初仕事は突然に
憂鬱だ......
俺は今三階に位置する空き教室に向かっている。
なぜか?
理由は単純明快
昨日の放課後、有松先生によって強制的に思春団とかいう謎団体に強制的に加入させられたのだ。そしてどうやらその空き教室は思春団の根城らしい。
どこが単純明快だよ。
そもそもなんでこんな謎団体に活動場所が与えられているんだよ。
こえぇよ、この高校。
いかんいかん、思わずセルフツッコミを入れてしまった。
俺はまだ「青春」というものが何か知らないが、少なくとも教師に脅されることや謎団体に入団させられることではないし、決してそんなものであってほしくない。
ちなみにだが、うちの高校は一年生の教室が一階、二年生が二階、三年生が三階といった感じで、学年が上がるにつれて教室からの景色が良くなるという年功序列のフロア分けをしている。
したがって三階は基本的に三年生であふれている。
まぁ実際は「足が疲れる」という理由で三年生からは不評らしいが。
着いてしまった...
俺はあふれ出る負の感情を抑えつつ、空き教室のドアの前に佇む。
思春団は一応団体なのだし、SNSアカウントにも在籍している生徒が運営してるとか載ってたし、自分の他にも団員というのはいるのだろうか。
「失礼しまーす」
一応挨拶はする。
意を決してドアを開けたものの、そこにはいたって普通の空き教室風景が広がっていた。教室後方には使わなくなったものであろう机や椅子が積まれている。中央には図書館から持ってきたのだろうか、8人ほど利用できるような大きな机といくつかの椅子がある。
学校で使わなくなったものを寄せ集めた普通の空き教室。
至って普通。何も異質なところはない。
一部を除いて
教室前方。というか黒板がある方。
本来は教卓が置かれる場所に明らかに学校の備品ではないシックな机が置かれている。黒色に塗装された鉄の骨組みに上質な木材で作られた天板。
異質な点はそこだけではない。
机の上にはモニターが二枚。そしてキーボードとマウスが一つずつ。
机の横にはデスクトップパソコン本体?のようなものがモニターと接続されている。
デスクトップパソコンにしてはデカくないか?
そして俺を呼び出した張本人である有松先生はその机に向かって、いわゆるゲーミングチェアに座りこんでいた。
もしかしたら俺のSNSアカウントはあれを駆使して探し出したのかもしれない。
この「一部」を異質と形容したが、総合点でいえば有松先生という存在が一番異質なのかもしれない。
なぜ俺を呼んだのか。
なぜそこにいるのか。
周りの状況はいったいどういうことなのか。
なぜ生徒を脅しておいて何食わぬ顔で椅子に座っているのか。
そもそも、そんなやばいやつがなぜ教師やってんのか。
以下の五観点から総合的に評価して「この状況でどこを突っ込むべきかランキング(俺調べ)」では有松先生がダントツトップに躍り出た。
やったね。君が一位だよっ。
俺はぜひ一位の有松先生とこの状況について小一時間
否、
大一時間ほど問いただしたい。大一時間なんて言葉があるか知らんが。
「お~いいとこに来た。ほら座って座って」
有松先生に勧められ教室中央の大きな机に向かって、近くの椅子に腰掛ける。
有松先生は僕の行動を追うように、その大層な椅子から立ち上がって僕が座っている机の対岸に腰掛けた。
「まずですね。なんなんですかあれ」
そう言って俺は例の一式を指さす。
そうすると有松先生はよくぞ聞いてくれたといわんばかりに話し始めた。
「おっ、さすがお目が高い。あれは最近買ったワークステーションだよ。そんなものに気付くなんて乙川はお目が高いねぇ」
「そうじゃねぇよ。あのパソコンだけじゃなくてあの空間一帯を言ってるんだよ」
「え~、ワークステーションの解説させてよ~。まぁそれは置いておいて...あの一式は全部先生の私物だよ。かなり高かったんだからね」
やはり有松先生が持ち込んだのか。
ていうかいくらここが空き教室であったとしても、有松先生が偉い先生だったとしてもこんなものを持ち込むなんて許されるのだろうか。
ていうかワークステーションってなんなんだよ。ワークホスピタルとかワークライブラリとかもあるんだろうか。
「まぁいいでしょう。学校に私物を持ち込んでいいかどうかは学校側の判断に任せます。ていうか、まったく人がいないじゃないすか。思春団のプロフィール欄見る限り他にも団員がいる感じでしたけど」
「あぁ、団員はいないよ。今のところ。君だけ。まぁ実際は二年生に一人いるんだがとある事情で参加できないんだ。だから実質乙川一人。」
「まじすか。そういうことは先に言ってくださいよ。社会人でしょ?報連相大事ですよ」
「乙川は新入社員をいびる嫌な上司みたいなことを言うな~。僕は『報連相』じゃなくて『小松菜』を大事にしろと教わったんだけどな」
「どういう語呂合わせだっ、第一どういう意味だよ!」
それを有松先生に教えたベジタリアンはだれか知らんが、こんな変人が生まれた責任は少なからずお前にもあるということを伝えてやりたい。
閑話休題
「思春団のことなんだが、基本的にお前の好きなようにやってくれてかまわない。あのワークステーション一式も好きなように使え。時代は情報化だからな。だが、最低限守ってほしいルールがいくつかある」
こんな謎人間が作った謎団体にもルールはあるんだ...
「まず一つ目、依頼者とは実際に会って話を聞くこと。なりすましとか洒落ににならんし。そして二つ目、他人を攻撃する目的の依頼は引き受けるな。最後三つ目、依頼者には親身に寄り添って依頼の解決よく考えること。しっかりこれらを守って節度を持って青春を送りましょ~」
「まぁ、はい理解しました。どうせやらなかったら痛い目見るんでしっかりやるつもりですよ」
「うんうん、僕も乙川の痛い目にあっている姿は見たくないからね~」
それ活動しなかったら、例の事ばらまくぞって言ってるようなもんじゃん。「教師がそんなことするわけない」という俺の中の常識を「あいつならやりかねんという」有川先生の変人さがホップステップジャンプで飛び越えてくる。
「あっ、あと思春団のポリシーというか活動理念というか俺の考えなんだけど~」
そう言うと有川先生はこほんと一つ咳をした。何か自分の中でスイッチを切り替えたようだった。
そして目の前にいる俺の目をまっすぐに見つめて口を開く。
「よくあるたとえ話で申し訳ないけれど、空腹の人がいたら魚をあげてハイ解決というのは違うと思うんだ。大事なのはその人と一緒に魚の取り方を学ぶということ。乙川には物事の本質を見抜いて根っこからの解決を目指してほしいんだ。いろんな人と関わりあって、いろんなことを体験して、いろんなことに失敗して、いろんな事を考えて、自分を知って、相手を知って...そして依頼者と共に成長していく。これが青春ってもんじゃないかな」
驚くほど自然に
瞭然に
依然に
決然たる態度で俺に語った。
突然そんなことを言われた俺は思わず呆然としてしまう。
まったく、本当に有川先生はずるいやつである。普段ちゃらちゃらしているのに。そんなことを言われてしまったら不覚にもかっこいいと思ってしまう。
まさか三十近いおじさんにギャップ萌えするなんて思ってもいなかった。
入学してから一週間ほど。
はじめて有松先生は教師なんだなと実感する。
そして、
有松倫也という男が教師たる理由を痛感する。
「そんなところかな。あと、最初の依頼もうきてるから。依頼者あと10分でここに来るよ。そして俺は仕事が残っているからもう行くね。大人がいると積もる話もできないだろうし。じゃあね。ば~い」
有松先生はいつもの態度でまくし立てるようにそう言うと小走りで職員室に向かった。
前言撤回
やっぱりあいつは変人だ。
俺の感動を返せ。
例によって利子をつけて。
今回は十日で五割だ。
依頼者もうすぐ来るとか聞いてねぇよ。
とりあえず
これから訪れる客人を迎えるために、今座っている入り口側の席を立って有松先生が座っていた窓側の席に移動する。
まぁ、任された仕事は全力で取り組もうじゃないか。
これから始まるであろう仕事に決意を示すと同時に、どんな人が来るんだろうと思考張り巡らせる。
すると、スライド式のドアから小気味良くノックが四回なった。まだ十分もたっていない。どうやら依頼者は五分前行動をする人間らしい。
「失礼します」
透き通った声が聞こえる。
「どうぞ」
俺がそう返答すると、ドアがガラガラと音を立てて開かれる。
うそだろ。
まじかよ。
本当かよ。
あまりの衝撃に、もともと少ない語彙が根こそぎ奪われる。
そこにはいた。
驚きを隠せないでいる俺をよそ目にして、我が高校の制服を身に纏い、美しき黒髪をなびかせる少女が。
裸体でもないし、ましてや二枚貝の上に乗っかっているわけでもないが、その姿はさながら絵画のようであった。
ボッティチェリもびっくりである。
神秘的な雰囲気を漂わせ、
一面的には儚げに、
別の見方をすれば威風堂々と
入り口際に佇む少女は
そう、
深溝海音である。
凛とした態度で、教室中央の大きな机に向かって腰掛ける俺に彼女は問うた。
「思春団というのはここであっているのかしら」
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