幕間:ゼナ隊の旅路(2)


 ファウの街で足止めをされて、もう一ヶ月が経ちます。


 ドラゴンの占拠している峠を迂回する道があれば良いのですが、鳥のように空を飛ぶのでもない限り、レッセウ伯爵領まで戻って、険しい山脈を越えてムーノ男爵領を経由する南進路を行くか、北回りで小国群を経由してエルエット侯爵領を通るしかありません。

 ムーノ男爵領方面だと何ヶ月かかるかわかりませんし、小国群を経由するのは論外です。いくら交戦目的ではないと言っても、私達はセーリュー伯爵領の軍隊なのですから。


「ゼナさん、そちらはいかがでした?」

「残念ながら、どの店も昨日より値上がりしていました。やはり、無理をしても街に来た初日に買っておくべきでした」


 ムーノ男爵領方面を選ぶにせよ、王国軍がドラゴンを撃退するまで待つにせよ、旅を再開する為の糧食が必要なのですが、値上がりが酷くて十分な量を入手できないでいます。周辺の農村に直接買い付けにも行ったのですが、すでに利に聡い商人達に買い占められた後でした。


「ゼナっち~」


 人混みの向こうから手を振る小さい影があります。

 姿は見えませんが、この呼び方をするのは一人だけです。


 間道の調査に出かけていたリリオとルウが、10日ぶりに帰ってきてくれました。こんな通りの真ん中では、さぞかし邪魔だったでしょうけど、堪えきれずに抱き合って無事の帰還を祝いました。


「おかえり、リリオ。間道は使えそうだった?」

「人だけなら通れそうだけど、文官さん達や侍女っ子たちは無理ね」

「兵士だってキツイぞ? あたしだっていつもの甲冑を着たままだったら、途中で音を上げていたぜ」


 体力自慢のルウでも無理となると、確かに文官さんには酷な話でしょう。


「あと、峠の竜も見てきたよ」

「やっぱり、下級竜?」

「いや、それがさ――」


 ルウとリリオの話だと、下級竜ではないそうです。たしかに、頭に極彩色の襟巻きを付けた竜なんて聞いたこともありません。おまけに、翼もなかったそうです。イオナさんの見解では、「ワイバーンやヒュドラのような亜竜系の魔物だろう」との事でした。


「それでは、それを排除すれば峠を通れるのですね」

「大きさだけなら本物の下級竜よりデカくてさ、おまけに口から霧みたいなものをはき出して岩をとかしてたんだよね~」


 竜じゃないと聞いてホッとしたのもつかの間、リリオとルウの言葉に咲いた花が萎れるようにがっくりとしてしまいました。


「どうして峠に陣取っているかは判りましたか?」

「どうも、峠に生える蜜柑の木が好きらしくて、蜜柑を樹木ごと囓っては昼寝していたぜ?」


 草食の魔物なのでしょうか? 溶かした岩を飲んだりもしていたそうなので、魔物の食性を考えるのは無意味な行為なのかもしれません。


 とりあえず、隊長の所へ報告に行こうと提案して、重い足取りで仮の住処へと向かいました。





 人混みの中で黒髪の若い男の人を見かけると、思わず目で追ってしまいます。

 出発した時期から考えて、サトゥーさんがこの辺りにいるはずなんて無いのに。


 あら? あの黒髪の人に見覚えが――誰だったかしら?

 私の視線を追いかけたリリオが「あー! 見つけた!」とか言って駆け出しました。


「リリオのヤツは、どうしたってんだ?」

「ほら、前にセーリュー市でリリオを振った子ですよ」


 イオナさんの言葉で思い出しました。セーリュー市の人に、コロッケや水飴の作り方を教えてくれたジョイとかジョミスとかいう隻腕の人です。これでも人の顔を覚えるのは得意なんですけど、どうしても、あの方の名前と顔が思い出せません。


「三ヶ月も前にセーリュー市を出発したアンタが、どうしてこんなトコにいるのよ? 迷宮都市で一山当てるって言ってなかった?」

「予定は未定って言うだろ? ゼッツ伯領のはずれに遺跡があるって聞いてさ、探索に行ってたんだよ」

「何か出たの?」

「出たとも言えるし、出なかったとも言える」

「何よそれー!」


 リリオとジョさんの会話は、途切れる事無く続きます。リリオも調査で疲れているはずなのですが、実に活き活きとした笑顔で会話を楽しんでいるようです。


「夫婦喧嘩はゴブリンも喰わないと言いますから、お若い二人は放置して間道の報告をしにヘンス新隊長の所にいきましょうか」

「だな。このままだと胸焼けしそうだ」


 私達はリリオに手を振って、先に報告を伝えるために兵舎に戻る事にしました。





「もう一つの間道? そんなのがあるのか?」

「うん、アイツの話だとあるらしいのよ」

「でも、リリオ。街の衛兵さん達に聞いても、間道は一つしか無いって言ってたじゃない?」

「それがさー、例の竜モドキが住んでいた谷間を通る道があるんだってさ。馬車は無理だけど、勾配も緩やかだから例の間道よりはマシなはずだってさ」


 夜も更けた頃に戻ってきたリリオがもたらした情報に、皆が色めき立ちます。ひょっとしたら、現状を打破できるかもしれないのですから。

 騎士ヘンスは、そのまま全員で谷に突貫しそうな勢いでしたが、彼の従士が上手く取りなしてくれて、まずは偵察部隊を送り込んで調査しようという事で話がまとまりました。


 でも、どうして、みんなこっちを見ているんでしょうか?

 ――嫌な予感がします。


 騎士ヘンスが、一つ咳払いをしてから「では、谷間の調査はゼナ隊に任せる」と命令を下しました。もちろん、私達に拒否権なんてありません。任務を拝命し、調査の準備に取りかかりました。





 翌日、私達はリリオの彼氏さんから間道の話を聞くために、下町にある飯店にやってきました。


「では、行程で問題のある場所は、ハーピーの巣くう枯れ谷とスライムの湧く岩場なんですね?」

「ああ、他にも魔物の出る場所は多いが、リリオから聞いたアンタらの戦力なら、その2カ所を上手く捌けばぬしのいた谷間まで行けるはずだ」


 地図を広げながら、彼氏さんの話を確認します。大ざっぱな地図ですが、向かうべき方向や、目印について書き込んでおきます。


「あらあら、まあまあ、ジョン君がハーレムしてる」

「げっ、ミト」

「何? 知り合い?」


 彼氏さんの知り合いらしき女性が現れて、喜色を浮かべた顔で彼氏さんの頬を指でついています。彼氏さんと同じ黒髪ですし、顔つきからして同郷の方みたいです。


 ひょっとして修羅場というヤツなのでしょうか?


「おー、修羅場だぜ」

「ちょ、ちょっと、ルウったら」

「そうですよ、あれは男女の関係というよりは姉弟といった関係ですわね」


 男女の機微に聡いイオナさんが、そう言うなら、きっとそうなのでしょう。

 修羅場かと思ってドキドキしました。


「コレは、ミトって言って、若作りの婆だ」

「ひっどーい、永遠の20歳だって言ったでしょ? 聞き分けの無い子はお仕置きしちゃうぞ?」

「そのしゃべり方が、婆臭いってんだよ」

「がーん」

「口で言うな」


 イチャイチャしているように見えるのは気のせいなんでしょうか?

 リリオがご機嫌斜めになってきています。


 ああ、もうどうしたらいいんですか!

 助けを求めてイオナさんの方を向いても、状況を楽しんでいるようで当てにはなりません。ルウは最初っから野次馬になる気満々ですし……。


「どういう知り合いなの?」

「遺跡で拾った」

「遺跡? 探索者なの?」

「むか~しね。探索者をしていた時期もあったわよ」


 ただ者ではない感じはするのですが、戦士にはみえません。やはり、魔法使いなんでしょうか? それにしては杖も発動体らしき装身具も身につけていないようです。


「ひょっとして新しい彼女?」

「そんな訳ないだろ。俺に婆趣味は無ぇ」

「そうよ~、こんなクソ生意気なおガキ様に恋心を抱くほど男に飢えてないもの」

「ふ、ふーん。なら、信じてあげる」


 気安い感じはあったものの、彼女の口から彼氏さんに恋愛感情は無いと断言されて、ようやくリリオの態度が軟化しました。

 ようやく本題に戻り、調査経路の聞き取りを終えました。できれば彼氏さんに道案内をお願いしたかったのですが――


「俺一人ならどんな場所でも潜入してみせるが、他のやつと一緒じゃ本領を発揮できないんだよ。戦闘力はアンタラの足下にも及ばないからな。足手まといにしかならないから、付いていく気は無い」


 ――そんな感じに、自信たっぷりに断られました。





 地面から変な蒸気がでる谷を進みます。枯れ谷という名前が指すように木々が枯れています。短時間なら大丈夫だそうですが、長時間吸っていたら身体に悪いそうです。


 霧状の蒸気のせいで、遠くの景色が靄の向こうに霞んでいて視界が悪いのが気になりますね。注意を怠ると魔物に奇襲されそうです。


「そろそろハーピーが出そうですわね」

「うん、偵察に行ってこようか?」


 リリオを一人先行させるか、しばし黙考します。

 ですが、思案するのは少しばかり遅かったようです。一瞬後に頭上を通り過ぎた影に中断されました。


「対空防御陣形を取れ! リリオは周辺索敵。イオナさん、後の指揮は任せます」


 私は、対音防御の呪文を唱え始めます。

 まったく、詠唱を始めると指揮ができない隊長なんて!


「はい。さっきの影はハーピーの可能性が高いですね。リリオさん、弩の短矢はあとどのくらいありますか?」

「ごめん、さっきの魔物で使いすぎたから、残り7本だけ」

「敵は恐らく1体だけです。それだけあれば十分でしょう」


 うん、リリオの腕なら7本もあれば余裕です。

 でも、さっきのハーピーは飛び方が変でした。


「……■■■■ 防音膜サウンド・プロテクション


 これで万全かな?

 ハーピーで怖いのは、眠りや魅了を誘う歌声。

 それさえ防げば、あとはリリオが撃ち落としてくれます。


 私は今のうちに瞑想に入って魔力回復に移ります。

 もし私の想像通りなら、魔力を最大まで回復しておいた方がいいでしょう。


 防音膜に防がれて聞こえないけれど、ハーピーが何かを叫びながら林の上から襲ってきました。


「はっはー! これだけ大きいマトなら目を瞑っても当てられるよ!」


 リリオの短矢がハーピーの翼の付け根に命中し、飛行できなくなったハーピーは、そのまま地面へと墜落しました。


「ルウは、ゼナさんのガードを!」

「応! 任せとけ」


 イオナさんの大剣が、容赦なくハーピーの頭を叩き割ります。

 リリオも小剣を抜いていたけど、出番はなかったみたい。


 そして、ほんの僅かな間を空けてハーピーを追いかけていたイキモノが枯れ谷の木々の間から顔を覗かせました。


 それは最強の存在――。


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