青春のお手伝い始めました!

下心忑

僕らの思春団

青春ってなんだ?①

「青春かぁ...」


高校に入学して早数日。俺こと、乙川響おとかわおとはクラスメイトが騒がしくしているのを横目にしつつ独り言をつぶやく。


青春


アオハル


青い春


青春って......なんだ?

俺は休み時間に学校特有の微妙なサイズの机に突っ伏して青春について思いをふける。

小学校、中学校、高校と進学してきて毎回思うのだがあの机はどうにかならないのか。机が小さくて教科書とノートを広げればもう一杯である。

片付けが苦手で、すぐにものをなくし、パソコンでは検索サイトのタブを貯めに貯めてしまう俺には一生かかっても快適だと思うことはないだろう。

そして、俺はただ理由もなく「青春」について考える思春期特有のイタイやつではない。少なくとも自分ではそう思っている。

いや、待てよ。

クラスの脇ほどで独り言をつぶやく奴は十分に痛いやつではないか。もしかしたら周りからやばいやつと思われているのではないか。

怖くなってきた。

今度友達に聞いてみよう。


「おい、おーい乙川~、聞こえてるか~?」


そんなバカげたことを考えている中、突然話しかけられてハッとする。とっさに顔を見上げると視界に一人の男が入る。


不躾に伸ばされた長髪に似合わない口髭。ジャージにパーカーというダル着コーデを着こなしている。

清潔感の「せ」の字もない。もっと具体的に言うと「せ」の字の二画目くらいしかない。

とても教師とは言えない風貌に身を包むファンキーなこいつは有松倫也。いや、有松先生と呼ぶべきか。

俺が通っている県立香流高校けんりつかなれこうこうの変人で有名な教師であり、俺のクラスである1年3組の担当教師である。

なぜ教師のことをこいつ呼ばわりしたかというと、少しの恨みがあるからだ。

時は担任発表の日、真新しい制服に身を包み「先生が超美人な女教師だったりして?」という今時そうそう見ないコテコテの漫画のような展開を期待をしていたピュアな俺の心を完膚なきまでに叩き壊したのだ。

誰だって美女を期待していたのに小汚いおじさんが出てきたら嫌だろう。

俺の期待を返してほしい

もちろん利子をつけて。


「なんだよそんな顔して、なんか悩み事でもあるのか?」

「いえ、ただ有松先生のいつも言っている『青春』について考えていただけです」


そう、なぜ俺が青春についてこんな考えているかというと有松先生の発言が原因である。この有松とかいう男、三十路手前という良い年齢のくせに「青春」という言葉が口癖なのである。

正直イタイ。

そう考えるとさっきまでの教室の脇で独り言を口にする自分がまるで真っ当な人間のように思えてくる。


「お!ついにお前も青春の良さが伝わったか~。いいぞいいぞ!ここまで教え込んだ甲斐があったってものよ~」

「そんな嬉しそうにしないでくださいよ、てかまだ入学してから数日しかたってませんけど!?」

「まぁ、細かいことは気にしな~いの」


なんか、有松先生と話していると全て見透かされているような錯覚を覚える。適当に発言しているようで、意外と考えているのだろうか。


「てか、青春について考えるのはとても嬉しいことだけれども、口から出てたよ、さすがにあれは痛いんじゃないのかな」


聞かれてた。

そしてやっぱり、俺はイタイ奴だったらしい。

ていうか人に聞かれたのは普通に恥ずかしい。もしかしたら、有松先生以外にも聞こえてるんじゃないのか。

学期早々、クラスでやばいやつ認定されたくねぇな。


「聞こえてましたか。まぁ、独り言なんで気にするほどでもないっすよ」

「独り言?乙川の口から出ていたのは毒じゃないのか?」

「俺がしたのは『独白』であって『毒吐く』じゃないっ!しかも痛いって自分で吐いた毒自分でダメージくらってるじゃないすかっ」

「あっは~。適格なツッコミをありがとう。乙川ならツッコンでくれるって信じてたよ」


つまらない冗談を言うな。

もちろん俺は悪魔の実を食べた能力者でもなければスタンド使いでもないので毒を吐くことなんてできるわけがないし、他人に対して辛辣な言葉を並べる奴でもない。

しかも俺は有松先生から謎の信頼を得ているらしい。

正直いらねぇ。


「それで本題に戻ると、今日の放課後ちょっと教室に残ってほしいんだ」

「まぁ、予定もないし別にいいですよ。てか何するんですか?」

「う~ん、またそれはそん時伝えるわ。てことで、よろしく」


有松先生はそう告げるとそそくさと教室から出て行った。

まったく、本当に適当な人間である。

これでなぜ教員免許が取得できたか謎であると同時に、日本の教員試験の緩さに今後の日本の教育界が思いやられる。

そうだ、次は移動教室だ。

我が国の教育に無駄な心配をしている暇はない。

騒がしかった教室もいつの間にか数人しか残っていない。


そんな中、一人の少女が目に留まる。

この場合、僕が視界に入れたのだし、その少女に見とれていたので「目を留める」といった表現のほうが正しいのかもしれない。

そんなくだらないことを考えている俺のことは目にも留めず、その少女は次の授業の準備を持って歩き出した。


少女の名は深溝海音ふこうずうみね

彼女は自他ともに認める我がクラス随一の美少女である。「自他」と言ったが彼女が美少女だと自覚しているのかは定かではない。だが仮に自覚していたとしても許されるくらいには美少女しているのである。

長く艶のある髪に、小さな顔。よく、美人を形容するフレーズで「お人形さんみたい」という言葉があるが深溝はまさにそれに当てはまる。しかも日本人形と西洋人形のいいところを掛け合わせた感じ。

もはや芸術作品だろ。

15年間生きてきたがこれほどこのフレーズが似合う人に深溝以外で出会ったことがない。

同じ長髪なのに有松先生と深溝では天と地ほどの差がある。否、深溝を麗しき女神ヴィーナスと称するならば、天と地でなく金星と地の差である。

てか、ここまで深溝のことを語っておいてなんだが、俺は彼女と会話したことがない。

それは俺が筋金入りの陰キャだったというわけではないし、女の子と会話ができないシャイボーイだったというわけでもない。むしろ俺はクラスメイトとはしっかりうまくやれているし、親友と呼べる人間だっている。

ていうか、俺だけじゃなく、クラスメイトの誰とも会話してないんじゃないか?

深溝はいつもブックカバーのされた文庫本を読んでいる。

近寄りがたいというか

話しかけるなオーラを出しているというか

ATフィールドを展開しているというか

なんというか......

演劇やミュージカルなどの芸術作品において演者と観客の間には不可侵の領域があるように、芸術作品である深溝と、その他の観客であるクラスメイトとの間には独特な境界線が引かれている。

とにかく、深溝と他のクラスメイトとの間には、越えられない壁があるのだ。


深溝か......


有松先生に影響されたわけではないが、できることなら深溝のような美少女と青春を送りたいな。

切実に。

俺は思春期真っ盛りのティーンエイジャーなのでそんな淡い願望を抱いてみる。


有松先生の言っていた青春って深溝のことなのかな。だったらいいな。

なんてしょーもない悟りを開きつつ、移動先の教室へと向かった。

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