる。先ほどまでの猫が鼠を甚振る様な稚気に溢れた雰囲気が消え去り、憎悪にも似た敵意の視線が刺さるのを感じる。
この辺は魔物に対する「魔物殺し」と同じか。
続けて、称号を「竜族の天敵」に変えてみた。竜の瞳に怯えが見える。竜が落ち着き無く周囲を見回し、逃げ道を探している。
注意を引こうと飛び掛ったセメリーが、無造作な竜の手の一振りで壁に叩きつけられた。
ヨロイの作り出したロックゴーレムの名前が「ヨロイ」に成っていた。
どうやら、憑依先を変更したみたいだ。
邪竜の苦し紛れの火炎のブレスが、オレに向かって吐き出される。
――遅い。火炎放射器の実演くらいの速度で、ブレスが襲ってくる。起き上がったばかりのロックゴーレムの片腕がブレスに焼かれて千切れた。
展開の終わっていた自在盾を使って、ブレスを受け止める――そう受け止められた。
黒竜ヘイロンのブレスは、一瞬で2枚の自在盾を消し飛ばしたのに、邪竜のブレスは1枚目の自在盾を突破するのがやっとのようだ。
千切れ砕けたロックゴーレムの一部を拾い上げ、邪竜の額に投げつける。
ブレス後の硬直時間を狙ったせいか、避けられる事もなくクリーンヒットした。
成竜と下級竜の比較検証はこの辺でいいか。あまりやると弱いものイジメになりそうだし。
そうだ、最後に称号を「黒竜の友」に変えてみよう。
◇
「――何をしたクロ」
「企業秘密だ」
まさか、邪竜が犬みたいな服従のポーズを取るとは思わなかったよ。称号に「
今は称号を竜騎士に変えて、邪竜の背に乗って広場を遊覧飛行中だ。
もちろん、この遊覧飛行の光景は撮影してある。
巣から飛び上がった、邪竜の一家に向かってセメリーが手を振っている。
長男らしき邪竜が襲い掛かってきたが、親の方が遥かに強いのか長男のブレスを避けた後に、尻尾の一撃で巣に叩き落としていた。
何やら巣の宝を進呈してこようとしたが、今更金塊とかを貰っても仕方ないので、火晶や炎珠という火石系のレア素材を少しだけ貰った。もちろん、巣に落ちていた鱗や爪の欠片はこっそり回収してある。
貰うばかりだと悪いので、「
やはり竜は光物が好きなのか、身に着けたアクセサリーを見てウットリとしている。
セメリーが凄く羨ましそうにしていたので、金塊の一部を貰って竜達とお揃いのアクセサリーを作ってやった。
邪竜一家に見送られ、広間を後にする。
さて、そろそろバンの城に戻らないと、刀鍛冶の実演を見そびれてしまう。
オレは安全運転という言葉に蓋をして、ほんの少しだけ高機動車のアクセルペダルを深く踏んだ。
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