妖精の国①

 食料を集めて、気晴らしを終えたライと物語書きブックメイカーは竜の村を出て歩き始める。


 長い距離を歩いた先に、大きな国が二人の前に現れたのだった。自分の背よりも何倍もある、大きな城壁に囲まれた国。


 ライは驚きを隠せないでいた。


「何だこの壁は?」


「ライ君は大きい国を見た事がないんだな。大きい国は敵の攻撃から守ったりする為に、このように壁を作る事が多いんだ」


「敵ってのは動物とか竜とかって事か?」


「敵はそれだけじゃないさ。どんな世界でも人間同士が一番の敵さ」


「なんか、悲しいな」


 大きな門だが、門は開きっぱなしになっていたので二人は遠慮なく街へと入って行く。


「これだけ大きいと、生きている人がいそうな気がしないか?」


「どうだろうね。外の様子を見る感じじゃあ、人の気配はなさそうだけど」


 家の扉は急いで出たのであろう、門と同じで開きっぱなしになっている。部屋を覗くと、死の灰が部屋の中まで侵食している。


 どうやら、ここいらの住人は死の灰が危険である事知って、遠くに逃げようと急いで家を出たと言った所だろうか。


 物語書きブックメイカーはポツリと呟いた。


「どこへ行っても、同じなんだけどな」


「死の灰が降ってない地域があるんじゃないのか?」


「それは考えてなかったな。そうか、死の灰が降ってない地域まで逃げられれば生きられるか。そんな場所があればだがね」


 真っ直ぐ、大通りを歩いて行くと中央には噴水。奥にはこの街のシンボルであろう大きな城が建っていた。


「あの城に人がいないなら、ここには誰もいないだろうね」


「だな、とりあえず近づいてみるか」


 二人はゆっくり歩いて行く。城の門も開いた状態のまま放置されていたので、遠慮なく中に侵入して行く。


「僕は本さえ残っていれば、それでいいけどな」


「俺はネスト以外の生き物が見てみたいよ」


 城に侵入して中庭に入る。ライが、城扉を開けようと手にかけた時だった。


 物語書きブックメイカーが不思議そうな顔でしゃがんだ。ライも気になったので、同じ場所を見て見ると物語書きブックメイカーは扉の開く場所を確認しているようだ。


「どうした」


「いや、不自然じゃないかと思ってね」


「どこがだ?」


「ここさ」


 指を刺された場所を見ると、扉を開けた際に積もっていた灰が押された形跡がある。


「扉を開けたなら、普通はこうなるんじゃないのか」


「おいおい、誰が扉をあけたんだい」


「もしかして、俺たち以外に人がいるのか!?」


「そういう事になるだろうね」


 扉は持ち手を下に引かなければ、開かない作りになっている。その為、動物などが体当たりをして、開けたなどの可能性はないだろう。


「もしくは人の姿をした化け物が開けたとかね」


「怖いこと言うなよ」


 二人は開いた扉から、城の中へと侵入した。


 進んで行くと、どうやら厨房の裏手の扉だったようだ。厨房では食材が調理されており、いい匂いが漂っている。


 ライは匂いの元である鍋の蓋を開けると、そこには出来立てのスープが入っていた。


「これは決まりだな。誰かが少し前までここで調理をしていたようだ」


 物語書きブックメイカーは、机の上に雑に置いてある食材の屑を見る。近くの壁を見ると、槍が立て掛けてある。


「料理をしていたのは、城の兵士で性別は男の可能性が高いだろうね」


「そこまでわかるのか」


「机の上の食材の扱いから、料理が得意ではないのはわかる。だが、彼は何らかの理由でスープ作らなければならない理由があったのだろうね」


「自分用じゃないのか?」


「自分用なら、わざわざ槍を置いて移動する必要もないだろう」


 二人は静かに、厨房から出て廊下に出る。外は豪華な装飾が施されていたが、手入れが長い時間されていないのか色がくすんでいた。


「これぐらい大きな城だと本が置いてある場所がありそうだな。よし、ここからは二手に別れようではないか」


「ああ、俺は城の兵士を探すよ」


 落ち合う場所を決めてお互い城の外には出ない事を約束して、別れた。ライは廊下を抜けると無駄に長い階段がライを迎えてくれる。


「はぁ。こりゃ、大変だ」


 階段を登ると、ガタンと何かが倒れる物音がした。ライは音のする方へと急いで走り出す。


 その先には鎧を着た兵士が倒れていた。


「おい、アンタ大丈夫か!?」


 見るからに大丈夫ではないのだが、そう声を掛けずにはいられない。兵士は壁を背にして、こちらを見る。


 ライは悲鳴を上げそうになるのを抑えた。兵士の顔は灰色で血色が悪く、目が充血していた。


 すぐに理解できた。灰にやられると、こうなるのだろうと。


「君は……いや、こんな世界だ。この際、どうでもいい。少年、私の最後の願いを聞いてもらえないだろうか?」


「俺に出来ることであれば」


「ありがとう。城に残った者も私を除けば、もう一人しかいない。その方に、スープを届けて欲しいのだ」


 ライが辺りを見ると木でできた板の上に、スープが入っていそうな食器を発見する。だが、スープは入っていなかった。


「力が抜けてこぼしてしまったよ。スープは、はぁはぁ、厨房にまだある。その方の分以外は君が飲んでくれて構わない」


 段々と兵士の声が、か細く聞きづらくなってくる。ライは静かに一言一言、聞き逃さないように耳を傾ける。


「あ……方は……さい……上階に……」


 それ以降、兵士はぴくりとも動かなくなった。


「ああ、必ず届けよう」


 兵士の最後願いを聞き届ける為に、ライは厨房に戻った。厨房を待ち合わせ場所にしていたが、物語書きブックメイカーの姿見えない。


「ネストはまだか、本の事になると長く時間がかかるだろう。スープは俺だけで届けるか」


 厨房の鍋の中のスープを食器に入れた。ライは持って行く分以外は、好きにしていいと言う兵士の言葉を思い出した。


「ネストには悪いが、少しだけ味見させて貰おう」


 本当は、物語書きブックメイカーと共に飲もうと思っていたのだが、スープの美味しそうな匂いに負けてしまった。


「うん、うまい」


 一口だけ飲むと、別段スープはそこまで美味しいものではなかったが、基本空腹状態な今の環境と久しぶりの暖かい食べ物という事で美味しく感じるのだった。


「先払いになってしまった……」


 ライは急いで城の最上階で待っているであろう人物の元へと急ぐ。


 迷う事も考えていたのだが、城の最上階は一本道だったので、すぐにわかった。

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