楽園②

 上で部屋が用意してあるとの事で、二人は神父に案内されて地下から上に戻って部屋の中で休憩する。神父は食事ができたらまた来ると言って去って行った。


「いい人だな。ここに住んでいる人々も幸せそうだったしな」


 ライの素直な感想だった。外で感じたままの人でよかったと安堵した。一方の物語書きブックメイカーは相変わらず疑っている様子であった。


 これには、ライも呆れ顔だ。


「まだ疑ってるのか」


「疑っているのかと聞かれたら、そうだねと答えるしかないだろうね」


「どこか疑うような場所あったか?」


「地下にいた人数が少ないね。この楽園には多くの人が訪ねてきたはずだ。少なくとも僕達の前には王都で見た彼等も来ていたはずだ。彼等の姿が見当たらないのはおかしいだろう」


 王都で見た彼等というのは、王都の前でアカネに文句を言って出て行った人々の事である。


 先に来ているはずの人々が見当たらない事に、物語書きブックメイカーは不思議に思っていたようだ。


 そもそも、多くの人が住むには地下だけでは少ないのも事実だ。


「全部を見てないんだし、たまたまだろ」


「よおし、僕はいつも通り探検する」


「本当にいつも通りだな。入ってはいけない場所に行くなよ。俺も少ししたら気晴らしに歩くよ」


 ここまでは、二人のいつもの行動だった。物語書きブックメイカーが本などを探しに出掛けてライが後で合流する。


 もう、ライも慣れてしまった流れだ。だから、この時ライは物語書きブックメイカーを止めもしなかった。


 物語書きブックメイカーを見送った後に宣言通り、ライも服を畳んだりした後に部屋を出た。


 ライが一つだけ気に入らない所があるとすれば、どこもかしこも真っ白で落ち着かない所だろう。


 歩いて行けば、誰かに出会うかもしれないと思っていたが、上の階にはライと物語書きブックメイカー以外は人がいない様子だった。


「地下に人が住んでいるのだから当然か」


 そう思いながら、歩いて行く。特に目新しい物もないので、物語書きブックメイカーを待つ為に部屋に戻ろうとした時だ。


 ライの前から白い服を着た少年が走ってくる。少年はライを見つける、目尻に涙を浮かべながら抱きついてくる。


「助けて!!」


「えっ、助けてって、一体何から、よくわかんないけど神父さんを探そうか?」


「神父は駄目!! お兄さん、外から来た人でしょ。僕を外に逃して、お願い」


 いきなりの事に動揺隠せずにいると、奥から足音が聞こえてくる。その人物はライもよく知る人物であった。


 顔が見える距離まで近づいてきて、ライの頬は緩む。


「クロじゃないか、無事だったんだな」


 王都セイクリアで、灰の眷属の襲撃を受けた後に散り散りになって以来の再会であった。ライはクロの周りを探す。


 クロがいるという事はアトリも間違えなくいると思ったからだ。しかし、探してもアトリの姿は一向に見つからない。


「アトリはどうしたんだ?」


「アトリは旅途中に具合が悪くなってな。ここで、療養させてもらっているんだ。今は動ける俺がお礼に神父の手伝いをしているんだ」


「そうなのか」


 ライは気づいていた。少年がクロを見てから手が震えている事に、明らかに怖がっているのだ。


 物語書きブックメイカー程の洞察力を持ってはいないが、何かがおかしいのはライでもわかる。


「そ、そう言えば少年が言っていたんだが、助けてって言われたんだ。何か怖い目にでもあったのかなって」


「そうか、大丈夫だ。こちらに任せてもらおう」


 クロの言い方から、彼が少年を探しにきたのはすぐに分かった。ライとしても、どうすればいいのかわからないので願ったり叶ったりだ。


 彼の事はそれになりに知っているつもりで、少年を悪いようにはしないとライは信じていた。なので素直に、彼のいう通りにした。


「迷惑をかけたな。俺は仕事に戻るよ」


「ああ、アトリは、アトリは何処にいるんだ? せっかくだし、会っておこうと思って」


「また今度案内する。アトリも喜ぶと思う」


 震える少年の手を引いて、クロは行こうとする。ライは見送るしかできなかったので、クロの背中を見ているとクロがピタリと止まった。


「今日の夜のスープ」


「?」


「飲まない方がいい」


 彼はそう言い残して去って行った。意味がわからないライは仕方がないので、部屋に戻ったのだが一向に物語書きブックメイカーが戻ってこない。


 探しに行こうと扉を開けようとすると、神父に食事の用意が出来たと言われた。


「ああ、ネストがまだ戻ってなくて」


「それでしたら、大丈夫ですよ。、談話室で本棚を見ているとおっしゃってましたよ」


 本や資料を読んでいて、物語書きブックメイカーが人間関係を疎かにする事はかなりあった。


 しかし、最低限ライと食事をする時や眠る時には暗黙の了解ではあるが、二人揃って行っていた。


 なので、ライの中で本当にそうなのかという疑問が浮かぶ。そもそも、食事を用意した時にライと物語書きブックメイカーを別々で用意する事がおかしいのだが。


「談話室というのはどこだ?」


「食事の後に案内しますよ」


 どうしても神父はライに先に食事をとらせたい様子だ。どれだけ言っても、食事が冷めるの一点張りでライの言う事を聞いてくれないので、食事をすることにした。


 ただし、いつもの服装で剣を装備しておいた。神父に案内されて、席に着くと既に食事が用意してあった。


 メイドが用意してくれた程の贅沢な感じではないが、今の世界の事を考えれば十分な食事が用意してあった。


 ライは机の上のメニューを見ると、パンととサラダだ。神父は後で来ると言って出て行った。部屋にはライ以外誰もいない状態になった。


「一人で飯を食べるのは久しぶりだな」


 ライが今まで寂しくなかったのは、何だかんだで物語書きブックメイカーが隣に居てくれたからだと改めて実感するのだった。


 サラダを先に食べ終えて、パンにかじりつき、スープを口に運ぼうとした時だった。


 ふと、クロが言っていた事を思い出した。


「スープは飲むなだったか。でも、飲んでないのは怪しまれるよな」


 ライは近くにあった、花瓶にスープを注いだ。仕方がないとはいえ、この世界で食べ物を粗末にするのには胸が痛んだ。


 もったいが心を鬼にして、スープを捨てて皿は元の場所に戻した。


 それから、結構な時間が経った。神父が帰ってくるのを待っていたのだが一向に帰ってこない。


 扉が開いたので、音のした方を見ると神父が立っていた。ただ、ライを見て驚いた表情をしていた。


「どうかしたか」


「い、いえ、どうゆう事だ……」


 ライには前半の部分しか聞き取れなかった。明らかに慌てた様子の神父を見て、ライの中での不安が大きくなった。


 いい人そうに見える神父を疑いたくはないのだが、怪しい行動が多いのも事実だった。


 スープにも何かが仕込まれていたと考えても間違いはないだろう。ライはすぐにでも物語書きブックメイカーとの合流を急ぐべきだと判断した。


「ネストは今どこに?」


「談話室にいますよ。案内しましょう」

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