主人に仕えるメイド③
屋敷は夜になっており、暗くいい雰囲気になっている。
「暗くて嫌な雰囲気だな。早く済まして、帰るか」
廊下は木で出来ているので、歩く度に自分の足音が響き渡る。ライは素早く手洗いを済ませた。
客室に戻る帰り道に明かりがついたキッチンを見つけた。ライはメイドがキッチンで掃除をすると言っていたのを思い出した。
改めて、メイドにお礼を言おうと思いキッチンに向かう。中を覗くと、メイドの姿は確認できなかった。
「いないのか」
明かりはついているので、先程までいた形跡はある。どこか別の場所へ出かけているのだろうと思いライは厨房の中で待つ事にした。
待っている間に厨房を見ると、屋敷の中と同じ様に手入れが行き届いていて奇麗に整理整頓されていた。
「ん……?」
ライは何か違和感を覚える。しかし、違和感の正体が自分でもよくわからなかった。違和感は感じるのだが、その正体がわからないのだ。
奇麗な厨房を眺めているとその答えを見つける事が出来た。
「わかった。奇麗すぎるんだ」
屋敷はどこもかしこも、奇麗に整頓されていた。当然だが、この厨房も奇麗に整頓されている。
いや、この場合は整頓されすぎていると言うべきだろう。本来は厨房には、絶対にあるであろう物がそこにはなかった。
それは、食材だ。
予備の食材、調味料などが一切置いていない。ライが厨房を確認しても、食材などは一切見つからない。
ゴミ箱の中には、今日使われたであろう食材の残骸が残っているがそれだけである。
他には一切ないと言ってもいい。このままでは、メイドは食べる物がなくなり餓死してしまうだろう。
「おや? 何か御用でしょうか」
ライが声のした方に振り替えるとメイドが少量の食材を抱えていた。少しほっとするライ。メイドはなくなった食材を取りに行っていたようだ。
「お礼を言おうと思って来たんだが、食材がまったく置いていなくて焦ったよ」
「……いえ、屋敷に置いてある食材は私が持っている物で最後でございます。こちらの食材も明日に出て行かれる、お二人の弁当用に残しておいた食材でございます」
「食材を全部使ってどうするんだ、アンタ死ぬ気か?」
「私なら、もう死んでおりますので構いませんよ」
メイドは表情一つ変えずに、手際よく明日の用意をしている。ライはメイドが何を言っているのかが理解できなかった。
彼女は、現にライの目の前で生きているのだ。死んでなどいないのはライ自身がわかっている。それとも、幽霊とでも言うのだろうか。
「アンタは間違えなく生きている」
「いえ、死んでますよ。私の精神は既に死んでいるのです。コルニカ様に先立たれ、主人を失った私は死んでいるも同然なのです。こんな私に優しくしてくださったお二人に恩返しがしたかったのです。ただ、それだけの事」
「それほど、主人の事を大事にしていたのか」
「ええ、コルニカ様は私の全てでした。私がこの場所で、何不自由なくメイドをしていられるのも全てコルニカ様のおかげなのです」
メイドは、頭に付けていたカチューシャを外す。
彼女の頭には、小さな角が生えていた。スカートの下からは人間にはあるはずのない尻尾が現れる。
ライはその角や尻尾を見ても、特に何も反応しなかった。彼女が何で自分に角と尻尾を見せてきたのかがわかっていない様子だ。
「その反応、貴方は私の種族をご存じないようですね」
「ああ、外の世界には疎くてな。種族に関しての知識はほとんど持ち合わせていない」
「この角と尻尾は魔族の証なのです。大昔、人と戦争していた種族で今も人に忌み嫌われて、迫害されています。でも、コルニカ様は迫害された魔族を集めて、自分のメイドや部下として仕事と居場所を与えてくださったのです。私達にとって全てであり、コルニカ様に仕える事がここにいる者達の幸せなのです」
ここにいる者達と言っているが、ここにはメイド以外の姿はない。
主人を失ってもメイドと同じように死体に仕えていた。そして、体が弱い者から順に死んでいったのだ。
「俺には、アンタ達が迫害されている理由が分からないな。言葉を交わしている感じだと、同じような感情を持っているようにしか見えない。姿が多少違うだけではないのか?」
「ふふっ、純粋な言葉ですね。それは仕方がないのです、生き物は人と違う事を恐れるのです。私達魔族は人よりも強靭な肉体と魔力を持ち合わせています。それに、争いあった憎しみは消える事はないのです」
「それでも、アンタが作った手料理やおもてなしからは暖かさを感じた。誰かが死んだら悲しいって、気持ちは同じだ」
ライは思った事を素直に伝えた。メイドは静かに目を伏せる。
「素直に嬉しいですね。そんな、貴方達にだからこそ私も全力のおもてなしをしたかったのかもしれませんね。さあ、明日も早いでしょう。旅の疲れを取って、貴方達は貴方達が行くべき場所に向かいなさい」
「アンタは……」
このままこの場所にいるのかと、聞こうとしたライだったが辞めた。それは、メイドから言われる答えが想像できるからだ。
きっと、自分が同じ立場なら自分も同じ答えを言うだろう。
「ここが、私の居場所ですので」
メイドは始めてみせた笑顔で、そう言うのだった。ライは素直に、これまでのおもてなしの感謝をして、
「おっ、やっと帰って来たか。見ろよ、この布団ふかふかだぜ。メイドが用意して行ってくれたんだ」
どうやら、厨房にいなかったのはライ達がいる客室に寄っていたのもあったようだ。ライとは入れ違いになってしまったのだろう。
「ああ、感謝しないとな」
暖かい布団に包まれながら、これから感じる事ができない幸せを噛みしめライは眠りについた。
明日の朝には、メイドが用意してくれた弁当を渡された。ライは受け取る。持った時の暖かさと匂いから弁当を食べるのが楽しみになる。
「またのお越しをお待ちしております」
メイドは深々と頭を下げた。どこか、晴れ晴れとした気持ちで二人は屋敷を出る。目指すは海を渡って、灰の塔のある火の大地。
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