風の大地の剣客④

 朝から三人と一匹は海を渡る方法を探す。特に収穫もなく、昼頃になって休憩をしている時であった。


 休んでいる三人と一匹の方に人が歩いてきた。服装はボロボロで、足取りはおぼつかない。ライはその様子を見てすぐに駆け寄ろうとした。


「大丈夫かって、何で止めるんだナハト。あの人、今にも倒れそうだぞ、早く助けないと」


 ナハトは静かに鋭い目で、歩いてくる人物を睨みつける。そして、静かに腰の刀に手を掛ける。


「二人とも、ナハトさんの後ろに下がってな」


「そこまで警戒心が高いのには、何か理由があるのかい?」


「とりあえず、子ドラゴンの様子を見てみ」


 そう言われて、ライと物語書きブックメイカーは子ドラゴンの方を見る。


 子ドラゴンは何かに怯えるかのように震えている。目線は歩いてくる人物の方に向いていた。


「本能的に相手の本質を見抜いているようだよ。それだけならいい、もう一つは心臓の音だね」


「心臓の音? そんなの聞こえるわけないだろ。ネストは聞こえるか?」


「いや、常人は相手との距離がここまで離れていて、心音を聞き取るのは困難だよ」


 ライや物語書きブックメイカーには現状、そこまでしなければならない相手なのだろうかと言った感じだ。


 普通に体力がない相手が、ふらふらの足取り歩いてきているようにしか見えない。


「それで、その心臓の音が何なんだよ」


「音がさ。聞こえないんだよね」


「まあ、君が心臓の音を離れたん場所から聞き取れるとして、それはありえない。生きている以上は、人間は心臓が動いているはずだ。君の聞き間違えではないのかい?」


 話をしている間にも、その人物はフラフラとした足取りでこちらに向かってくる。


「悪いけど、止まってくれないか。こちらの警告を無視した場合は、容赦なく斬るよ」


 ナハトは強気な口調でそう言った。しかし、相手は止まる事なく同じ速さでこちらに向かってくる。


 その瞬間だった。ナハトは刀を抜いた。ナハトの抜刀はライと物語書きブックメイカーは捉える事ができなかった。


 この場合は二人が悪いのではない、誰が隣にいようともナハトの抜刀を見る事は叶わないであろう。


 それは、勿論歩いてきている人間も例外ではない。ライと物語書きブックメイカーは、ナハトが目の前の人間を斬った事に気がついたのは首が地面落ちたからだ。


 何が起こったのかを理解するにには、二人はだいぶ時間がかかってしまった。


「言ったよね? 斬るってさ」


「お、おい、普通の人だったらどうするんだ」


「なら、確かめてみるといいよ」


 ナハトの言葉の前に、物語書きブックメイカーは既に首を切断された死体に近づき確認をしている。特に、首を斬った断面を気にしている様子だった。


「ふむ、確かに人ではないな」


「どうしてそんな事が言える?」


「シンプルなんだが、斬った所から血が流れていない。これは、こいつに血が通っていないって事さ。ナハトが言っていた、心臓が動いていないと言うのも立証がとれた」


 物語書きブックメイカーは興味深そうに死体を調べている。ライとしては余り死体を見るのは好きではない。だが、女性陣が余裕そうに見ているのでライも頑張って見ていた。


「えっ、こいつは人間ではないのか?」


「体を調べている感じでは、人間の構造をしているから人間ではあると思うぜ」


 物語書きブックメイカーは調べ続ける。顔立ちから男性だという事がわかる。肌は灰色に変色しており、目は赤くなっている。目の赤さは血ではない事がわかった。変色しているだけにすぎないようだ。


「見れば見るほど興味深いな。これは、人ではあるが死体の状態で動いていたって事になるだろう」


「動く死体って事か」


 倒れている死体を見ている三人と木陰に隠れている一匹。子ドラゴンは怯えて、こちらを見ている。


 そう、子ドラゴンはまだ怯えている。その姿に違和感を覚えたのはやはりナハトだった。


 頭を斬り落としたのだからこれ以上は人間の構造上では、動くことはないはずだ。それは、普通に考えればそうである。だから、反応に遅れてしまった。


「ネスト、前!!」


 ライの叫び。頭のない死体が急に動き出し、物語書きブックメイカーの首を掴もうとした。


 だが、その程度の遅れでナハトは困る事はない。ナハトにとってはゆっくりと抜刀をして、物語書きブックメイカーに襲いかかる腕を斬り落とした。


「す、すまない。助かったよ」


「ナハトさんもまさか死体が動き出すとは思わなかったからね」


「誰も予想できねえよ」


 だが、右腕と頭を失った死体はまだ動こうとしている。


「こいつ、不死身かよ。次も頼むぞ、ナハト」


 ライの言葉にナハトの返しが帰ってこない。


 ライがナハトの方を見ると地面に膝をついた。ナハトの首には先程切り落としたはずの、死体の右腕がナハトの首を掴んでいる。


 見るからに苦しそうである。


「こいつ、離せ!!」


「落ち着きたまえ。その腕を斬っても、どうせまた動く。今度は動きを完全に停止させなければならない」


「どうやって!!」


「今考えている!!」


 ナハトに顔は青くなっていく、前からは動く死体。時間はそれほど残されていない。


 物語書きブックメイカーは辺りを冷静に見回す。不死身などありえない何か弱点があるはずだ。


 物語書きブックメイカーの目に止まったのは、最初にナハトが斬り落とした頭だ。この頭は動いていない。つまり、別の役割があるではないかと考えたのだ。


「ライ!! 頭だ、頭を潰せ!!」


「わかった!!」


 ライはすぐに剣を抜いて、落ちていた頭に目掛けて叩きつけた。潰れる感覚が手に伝わってくるが、そんな事を気にしている余裕はない。


 頭が潰れたと同時に死体は前に倒れて今度こそ、動かなくなった。


「げほっ、げほっ、いやー酷い目にあったよ。流石のナハトさんも川が見えちゃったよ」


「綺麗だったか?」


「ちょー、綺麗だった」


 ナハトの首を掴んでいた右腕も、力を失って地面に落ちた様子だ。


「しかし、結局こいつは何だったんだ?」


「……これは仮説だが、灰にやられて死んだ人間は体が灰色になっていくだろう。何か関係があるのかもしれないと僕は考える」


「灰にやられて死んだら、ああなるって事か?」


「確証はないがね」


「だが、俺が見た兵士はならなかったぞ」


「そう言われると、確率なのかも知れないね」


 ライは妖精の国の城で、灰にやられて死んだ兵士を見ている。死んだ瞬間まで傍にいた。しかし、その時は死体に襲われる事はなかった。


「うーん、ナハトさんは意思はないのに敵意があるのが気になるな。まるで、狙ったのかのようにナハトさん達の所まで歩いてきたじゃん。誰かが差し向けたみたいじゃないかなー、なんてどう?」


「誰がそんな事を?」


「この灰を降らせている奴とかね。探っている、ナハトさん達消すためとか」


「それは、こちらに都合がのいい考え方だね。だが、この灰が誰かの意思で人為的に降らされているのであるというのなら、そいつを倒せばこの灰を止める事ができるかもしれないね。もし、狙われているのであれば答えはいずれわかるだろうぜ」


 意思のない敵意を持った敵の出現。ライ達の旅に不安を感じさせつつも火の大地に行く方法を探す。

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