大賢者アリシア=ポートメント
大賢者アリシアはライ達と別れた後、ライ達に言っていた通り灰についての研究を進めていた。簡易的にだが、口元を覆ってマスクという物を作り上げた。
アリシアはその後に体から灰を取り除く方法を探していた。
「いい加減休んだらどうだ?」
「なんだい、客人がいる間は急に喋らないと思ったら今度は私に説教かい」
アリシアに声をかけた人物は部屋の中にはいなかった。だが、アリシアは当たり前のように返事をした。
ふわりと一人でに杖が浮いた。アリシアに話しかけていたのはこの杖であった。
「オービタル、説教ならまた今度聞くよ。今は時間が惜しいんだ。君ならわかるだろう。私はこの状態になったら止まらない事を」
「そうだな。だが、もう五日は寝ていないだろう。それでは効率が落ちてしまうぞ、仮眠をとるのも大切だ」
オービタルと呼ばれた杖はアリシアに休む事を促している。アリシアはライ達と別れた後に夜通しで研究していた。
その姿は何かに取り憑かれているようだった。
「何を焦っている」
「怖いんだ。何かをする前に死んでしまいそうで、眠ったらそのまま目覚めないんじゃないかと思うんだ」
死への恐怖ではない。アリシアは死については恐れていない。恐れているのは、大賢者という称号をつけた自分が全く役に立っていないという事だ。
大賢者アリシア=ポートメント。魔術が好きで、目立ちたがり屋で承認欲求の強い少女時代を過ごしてきた。
それも、全ては大賢者になって魔術を極めたいからだった。彼女の母親である先代の大賢者のように有名になり、そして母親よりも素晴らしい成果を上げて歴代で一番の大賢者になる事が彼女の夢であった。
まだ、夢の道の途中なのだ。このままでは、大賢者という称号に泥を塗る事になるとアリシアは思っているようだ。
「お前はよくやっているよ。魔術王である俺がそう言うんだ間違えない」
「出たね。自称魔術王」
「自称じゃねえ!!」
中古の魔法具店で見つけた今にも処分されそうな杖に宿っている魂。それが、自称魔術の王と言っていたオービタルだ。
オービタルはアリシアの幼馴染であり、わけあって今は杖に封印されている。体を求めており、復活する事が目的だとオービタル自身は言っている。
実際に、誰も知らない古代魔術を知っていたりとアリシアの大賢者への道に大きく貢献してくれていたのでアリシアも感謝している。
だが、隙あらばアリシアの体を乗っ取ろうとしているので、危険な存在ではある。使えはするので手元に置いていると言った感じだ。
「お前、やっぱ大賢者よりも教師とかの方が向いてるよ」
「いきなり何を言い出すんだい」
「いや、あいつらに魔術を教えている時のお前は随分楽しそうにしていたからな」
「それだと、今の私は楽しそうじゃないと?」
「楽しそうではないな」
何かに追われているように研究している彼女の顔には、疲労の様子が伺える。アリシア自身も、ライに魔術を教えている時は充実していた。それは否定できない。
「そうだね。正直言って、弟子をとらなかった事を死ぬ程後悔したね。ただ、教えるのが楽しかったからってわけじゃないよ」
「ふうん。じゃあ、どういう理由だ」
「このまま、魔術が廃れていくのが嫌だったのさ」
「それは仕方ないだろう。灰のせいで人間は死滅しているんだし」
アリシアはそうだねと寂しそうに言った。彼女が灰の研究をしだしたのも究極的に言えば自分の為であった。
どういう形であれ、魔術が消えていくのが我慢ならないのだ。そういう意味では、弟子をとって今まで自分がしてきた全てを教える相手が欲しかった。
灰が降るまでこんな事は考えた事はなく。これからも世界は続いて行くと思っていた自分を呪いたいとアリシアは最近常々思っていた。
「だけど、ライ君はちょっと弟子としては微妙だね」
「ほう、真面目そうだし。楽な方法を教えても、彼なら魔術の修行を行うんじゃないか? 魔力量は微妙だが、いい線いくと思っていたが」
実際にライが魔術を覚えるのであれば、カードは使わずに地道に修行を重ねるだろう。魔術の怖さを知ったからである。
性格的な面で真面目だからというのもあるだろう。
「悪くはないんだけど、私としてはもう少しだけ私に反抗的であって欲しいんだよね。私の意見ばかり聞くんじゃなくて、大賢者である私に意見をする。そんな若者が弟子として欲しいな」
「お前が、弟子を中々取らない理由がわかったよ。取らないんじゃなくて、取れないんだな。理想が高すぎる」
「そうかな、大賢者である私に全てを教えるんだからそれぐらいはいいだろ?」
だが、現実はアリシアの思いとは関係なく灰がこの世界から全てを奪っていくだろう。もしかしたら、灰の塔でライ達が灰を止める手段を見つけるかもしれない。
今のアリシアには関係のない事だった。
「ゲホッ!! はぁ……は……くそ。やはりか……」
アリシアは口から血を吐き出した。手を見ると灰色に染まっている。アリシア自身もこの世界に住んでいるのだから、当然灰の影響を受けていた。
焦っていたのは、自分の体の限界を悟っていたのが大きかった。
「アリシア」
「さあ、続きをしよう。私はまだこの世界で何もなしていないんだ」
アリシアそんな状態でも、研究の続きをしようとする。ボロボロの体だが意思だけはしっかりと明日に向かっていた。
そんな姿を見て、オービタルは静かに呪文を唱える。
「スリープ」
「オービタル何を」
机の上でアリシアはオービタルに手で眠らされた。オービタルが唱えた魔術スリープは眠りへと誘う魔術だ。
「ほら見ろ。普段のお前なら、こんな魔術をくらう事なかっただろうな。限界だったんだ。お前は十分に頑張ったよ。そんな苦しそうになるまで頑張らなくていいんだ」
寒くならないように、毛布をかけたオービタルは最後にとある魔術を行使する。
「これは禁忌の魔術だ。俺にしか使えない、人間の屑しか使えない魔術だ。まさか、役に立つとは思わなかったよ。お休み、アリシア。ペネシュ」
優しそうな声色とは裏腹に、オービタルの杖の周りにドス黒い魔力が包み込み。ペネシュは死の魔術であり、古代魔術と呼ばれる物の一つだ。問答無用で即死させる人に向けて打つ事は許されない魔術。
そもそも、この魔術を覚えているのはオービタルだけである。ペネシュは多量の魔力を消費する。オービタルは現在そこまで大きな魔力を持っていない。
ただ、オービタルは一つだけ魔力を急激に捻り出す方法を知っていた。
「今度は俺もお前も後継者が現れると言いな」
それだけ言うとアリシアの心臓の鼓動が停止した。それと共に、杖のオービタルの魂が入っていた部分が暗くなり杖は地面に静かに落下した。
オービタルは自分の魂を消費して、ペネシュを唱えたのだ。死の魔法を最後に苦しむ誰かの為に使った。それが正しいかどうかなどわからない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます