風の大地の剣客②

 海を渡る手掛かりを探す二人と暇を持て余していたので着いてきた暇人一人は、どこかへ向かうと言うわけでもなく海沿いを歩いていた。


 正直、ナハトが来て食料をの減り方が早くなったのでそろそろ補充をしておきたい所である。


「それにしても、ライにはもったいないくらいの良い剣だなぁ。刀身がエメラルドに輝く感じがいいね。うーん、五十点」


「何点満点なんだよ」


 そんな二人の心配を無視して、ナハトはライから借りた剣を見ていた。うっとりとした顔で剣を眺めている。


「ライ君、あの剣何に使ったっけ?」


「少し前に、野宿する時に灰を掻き分けるのに使った」


 もし、死後の世界があるのであればエルダードラゴンが泣いているだろう。


 実際、外敵など存在しないので剣などこういった使い道しかない。毎日、使う事もない刀の手入れを時間をかけてしているナハトが珍しいのだ。


「ちょっと振ってみてもいいかな」


「どうぞ」


 ナハトは静かに木に向けて剣を振った。しかし、ライはナハトが剣を振ったかどうかが全くわからなかった。


 それぐらい素早い一振りだった。ライが振ったと気付いたのは、目の前の巨木が真っ二つになったからだ。


「えっ。今、剣を振ったのか?」


「嫌だなぁ、だいぶ手を抜いて振ったんだから見てくれないと」


「ネストは見えたのか?」


「木が一人でに半分にはならないだろう。よって、誰かが手を加えたという事だ。この場合、ナハトが斬ったという事になるだろうね」


「素直に、見えなかったと言え」


 物語書きブックメイカーにも見えていないようだ。ライは改めて、ナハトの凄さに感心するのだった。三人が歩いて行くと、看板が目の前に現れた。そこには、竜牧場の文字。


「海を渡る手掛かりはなさそうだけど行ってみるか。食料があるといいけどね」


「竜かぁ。ナハトさん一度斬ってみたかったんだよね」


「俺は生きてる竜はいないんじゃないかなって思うんだが」


 三人は看板を頼りに進んで行くと大きな牧場を見つけた。広い大地に、建てられた牧場だ。


 案の定、竜の姿は見えないのでナハトはあからさまにガッカリしていた。とりあえず、めぼしい物を探す為に三人は別れる。


 と言っても、小屋が二つ程あるのとドラゴンが飼育されていたであろう、平原が広がっているだけだ。


 ナハトは竜の存在を諦めきれずに外を探している。物語書きブックメイカーは小屋に入って行ったので、ライはもう一つの小屋を覗くことにした。


 扉を開けるとそこには干し肉が吊るされていた。ドラゴンの餌だったのだろうか、大量に置いてある。干し肉は腐りにくいので、食べる事が出来そうだ。


「助かる。これだけあればだいぶ持つな」


 一応食べられるかどうか、一つ口に入れる。少々塩っ辛いが、美味しく食べる事が出来た。


「あー、一人だけ摘み食いしてる」


「ナハト、外はもう調べたのか?」


 暇そうな態度で、ナハトが小屋に入ってきた。ナハトも干し肉を一つ食べ始めた。


「だって、竜がいないんだもん。刀の錆にしてやろうかと楽しみにしてたんだよ」


「まあ、この世界じゃ。生きてる事自体珍しいしな」


「まあ、仕方ないかぁ。てか、ライは雑に食べすぎでしょ。どれもこれも口つけちゃって」


「はあ? 一つしか食べてねえよ」


「えー、だってこれ見てよ」


 ナハトが指差した方を見ると、吊るしてある干し肉の何個かは、食べられた後のような歯型がついている。


 ただ、どう見ても人間の歯の大きさではない事は確かである。


「これ見て、俺が食べたってよく断定したな。人間の歯形じゃねえだろ」


 ナハトが飽きているので、代わりにライが外を調べる事にした。外に出ると、ナハトの言う通り灰以外は目に入らない。


 一応、牧場の柵をぐるりと一周回るが特にこれといった物は見つからない。諦めかけていたその時だった。


 灰が動き出したのだ。中からは体は小さいが、立派な翼を持つ竜の子供が出てきた。


 呆気に取られていたライは口を開けてぽかんとしている。


「グエ?」


 龍の子供も、ライに気がついたのか寄ってきてライの顔を舐めた。人懐っこいのか敵意は全く見せない。


 なんとなく、ライはドラゴンの子供の頭を撫でてやると嬉しそうに鳴いた。その声を聞きつけてナハトがやってきた。


「まさか、斬ろうってか?」


「いやいや、流石のナハトさんもここまで敵意がないと斬らないよ」


「分別があって助かる」


 竜の子供は人間が好きなようで、ナハトにも近づいて顔を舐める。ナハトもくすぐったそうに喜んだ顔を見せる。


「いやぁ、ここまで人間に対して友好的だと、逆に何でここまで友好的なのか気になっちゃうよね」


「普通に種族的に大人しい竜なんじゃないのか? 後は、こいつが友好的なだけで他は凶暴とかな」


「個体差ってやつね」


「どれもハズレだ。正解は、ここの牧場で品種改良された竜なんだ。人間に友好的になるように品種改良したらしい」


 振り返ると物語書きブックメイカーが、本を片手に歩いてきた。本の中身を確認しては興味深そうにしている。


「なんの意味があるんだ?」


「竜を育てて出荷してたみたいだぜ。このアステリオンと呼ばれる国では、竜と共に戦う竜騎士と呼ばれる職業があったみたいなんだ。戦争ではより強いドラゴンを所持していて、優秀な竜騎士がいる方が有利なんだとよ」


「なんか、物扱いされているみたいで嫌だな」


「みたいじゃなくて、竜は商品価値が高いから物扱いだよ。だから、人間の都合で品種改良して人間に都合のいい竜を生み出してんだろさ。僕としては、どうやって品種改良したのかが気になるね」


 土の大地の戦争は、昔から所持しているドラゴンの数で勝負が決まるとされている。


 さらに、上に乗る竜を操る竜騎士がいれば百人力とされていた。ドラゴンを信仰する派閥とドラゴンを人間の都合のいいように利用する派閥で別れており、争いが絶えなかったようだ。


 この牧場は、各国に質が良く安いドラゴンを売りつける武器商人の役割もしていた。当然、普通に愛玩用として買って行く人も多かったようだ。


「ナハトさんは人同士が戦わなくなったらいよいよ終わりだと思うけどね」


「どうして、そう思うんだ?」


「斬った命の重みを感じなくなるからさ。竜が殺しているから、自分がやったわけじゃないって、言い訳ができるからね。ちゃんと、人体を斬った時の骨の感覚を手に、脳に、残しとかないと残虐な行為を平然とできるようになってしまうよ」


「そういうもんなのか」


 そもそも、今後も人を斬るつもりも斬った事もないライには分からない感覚だった。


 小さい頃から、戦いの環境に身を置いていたナハトならではの感想と言えるだろう。ライは子ドラゴンの顔を撫でる、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。


「この反応も、作られた感情から来てるって思うと虚しくなるな」


「でも、可愛いだろ? それで、いいじゃないか」


「それもそうか。こいつが悪いわけじゃないもんな」


 ライとナハトが、子ドラゴンを撫でている様子を見て物語書きブックメイカーも触ろうとした。だが、尻尾で気持ち良く弾かれてしまった。


「ククク、見たか!? 結局、作られてようが好き嫌いはあるんだよ。思っ切り、拒否されてやんの」


 その様子に、ナハトは大爆笑であった。何回か挑戦したが、見事に尻尾で弾かれ続けてしまった。


「僕は何かしたのか? 何故、ライ君とあの馬鹿笑いしているイカれ女が触らせてもらえて、僕だけ拒否なんだい。えぇ!!」


「俺に聞かれても困るんだが、何で何だろな。こんなに人懐っこいのに」


「全然構わないんだけどね。いや、これっぽっちも悔しくないぜ。ふーんだ」


 完全に拗ねた子供のような様子の物語書きブックメイカーを見て、何だか可愛いと思うライなのであった。


 子ドラゴンをナハトに見て貰いながら、ライと物語書きブックメイカーは今後の打ち合わせをする。


「結局、手掛かりはなしか……」


「正直、お手上げ感はあるね。何か根本的に考え方を変える必要性があるかも」


「考え方か」


 ライは特に何も考えずに空を見る。空は毎日のように、灰色の雲が覆っている。


 目を落とすとナハトと子ドラゴンがボールで遊んでいる。ナハトがボールを投げて、子ドラゴンがボールを取りに行くだけなのだが二人とも楽しそうだ。


「そうだ、空を飛べばいいんじゃないか!? ほらっ」


 子ドラゴンの方を指差した。ドラゴンには乗り手がいるという話とここの牧場は人間の為のドラゴンが育てられている。


 つまり、あの子ドラゴンは人を乗せて空を飛ぶ事が可能ではないのかという事だ。


「残念だが、それは無理な話だと僕は思うよ。ほらっ、翼の部分を見てみるといい」


 物語書きブックメイカーに言われた通り、子ドラゴンの様子と翼の部分を見ると動かす事が出来ない様子だった。


「もしかして、灰にやられているのか」


「そうだろうね。あれじゃ、翼を動かすこともできないから飛ぶ事だって出来ないよ」


 先程から、ボール遊びも地面を走っているだけで確かに翼を一切使っていない。


「それに、あの程度の大きさじゃ、まだ人を乗せて飛ぶなんて無理だろう。子ドラゴンの成長を待っている時間なんて、僕達にも子ドラゴン本人にもないだろう」


 その言葉で、ライは察してしまった。灰にやられているという事は死期が近いという事である。


 元気にそうに走っているが、少しずつ動くかせる箇所が少なくなっていくのが翼を見たらわかってしまう。


「なあ、俺達がいなくなったら、どうなるんだ」


「どうなるもなにも、干し肉が無くなって死ぬか灰で死ぬかのどちらかだろうね」


 淡々と物語書きブックメイカーは言い放った。

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