終末世界の旅人 ー終わりを迎える世界で彼が導き出した答えー

宇都宮 古

始まりの大地

不思議な客人①

 人里離れた山奥の洞穴で、静かに暮らす二人の親子がいた。


 足が不自由になってしまった母親を懸命に介護する少年ライは、今日も日課の水を汲みに出かけていた。


 洞窟内の水が湧き出る場所まで、木で出来た桶を片手に移動だ。水を汲み終わると元の場所まで戻る。これを数十回繰り返す。


 ライが物心ついた時には、母と二人でこの洞窟に引っ越してきていた。それからライは、この洞窟から一度も外に出た事はなかった。


 外の世界に興味がないと言えば嘘にはなるが、足の不自由な母を一人には出来ないし、母からも不用意な外出は危険だと言われてきた。


 それに、生きて行く為に水も食べ物もあるので困らない。水汲みを終えて、料理を作って洞窟内の一室に向かう。


 そこには、ライの母オリヴィエがいつもの椅子に腰掛けて座っている。こちらに気がつくと笑顔でこう言った。


「ライ、いつも悪いね」


「母さん、またそれ? いいって言ってるだろいつも」


 母のオリヴィエは毎日決まって、朝ライに会うとお決まりのセリフを言う。ライは気にせず、母親に料理を出す。


「母さん、体が悪いのはわかっているけど、ちゃんと食べてくれよ」


 オリヴィエは足が不自由になって動けなくなって以来、食べる量も格段に減っている、食べているのかも怪しいぐらいだ。


「ええ、私はゆっくりと食べているからライは自由にしていて」


 これもお決まりの言葉なので、ライは静かに母の部屋を後にして自分の部屋に行く。


 そこには、本が置いてある。ライは書物から文字を覚えたり、新しい知識を増やす事が唯一の楽しみだった。


 幸いにも大量に本はあるので、まだまだ読みきれていない。


 ライは本の中に登場する、魔法の国、騎士の国など様々な国に、いつか自分も行ってみたいと思っていた。


 いつか、自分の足で外に出て旅をするのが、彼が密かに持つ夢だった。部屋へ戻る最中にライは異変を感じた。


 外からの空気がこの洞窟内に流れているのを感じた。外へと続く扉はライがこの洞窟に来て以来に一度も開いた事はない。


 気になったライは一度も自分で使った事がない、外へと繋がる扉の様子を見に行くと、そこには一人の人型の生き物が立っていた。


 人型の生き物と表現したのはその人物が黒いマスクを被っており、肌が出来るだけ出ないように服を着込んでいるからだ。


 目元だけは見えている。


「お前、ここに住んでいるのか?」


 声は高く、女性である事がライにもわかった。母親以外との久しぶりの会話にライは内心喜んでいた。


 女性は辺りを不思議そうに見回している。


「外からの客なんて初めてだ。中へどうぞ」


 ライは女性を中へ招き入れようとした。女性はライに従って、中に入って行く。椅子と机がある場所で二人は静かに座った。


 ライはすぐに飲める水を用意して、女性に渡した。彼女は水には目もくれなかった。


「俺はライ。ここでは足の不自由な母と二人で暮らしている」


「僕は物語書きブックメイカー。この世界を書く為に旅をしている」


 彼女は物語書きブックメイカーと名乗った。偽名である事は明白だが、ライにとってはそれよりも旅をしていると言う言葉の方に興味があった。


「いいな、外の世界の事何も知らねえんだ。よかったら教えてくれないか」


 物語書きブックメイカーは何かを考えながら、黙ってしまった。そんなに難しい事を聞いてしまっただろうかとライは不安になったが、少しすると物語書きブックメイカーはライにこう答えた。


「本当に知らないんだな。なるほど、僕の違和感の正体が理解出来た。いいだろう、僕の知的好奇心を満たしてくれた礼だ。ついて来い」


 そう言うと物語書きブックメイカーは急に立ち上がり、外との入り口の扉まで戻って行く。


 ライも急いでその後を追った。扉の前でライは物語書きブックメイカーと同じ黒いマスクを手渡される。


「死にたくないなら、それをつけろ。家にある出来るだけ肌が隠れる服を着てここに戻って来い」


「いや、俺は外の事を教えて貰うだけでいいんだが」


「シンデレラという話を知っているか?」


 ライは首を横に振る、聞いた事もない話だ。


「その話の内容はどうでもいいんだがな。主人公の少女は十二時を過ぎると魔法が解けるようにされていたんだ」


「それと俺にどんな関係が?」


 物語書きブックメイカーは急に意味不明な話を話し始めた。


「僕の推測では、君の魔法は君が外に出る事で解けるようになっていると思う。真実を無理に知る必要はない。君は何も知らずにこのまま母と暮らす事も出来る」


「少し考えさせてくれ」


「君の分岐点だ、少しと言わず一時間ぐらい考えてもいい」


 ライは考える、おかしな狂言を吐く女で終わらせてもいいのかもしれない。


 しかし、ライ自信も外の事は気になっていた。黒いマスクを被らないと死ぬような世界なのか、外には何が待っているのか、自分にかけられた魔法とは、ライの中で答えは決まっていた。


 ライは急いで自分の部屋にある、出来るだけ肌が隠れる服を選んで着替えた。


 自分の部屋から出た時に母の部屋の前で少し足を止める、言うべきか迷ったライは言わずに入り口の扉まで戻って来た。


 物語書きブックメイカーはライの服装を念入りにチェックした。


「よし、いいだろう。一応聞いておくが、まだ間に合うぞ」


「いい、俺も真実が知りたいんだ。俺には真実を知る覚悟がある」


 物語書きブックメイカーはゆっくりと扉を開いて行く、ライの目に一番に目に入ったのは一面の雪景色だった。


 少しずつ、ゆっくりと外に踏み出して行く。丁度扉を出た辺りだった。


 酷い頭痛が彼を襲ったが程なくして治まった。物語書きブックメイカーの手を借りて、立ち上がった。


「大丈夫か?」


「ああ、それにしてもすごい雪景色だな」


 ライは雪という存在を本でしか見た事がないが、白く降り積もっているので雪だと判断した。普通なら、誰でもそう判断するだろう。


 しかし、物語書きブックメイカーの答えは全く違うものとなる。彼女は首を横に振ってこう答えた。


「雪だとしたら結構ロマンチックじゃないかい。でもね、これはそんなメルヘンな物じゃないんだよ。これは死の灰、この世界に死をもたらした、原因だ」

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