◆邪知暴虐の王の城を破壊してみた

◆エヴァーン王国 エヴァーン城 正門




 エヴァーン城の正門は静かだ。


 陽が沈む時刻。徐々に空が青みがかり、夜が訪れようとしている。


 そんな時間に用もなく正門の前にうろつく者は捕縛され、刃物の類を持っていれば兵に斬られることもある。それがダモス王の命令だ。民は疑いを招くことを恐れ、迂闊にここを訪れることはない。


 しかし門番長ドルグの目の前に、一人の不逞の輩がいる。


「物乞いか。酔っぱらいか。そこから一歩でも近寄ったら斬るぞ」


 ドルグは、ずたぼろのローブを被った不逞の輩を憐れに思った。


 ドルグは、エヴァーン王城正門を任される門番長だ。エヴァーン王城の警護を任されるためには下級貴族であっても問題ないが、人品は確かで実力は一級品でなければならず、正門を任されるとなると生半可な道のりではない。


 今のドルグがその職責を与えられたのは、人品と腕前があるのは無論のこと、とある仕事の成果があったためだ。


 罪人である「元」聖女アリスの、幽神大砂界までの護送をつつがなく完了したことである。セリーヌなどの反抗勢力に襲われることもなく命令を遂行したことを、ダモス王は大いに評価した。その結果、ドルグはエヴァーン城正門の門番長となった。


 しかし、ドルグの心中はその名誉とは裏腹に寒々しいものであった。


 本当は、アリスを助け、どこかに存在するというセリーヌの軍勢に加わりたかった。だが病床に伏す嫁を見捨てることもできず、ダモス王を裏切るという選択肢を選べなかった。


「ダモス王は冗談を好まぬ。酔っぱらいだろうが道化であろうが斬り捨てよと命じられておる。今一度言おう。去れ」

「門番長、もうよいでしょう。私が斬り捨てます」

「よい、下がれ」

「しかし温情をかけては王になんと言われることか……」

「下がれと言っている!」


 門番長ドルグの圧に押され、部下たちは事の成り行きを見守ることとした。


 それを見たローブの輩は、自分の懐からとある物を取り出した。


「折れた剣……? そんなみすぼらしいもので、王に歯向かおうというのか」

「いいえ。これこそは紛うことなき名剣」

「む!?」


 その朗々たる声に、ドルグは動揺した。


 死ぬ前に一矢報いようとした敗残兵であると思いきや、その声は自信に満ち溢れ、一点の曇りもない。


 なによりも、ドルグはその声に聞き覚えがあった。


 その一瞬の感傷に浸ったとき、不逞の輩の姿は消えていた。


「なにっ!?」

「ぐわっ」

「がっ……!」

「っ……!?」


 そして、ドルグの背後から悲鳴が漏れる。

 振り返ればそこには、見事に昏倒した部下全員と、ゆらりと佇む不逞の輩の姿があった。

 魔法でもなんでもない。

 凄まじい速さで折れた剣を振るい、10人の兵を圧倒したのだ。


「ば、馬鹿な……見えなかった……!」

「初見ばかりと思いきや、懐かしい顔に出会えました。幸先が良い」

「な、なにを訳のわからぬことを……!」


 ドルグは槍を不逞の輩に向けて、裂帛の気合いと共に踏み込んだ。

 しかし槍の穂先は、折られた剣で受け止められている。

 その一合でドルグは確かな敗北を感じた。

 小さな体躯の中に秘められた重厚で凄まじい力を感じ取り、へたり込みそうになる。


「……私は王を倒しに来ました。通して下さいますね?」

「俺の命などどうでもよい……しかし、どんなに力があろうと『聖女』には勝てぬ。殺されるぞ」

「大丈夫。諦めてはなりません」


 そのとき、不逞の輩はずたぼろのローブを脱ぎ捨てた。


「あっ……ああ……!」


 そこにいたのは、純白のドレスに身を包んだ小さな少女であった。

 ドルグは知る由もなかったが、それはどこか別の世界の花嫁衣装によく似ていた。


「あなたは……あなた様は……!」

「これなるは聖剣や魔剣にあらず。竜を叩き殺せども鱗を貫くことなく。しかし、クリスタルスパイダー15匹、デスワーム28匹、ダークスペクター5体、竜1頭、雑兵10名、精兵1名を倒し、私をここまで導いてくれました。これこそ名剣。これこそ私の運命」


 ドルグは、折れた剣を恭しい所作で受け取った。


「アリス様……!」

「ありがとう。さあ、部下を連れて下がりなさい」

「ははっ!」

「【アイテムボックス】」


 そして少女は、どこからともなく取り出した巨大な剣を担いだ。


「……さて、この忌まわしき城の命運も今宵限り」


 びゅうと風が吹いた。

 それは少女を中心に放たれている。

 その身に蓄えられた膨大な魔力が行き場を失い、暴風のように暴れている。

 ドルグは予感した。

 この日、今この瞬間、なにかが終わり、なにかが始まるのだと。


「地の聖女の権能と地球の加工技術の結晶! プロジェクト・ピザカッター最終ver.『城砦破断ケーキナイフ』が! この城の運命です!!!」




◆エヴァーン王国 エヴァーン城 裁定の間




「愚か者め! まだセリーヌは見つからぬのか!」

「申し訳ございませぬ、王よ……」

「あやつの権能がもっとも厄介だ。常に眼を光らせよ。貴様の瞼が閉じたときは首も落ちると心得よ」

「ははっ!」


 王の側近たちは震え、冷や汗を流しながら裁定の間から去っていった。


 憎き魔王を倒し、厄介な聖女たちを追放したエヴァーン国王、ダモス=エヴァーンはこの世の栄華を極めている。


 魔王によって国土を荒らされはしたが、それは周辺諸国も同様であり、エヴァーン王国がもっとも強大であることは揺らがない。聖女二人は去ったが、もっとも強い『天の聖女』がいる。国力そのものは大きく弱体化していても、ダモス王の治世を脅かすことができる者などどこにもいないはずだった。



 だというのに、ダモス王はなにかに怯えていた。

 黄金に輝く髪は逆立ち、切れ長の目は険しく歪む。


「お、王よ……。あなたを脅かす者などおりませぬ。もうお休みになられた方が……」


 『天の聖女』ディオーネが労るような声を掛ける。

 ダモス王によく似た切れ長の瞳は、憐憫に彩られていた。

 流麗な金の髪も、どこか精彩に欠けている。


「嫌な予感がするのだ」

「すべて私がお守りいたします。もっとも、私などよりもダモス王の力が……」

「愚か者! 誰かに聞かれたらどうする……!」

「すっ、すみません!」


 ダモス王の叱責を受け、ディオーネは自分の口を閉じた。


「わかるな。我が愛しき妹よ。そなたは天の聖女。そして王の血を継ぎし者。セリーヌやアリスなどとは違う、神に選ばれし者なのだ」

「はい……」

「怖がらせてすまぬな。今日はもう休むとしよう」


 ダモス王が、どこか疲れた声をしつつもディオーネに優しく語りかけた。


 陽は沈み、穏やかな夜が訪れようとしている。


 この静寂をざわつかせる者などどこにもいない。


 そのはずであった。


「なにいっ!?」


 凄まじい揺れと衝撃が城全体に響き渡った。どたどたと耳障りな音を鳴らしながら、先程出ていったばかりの側近や騎士が王を守るために裁定の間に足を踏み入る。


「騒々しい! 何事ですか!」


 ディオーネの怒りの声に、すぐに答えは返ってきた。


「襲撃です!」

「そんなことはわかります! 敵は誰ですか! どこの軍勢です!」

「不明です!」

「城門が破られました!」

「さっさと調べなさい!」

「敵は単騎! 軍勢はいません!」

「そんな馬鹿なことがありますか!」


 怒号と悲鳴が鳴り響いた。

 混乱と恐怖が謁見の間を支配する。


 だが、とある一言によって沈黙が訪れた。


「アリスです! 攻めてきたのは『人の聖女』アリスです!」


 全員が、呆気に取られた。


 ある者は、生きているはずがない、誤報だと思った。


 ある者は、ついにこの日が来てしまったかと絶望した。


 そして王は、笑った。


「アリスだと……? はっ、はは……『地の聖女』が来たかと思えば、なんだ、あのペテン師ではないか。あやつを信じる者が何人いる? 1万人か? 5万人か? その程度の僅かな力を頼りに城門を破ったところで、『天の聖女』の足下にも及ばぬわ」

「ええ。我が権能は無敵。あの田舎娘など私の足下にも及びませんわ」


 一人の笑いが、二人の笑いになった。


 やがて側近たちも追従の笑みを浮かべる。


 その笑いを裏切るかのように、裁定の間の壁の上の方に、奇妙な直線が光った。


「……あれ?」


 誰かが疑問を呟いた。


 だがそれは笑いの中にかき消える。


 気付いたときはすべてが手遅れであった。


 シャンデリアが落下する。


 柱が崩れ落ちる。


 そして、天井にあたる部分が、直線に沿って滑り落ちた。




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