番外編 聖女アリスの生配信バックログ
◆アリスがコンビニの存在を絶対信じない配信
神よ、どうか罪深き私をお許しください。
節制を忘れて暴食に身を委ね、それをあまつさえ衆目にさらし。
そこからブックマークや評価を獲得したり、投げ銭や広告報酬を得てしまうことを。
「別にええんじゃないかの。食べ物をムダにするわけでもなかろうし」
ん? ガーゴイル、あなたには言ってないですよ?
「そ、そうじゃった、そうじゃった。てへぺろ」
ん? なんか妙ですね。
まるで自分が神様でした、みたいな口ぶりですが。
「そ、そんなわけないし! ないに決まっておるじゃろ! それよりほれ、虹スパ来たぞ」
★☆★天下一ゆみみ:いつも配信お疲れ様です \30,000★☆★
虹スパありがとうございま……だから3万円は送りすぎですって!
あ、ちなみに虹スパとは、虹色スターパレードチャットの略ですね。
課金してチャットメッセージを送ると、星がきらめくエフェクトが掛かります。
で、エフェクトの色は課金額によって変わります。
百円以上、千円未満は銀スパ。
千円以上、1万円未満は金スパ。
1万円以上の投げ銭をすると、メッセージが虹色に光るので虹スパと呼ばれています。
★☆★吉田輝和:解説乙 銀スパ贈ります \500★☆★
★☆★吉沢太一郎:じゃあ金スパを \5,000★☆★
★☆★ステッピングマン4号:で、これが虹スパ \10,000★☆★
……いや、みなさん、ちょっとまってください。
冷静になりましょう。
普通、メッセージ送るだけで1万円とか使いませんからね?
お財布は大事にしてください。動画自体はタダで見られるんですから。
「そう言っとる間にまた来とるぞ。三人……五人……たくさん来たのう……」
だからビビるから、もうちょっと抑えて!
ああっ、驚けば驚くほど投げ銭が投げ込まれる……。
す、すみません、あとでちゃんと名前読み上げますので。
それよりもですね。
今日はコンビニスイーツのレビュー動画になりまーす!
まあ私はコンビニもスイーツもなんも知らないんですけどね。
まず、コンビニってなんでしょうか?
雑貨屋さんとかお弁当屋さんの一形態とは聞いたのですが。
『24時間営業の商店だよ』
おっと、コメントとお答えありがとうございます。
……24時間?
え、真夜中もやってるんですか?
お客さん来なくないですか?
『案外来る』
いやいや、みんな寝る時間じゃないですか。
怖いですよ、真夜中に買い物客が来たら。
盗賊や幽鬼と見分けつかなくないです?
『セブントゥエルブとか、ファミリーショップとか、オーソンとか、ビッグストップとか、完全に24時間でやってるって』
『真夜中でもお弁当とかお菓子とか買える』
『あと税金の納付とか、荷物の配達とかも頼めるし』
……うーっそだー。
流石に信じませんよ、そんなの。
24時間も働いたら店員も店長も死ぬじゃないですか。
しかも税金納められる?
ってことは、徴税役人が馬車馬のごとく24時間働いてるんですか?
昼も、夜も、祝日も……?
『うん、365日やってる』
ない。
ないない。
それは、ないです。
コンビニなるものは、実在しません。
みんな私に嘘をついてます。
まーたそうやって無知な私を騙そうとして。
あーあ。
信じてたのになー、みんなのこと。
『そこ疑うところ!?』
『マジだって! あるから!』
『絶対ある! 実在する!』
『儂はこの目でコンビニを見たんじゃ! 本当じゃ!』
いいですか、みなさん。
この配信をご覧になっている人は若い人ばかりだと思いますが。
徴税役人というのは、ほんっ……………………とおー……………………に!
怖いんですからね!
税金を預かるような人が、そんな労働奉仕するわけないでしょう!
『めちゃめちゃ溜めたな』
『そんなに』
例えばあなたたちが、エヴァーンクソ王国の農村の若者だったとしましょう。
毎日毎日、丹精込めて畑を耕し、苗が伸びて、雨季に水を吸って成長して。
苦労の果てに、実りの秋を迎えます。
みんなで喜び勇んで収穫して。
そんな努力の結晶を、エヴァーンの徴税役人は八割もってきます。
『八公二民!?』
『それは死ぬでしょ。絶対死ぬわ』
『エヴァーン王国が想像以上にクソだった』
『大丈夫だ、九公一民の島津藩よりマシ』
『エヴァーン王国>島津藩の序列が決定した』
いや、本当の税率は五割らしいんですけどね。
『五公五民でもちょっとやべーけどな』
『異世界いきたくねえ』
『え、じゃあ3割どこいったの?』
徴税役人がぶんどってるに決まってるじゃないですか。
『えげつねえな』
『それこそ嘘でしょ』
『過酷すぎる』
もちろん、最終的に国に納められるまでいろんな中抜きがあるから、徴税役人だけが私腹を肥やしてるわけじゃありません。
あるいは、ちゃんと農村の状況を理解して、飢饉のときは減免手続きをしたり国に談判してくれる人もいるそうです。
見たことないですけど。
見たことないですけど。
まあともかく、エヴァーン的な価値観で言えば、徴税役人が24時間ぶっ続けて働いて荷物の配達も請け負うなんてありえません!
『徴税役人が直で働いてるんじゃなくて、アルバイトが代行してるだけですよ』
税金をアルバイトが触れるわけないじゃないですか!
盗まれるでしょ!
『あるんだって! マジで!』
『盗まないよ! 募金箱から小銭くすねるバカはいるけど、窓口で税金を盗むバカは多分いないから!』
★☆★スーパーアルバイター:信じてください \1,000★☆★
★☆★ステッピングマン4号:人間不信ですね カウンセリング受けましょう \1,000★☆★
★☆★天下一ゆみみ:コンビニが実在したらなんでもやってくれるんだよね? \30,000★☆★
……いやいやいや!
みんなが私を騙そうとしてる!
ていうかみんなも騙されてるんじゃないですか!?
コンビニなんてありません!
きっとみんな邪悪な魔導師によって集団催眠を掛けられています!
目を覚ましてください!
『そこまで言うなら証拠用意するわ。覚悟しとけよ』
『ちょっとコンビニ行ってくる』
『俺コンビニバイトしてるから何でも答えられるよ』
その意気やよし! かかってきなさい!
私を信じさせたら大したものですよ!
◆
ここはレストラン『しろうさぎ』。
アリスは無事に日本に降り立ち、ようやく誠と出会うことができた。
そして夢の新婚生活が幕を開ける……前に、やるべきことがある。
お引越しの受け入れであった。
アリスの『アイテムボックス』の中にある服や小物など様々な私物を取り出して、居住スペースの空き部屋に整理整頓していかなければならない。
だが流石に人間一人の引越しは大変なもので、二時間ほど過ぎたあたりで誠もアリスも一息つくことにした。
そして休憩がてら、自分たちの撮った動画を振り返りながら眺めていたところだった。
「……どう? 昔撮った動画を見た気分は?」
「恥ずかしいんですけど!?」
誠のにやにやとした表情に、アリスが猛反論する。
「でも視聴者も楽しみにしてるよ。『初めてコンビニに行く!』ってタイトルで動画出そうよ」
「うっ……コンテンツとして必要だし、視聴者の反応も良さそうですよね……。
ていうか最初はたしかに信じませんでしたけど、途中からちゃんと信じてましたからね!?」
「あ、そうなの?」
「そりゃコンビニに買い物に行く動画とか、視聴者が配信し始めたら信じますよ」
当時の生配信のとき、頑としてコンビニの実在を信じないアリスのために、一部の視聴者がカメラをもって各自、最寄りのコンビニに買い物に出かけるという行動を取ったのだった。
「でも、そのとき信じなかったよね? 捏造動画だ―とか騒いでたような」
「納得したら負けのような気がしましたし、その方が面白くて撮れ高大きそうだったので……」
「……じゃあ、ちゃんとコンビニに行ってみんなごめんなさい配信しよっか?」
「うう……撮るべきですよねぇ、それは……。まあコンビニ行くのちょっと楽しみですけど……」
アリスはこうして、たくさんの「地球での初めて」を体験していくことになる。
だがその前に。
「も、もうちょっと動画を振り返ってみましょうか。慌ただしくて忘れちゃったことも多いし。いや、荷物整理が面倒ってわけじゃないんですけど。面倒ってわけじゃないんですけど」
「よし、見てみようか。色々とこっちにきて果たす約束とかあったし、思い出さなきゃ」
「ですね!」
誠とアリスは、荷物解きをサボって動画に見入ってしまうのであった。
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