王都④

 ライと物語書きブックメイカーはその後、鍵を壊して侵入した事と隠し部屋を見つけた事をアカネに報告して怒られた。


 ライは平謝りだったが、物語書きブックメイカーの方はどこ吹く風だ。ただ、不思議と本『異世界イリステラ』は没収される事はなかった。


「アタシ達じゃ、その本の価値なんてわからないしね。こんな世の中じゃなきゃ没収だったわよ」


 アカネはそう言っていた。二人は、明日から灰の塔に向かうための英気を養うため、アカネから受け取ったご飯を食べて寝た。


 朝方の事だった、ライは爆音で目が覚めた。それは、鎧と大きな盾を着た少女が勢いよく教会の扉を開けたからだ。


「アカネさん、大変ですわ!!!!」


「ユーリア、アンタ今何時だと思ってるわけ!?」


 中に入って来たのは、アカネのパーティーのメンバーであるユーリア=シフォン。だが、表情は険しく急いで走って来たのだろう。息切れをしていた。


「外に、化物の軍勢が王都に侵攻してきてますわ!!」


 その言葉を聞いた、一般人からはもう終わりだと言った顔した人が多数。アカネのような冒険者の人達でさえ絶望的な表情をしていた。


 終わりを告げるような王都への侵攻。ライ達は身支度を整えて、急いで外に出るのだった。


 外へ出たライ達は遠くで歩く灰の眷属達を見つける。ライ達にとっては二度目の光景だ。


 違うのは、あの時は戦闘特化のナハトがいたという事だ。現状で、ライからすれば王都の戦力は未知数である。


 ただ、アカネの表情や王都の残っている人々の顔色を見れば、捌ける数ではないのがライにも理解できてしまう。


「抵抗できる人数で門の前を固めるしかないわね」


「なら、わたくしがそのように指示を」


 アカネはユーリアと話し合って、すぐに解決案を出した。そうするしかない。


 誰もがそう思った中、ライと物語書きブックメイカーだけは違う反応をしていた。


「それって意味あるのかい? 一応言っておくけど、あれで全部じゃなくて無限に増えると思った方がいいぜ。その作戦だと、門の前が瓦解した瞬間終わりだ」


「そ、それでも王都には戦えない人達が」


「なら、俺とネストは戦力にいれないでくれ。俺達は正面から出て行く」


 ライの言葉にアカネは驚いた表情を浮かべる。それもそのはずだ、二人であの大群に真正面から突っ込めば、死ぬ事が確定していると言ってもいいだろう。


 自殺行為と言われても仕方がない。


「バカじゃないの!! そんな事すれば死ぬわよ!?」


「それでも、俺の目指す塔はあいつらの先にあるんだ。今更、引く事なんて意味はない。じゃあな、世話になったよ。できるだけ、囮として引き付けていくよ」


 誰もがわかっていた。王都に立て籠っていても、防衛に成功しても、いずれは物資が尽きて死ぬしかない。


 そもそも、防衛できる戦力は今の王都には残されていない。もう、王都を守る事なんて出来ないのだ。


「僕にはわからないな」


「何がよ!!」


「君が守りたいのは王都かい? それとも人かい? 安寧はこの世界にはもうないんだよ。停滞していたら死ぬぜ」


 物語書きブックメイカーの言葉に民衆はざわつき始める。どうする事もできない不安だけが先走りして、辺りに焦りと不満が押し寄せる。


「お話は聞かせてもらいました。私に考えがあります」


 そう言って民衆から顔を覗かせたのはアトリだった。後ろにはもちろんアトリの騎士であるクロも控えている。


「ここは出られる戦力で前に出ましょう。そして、その間に戦える者を逃すのです。前に進んで皆で生きるのです」


 その言葉に説得力があるわけではない。だが、不思議と安心できるそんな気がしたのだ。彼女の立ち振る舞いには人々を安心させる何かがあった。


 そして、悔しいがそれはアカネには持ち合わせていないものだ。王族の娘であるカリスマが人々を安心させるのだろう。


「流石は妖精の国の王女の娘だな」


 きっと、妖精の国の王女もあんな感じで人々を惹きつける何かを持っていたんだろうなとライは感心した。この場では他でもない彼女にしか出来ない事だろう。


「ユーリア、アンタ逃げる人達について行きなさい。必ず守るのよ」


「任せてくださいですわ。王都の民は誇り高き王都の盾である、このユーリア=シフォンが必ず守りますわ!!」


 アカネはすぐさま行動をとった。迫ってくる灰の眷属から人々が逃げる時間を稼ぐ方針に変えたのだ。


 戦える者達が全員門の前に集結する。戦えない人々は反対の出口から逃げて行く。


「いいわね、危なくなったら各自自分の意思で逃げるのよ。できるだけ時間を稼ぐわよ!!」


 アカネの号令に、冒険者達も頷く。ある程度の士気は保たれたようだ。しかし、絶望的な状況に変わりはない。


「アトリ、さっきはありがとうね。でも、アンタも逃げるべきじゃないの。戦えるわけ?」


「それなりとだけ。でも、私には最強の騎士がついてますから」


 アトリはクロの方を見る。クロの実力を信頼している様子だ。


「俺も勢いで、戦闘組に参加したんだがよく考えると戦えないぞ」


「人間勢いで言葉を発してはならない。いい勉強になったんじゃないか、ねえライ君?」


 今更だが、ライは自分が全くと言っていいほど戦えない事を思い出していた。まだ、人型の動く敵なんて斬った事がないのだ。実際、二人でできるだけ引き付けて逃げるつもりであった。


「好きな方向を目指す事は出来なさそうだね。なるようにしかならないな」


「ネストは俺から離れないでくれよ」


「よろしく頼むよ。ナイト様」


 撤退戦が始まった。全員が倒す事を優先せずに、できるだけ時間を稼ぐように戦い始めた。


 ライも周りには悪いが当初の予定通り、灰の眷属達を突っ切って行くつもりだ。最後に挨拶も兼ねて、アカネがライに話しかけてくる。


「アンタ達にも世話になったわね。アタシが言った事は覚えてる?」


「塔に着く為に戦力を増やすだろ」


「そう、覚えてるならいいわ。じゃあまた会いましょう。今度は塔でね」


 アカネは目の前にいる灰の眷属を器用に頭だけを斬って行く。ライなんかよりも戦い慣れていると言った様子だ。その近くでは、騎士のクロがアトルを守りながら戦っている。


「ライ君、見てみろよ。この世界の魔法だぜ!! もっと近くで観察したいな」


「勘弁してくれ、そんな余裕は俺達にはないよ」


 興奮気味に物語書きブックメイカーはアトリを指差して言った。アトリの体からは無数の魔法陣が現れて、火水風土の魔法を使って灰の眷属を吹き飛ばしていた。


 それに呼応するように、騎士のクロにもアトリが使う魔法と同じ属性が付与される。他の冒険者達もアトリほどではないにせよ、それぞれ魔法を使っている。


 どうやら、火の大地では割と珍しくない戦闘方法のようだ。


「感動してるとこ悪いんだが、俺達は突っ切るぞ」


 当初の予定通り、二人は灰の眷属の隙間を上手く移動して抜けて行く。走っている二人の前に灰の眷属が一人小道を塞ぐように現れた。


 ライが後ろを見ると、何体かの灰の眷属が追ってきている。つまり、後ろに戻る事など出来ないという事だ。


 ライが前の敵を倒すしかない。ライは横の物語書きブックメイカーを見る。彼女には戦う力はないと言っていた。


 なら、自分がやるしかない。ライは剣を腰から抜いた。


「弱点は頭」


 ライは一日たりともエルダードラゴンから教えられた剣の修行を怠った事はなかった。彼に足りていないのは実践経験と一歩前に踏み出す勇気だった。


 それが、物語書きブックメイカーという守りたい存在のおかげで、彼は覚悟を纏う事が出来た。始めての人の姿をした敵だ。


 斬るのには当然抵抗がある。ライが思い返していたのは、刀を振るうナハトの姿。強く、最後まで自分達の為に刀を振るってくれた剣士。


「今度は俺の番だ」


 ライから恐怖心は消える。一歩前に踏み出して、灰の眷属の頭に向けて剣を振り抜いた。


 ライの一撃は見事に頭を斬りつけた。動かなくなる灰の眷属を見ながら、ライの手には人を斬った感触が残っていた。


「いい一撃だったな。さっさと進もう、後ろからライ君の剣技を見ていた物好きが大勢来てるよ」


「好きならそんなに大量に来ないで欲しいな」


 二人は灰の塔に向かい走って行く。その場所に何か答えがあると信じ、新たに得た仲間達と再び会える事を信じて。

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