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 本日も『聖女アリスの生配信』の動画編集会議が始まった。


 普段は和気あいあいとしながらこういう動画を撮ろう、こんな企画はどうだろうというポジティブな話題で盛り上がるが、今日ばかりは「どーすんのこれ?」という重々しい空気から始まった。


「……ほんとーに申し訳ございませんでした!」

「まあまあ落ち着いて、セリーヌさん。そもそも俺が最終チェックで見逃してゴーサイン出しちゃったしな。責任云々を言うなら俺のせいだし」

「ですが……」

「今更慌てたって仕方がないさ」


 セリーヌが『鏡』の前で平伏するように誠に詫びていた。

 事の発端は、アリスの動画『夕暮れ時』で使ったポットだ。


 アリスは、なにげなく誠からもらったものを使っただけだった。

 通販で買えるもので、そこまで珍しい種類のものではない。


 だが、持ち手のところに、ほんの僅かな引っかき傷がついていた。セリーヌが撮影に使った4Kカメラは確かにその傷を映し出していた。


 そして、まったく同じ傷のあるポットが、アリスとは別の動画から発掘されてしまった。

 それは料理系動画を投稿している『しろうさキッチン』というチャンネルの動画だ。ポットの傷の一致に気付いた人は「アリスのマネージャーはしろうさキッチンの配信者『しろうさシェフ』ではないか?」という仮説を上げ、検証まとめサイトでは今まさに盛り上がりを見せていた。


 これを誠たちは座視しているわけにはかなかった。

 この『しろうさシェフ』とは、まさしく誠のことだからだ。


「よくもまあ見つけ出せるもんだね……。偶然だろうとか、よく見れば違うとか赤の他人のふりして書きこんで、なんとか誤魔化せないかね?」


 翔子の楽観的な言葉に、誠は首を横に振った。


「……今はまだ半信半疑の人もいて疑惑の域を出てない。けど、このまま特定を進められたら意図しないところから確定的な証拠が出てくると思う。可能な範囲で俺の痕跡は消してるけど、こういう人の推理力は甘く見ない方が良い」


 以前、誠はアリスの生放送で声が入ってしまったことがあった。スプリガンに襲われたときに大声でアリスを呼びかけている。後で動画を編集して誠の声は消したが、そのとき生放送を見てた人間はまだ記憶に残っていたらしく『しろうさシェフと声が似てる気がする』という書き込みもあった。


「じゃあ、どうする?」


 スプリガンの言葉に、全員がうーんと唸った。


 誠や翔子はもちろん、霊廟側の人間も「アリスのスキャンダル」が大きな問題になると予想できる程度には地球の文化・芸能に染まっている。この対処を一歩でも間違えたとき、フォロワーがフォローを外し、称賛が非難へと変わり、極論が暴論を呼ぶ。


 再生数が再生数を呼ぶ「バズ」と現象はよく似ているが、ネガティブな感情や人気の衰退というマイナスをもたらすものは「バズ」とは呼ばれることはない。


 俗に言う「炎上」であった。


「ど、どうしましょうか……?」


 アリスが青い顔をして恐れ慄いている。


 無理もないと誠は思った。今までこの50万という数字を築き上げたのはアリス自身だ。それが失われることは、ただ単に聖女としての権能や力が弱体化するだけの話ではない。追放されて行き着いた場所で、もう一度「お前の顔なんて見たくない」というメッセージを突きつけられる。


 それはなんと残酷なことだろうと、誠はアリスの恐怖を想像した。


「パッと思いつくのは、噂が沈静化するまで活動を控える……などでしょうか。あるいは、噂など一切ないものとして無視して活動を継続するか」

「そうだね、気にしないってのが一番な気がするなー。人間ってけっこう飽きっぽいし」

「守備や防御力は大事じゃ、うむ」


 セリーヌの提案に、スプリガンとガーゴイルがうんうんと頷く。

 アリスも具体的な方針が見え始めて、こころなしかほっとした顔を見せる。


「……いや、ダメだ」


 だが、誠は首を横に振った。

 スタッフ全員が意外な顔をして誠の顔を見る。


「まず、活動自粛はマズい。確かに効果はあるけど勢いもなくなる。そうなってからもう一度勢いを取り戻すのは難しい。多分、まったく新しい人をデビューさせて50万フォロワーに届かせる方がまだ簡単かもしれない」

「飽きられたらおしまいか……。人気商売は辛いね」


 翔子が苦い顔をして頷いた。


「じゃあ、気にしないって方向は?」


 スプリガンの言葉に、誠は頷きつつも反論した。


「それも有効だと思う。けど証拠を突きつけられて黙ったままだと、スキャンダルや炎上の可能性は大きくなると思う。それに好奇心を刺激してここに忍び込まれて『鏡』を発見されたらマズい。強盗まがいのことを考える記者や炎上系配信者が現れたっておかしくない」

「あ、そっか。『鏡』になにかがあったらヤバいんだね」


 スプリガンの言葉に、翔子が頷いた。


「そこなんだよ。産業スパイが現れたっておかしくはないからねぇ……アレを前もって用意しておいて良かったよ」

「前もって? なにか買ったのですか?」


 翔子の意味深な言葉に、アリスが問いかける。

 翔子は、待ってましたとばかりに不敵な笑みを浮かべた。


「コンテナハウス」

「こ、こんてなはうす?」

「ウチの工場の空き倉庫の中に、誠がカンヅメ生活を送れるスペースを作っておいたのさ。誠は『鏡』や機材と一緒にそっちに移ってもらう。流石に狭くはなるけど、監視カメラはちゃんとあるし警備会社とも契約してるから、下手にマンションや事務所を借りるより安全だよ」


 翔子の言葉に、誠が頷いた。


「そういうことにしたんだ。ちょっと事後承諾みたいな感じになっちゃって悪いんだけど、セキュリティのために配信収益を崩して引っ越しをする。夜逃げっぽくコッソリ」

「それは構いませんが……お店はどうするんですか?」


 アリスが心配そうに尋ねる。


「2、3ヶ月休業するよ。アルバイトには悪いけど休業補償を払ってしのいでもらう」

「その程度の期間でなんとかなるものでしょうか……?」

「ああ。上手く行けばそんなに時間は掛からないと思う」


 誠の意味深な言葉に、アリスはますます疑問を深めた。

 そこに、セリーヌが微笑みながら口を挟んだ。


「誠さん。用意周到なのは褒められるべきところですが、そこまで準備を進めたからにはなにか作戦がある……という理解でよろしいのですね?」

「もちろん。それをこれから説明をしたい……んだけど、その前にセリーヌさんと二人だけで話したいことがあるんだ。悪いけど、みんなちょっと席を離れてくれるか?」







 誠の言葉を不思議に思いつつも、全員が意を汲んで席を外した。


「そういえば、こうして二人でお話するのは珍しいですね」

「ああ、確かに」


 セリーヌが感慨深い様子で呟き、誠もうなずく。


「……改めて、直接お話しなければいけないとは思っていました。アリスを助けてくれて、こうして手伝ってくれて……本当にありがとうございます。なんとお礼をすればよいのかわからないほどです」


 セリーヌがそう言って、柔らかな微笑みを浮かべた。


「いやいや、大したことじゃないよ」

「革命が成功すれば領地や官位などもご用意できますが」

「俺がもらっても仕方ないかなぁ……悪いけど辞退するよ」

「あら残念。色々とお手伝いをお願いできたのに。あなたみたいな人が国にいてくれたら心強いのですが」


 セリーヌが冗談交じりにくすくすと笑いをもらし、誠もつられて笑った。


「でもちょっと意外だな。苦手に思われてるかなって思ってたもんで」

「……ソンナコトナイデスワ」

「なんで片言?」


 セリーヌが微妙に目をそらす。


「い、いえ、そういう機微を表に出さないのは得意だと思っていたので……そ、そうですか、ばれていましたか」

「あー、いや、勘が働いただけというか……。もしセリーヌさんの立場だったら俺のこと微妙に気まずいだろうなって。アリスとのケンカの原因みたいなもんだし」

「おほん! た、確かにそういうところがないとは言えません」

「はい」


 セリーヌが咳払いをして、ゆっくりと話を始める。


「……私にとって、アリスは妹のような存在でした。生まれこそ違いますけど10年近く共に過ごし、いろんなことを教えましたし、いろんなことを教わりました。苦楽を過ごしました。可愛がっている家族が嫁にいってしまうような気分になって……」

「アリスも、姉のような人だと言ってたよ」

「あら、それは嬉しいですわね」


 その言葉とは裏腹に、セリーヌの顔には陰りがあった。


「ですが……アリスが裁判に掛けられた日、どうしてもアリスを助けるという決断ができませんでした。アリスを追放する名目で開かれた裁判は私をおびき出して殺すための罠でしたから。側近にも止められたとは言え、最終的に納得して受け入れたのは私自身です」

「……セリーヌさん」

「殺されないだろうとは思っていました。アリスを殺してしまえば、アリスを信奉していた者たちを刺激して破れかぶれになるかもしれませんから。でも、そうはならない可能性も当然あって……私は目をつぶりました。だから『アリスの姉です』などと言う資格は、私にはないんです。あなたを見ていると、アリスを救えなかった自分の情けなさを感じて……少し、つらくて」


 絞り出すように、セリーヌはつぶやく。

 だが、すぐに恥ずかしそうに口元を押さえ、明るい表情を取り戻した。


「ああ、なんだかすみません、誠さんからお話があるのに私の話ばかりで」

「いや、いいんだ。むしろ聞けて嬉しかった。だからこそセリーヌさんに相談したいことがある」

「だからこそ……?」

「ちょっと耳を拝借」


 セリーヌは首を傾げつつも、誠に耳を貸した。


 そして話の内容に、「うえあっ!?」と素の驚きの声を上げた。

 その内容があまりにも突飛で、リスキーであったからだ。


「しっ、し、失礼、つい声が……」

「いえいえ」

「ええと、誠さん……それ、本気でやるおつもりですか?」


 セリーヌの少々引き気味の声に、誠はしっかりと頷いた。


「ああ」

「アリスではなく、あなたが炎上しますわよ? 私やアリスは炎上したところでこちらの世界で生きていけますが、あなたが炎上したらあなた自身の人生がどうなるかわかりません」

「ああ」

「今のアリスのフォロワーは51万4959人。その全員から敵意を向けられることになります。地球の文化には疎いのですが、殺害予告が届いたり、付け狙われたり……ということも十分ありえるでしょう」

「俺個人の印象は悪くなるかもしれないけど、アリスの方は大丈夫だと思う。少なくとも、一時的には祝福がたくさん来てアリスの力になる」

「それはそうでしょうけど……」


 セリーヌが逡巡する。


「やはりリスクが高いと思います。あまり賛成はできませんし、アリスも……いや、アリスは喜ぶかしら? でも、ううん……」

「そこは俺が説得します」

「……誠さんに、前々から聞こうと思っていたことがあります。なぜ、そうまでしてアリスを助けようとするんですか? 元はと言えば見ず知らずの他人。あなたとは関わりのないことでしょう?」


 セリーヌの言葉に、誠は苦笑を浮かべた。


「アリスもセリーヌさんも、俺がまるで聖人君子かなにかみたいに思ってるけど、そこは勘違いだよ」

「勘違い?」

「俺だってアリスに助けられた側なんだよ。アリスがバズらなきゃ今頃借金して、更に借金を返すための借金をして、きっと首が回らなくなってた。この家を担保にして失って路頭に迷う……ってのも現実的にありえたよ」

「疫病の影響ですか」

「コロナのせいで客がちっとも来ない。けど今や広告収益はどんどん入金されてきて生活に不自由はしないし、お店を休業してもアルバイトたちに出すお金も満額用意できる。俺と従業員の生活を救ってくれたのはアリス、そしてセリーヌさんだよ。ついでにガーゴイルとスプリガンも」

「ならばこそ、無理をしなくてもよいではありませんか。お互いに助け合っているならばあなたがそこまで気に病むこともありません」


 セリーヌの言葉に、誠は首を横に振った。


「でも、命を張って冒険するのって、アリスばっかりなんだよな。俺は魔物にも敵にも襲われない安全なところにいて動画編集したりマネージメントしてるだけで。リスク負ってないのって俺だけだよ」

「しかし……」

「たまには体を張りたいんだ。いや体は張ってないか。でも人生は賭けてるとは思う。だからセリーヌさん。俺がやろうとしてることに協力して欲しい」


 セリーヌは黙り込み、考え続けた。

 誠も、何も語らずに待ち続けた。

 時計の秒針が何回か回った頃に、セリーヌがようやく口を開いた。


「誠さん」

「はい」

「『鏡』に近寄ってもらえますか?」

「え、ああ、はい」

「もっと近く。額を『鏡』にくっつけて」

「いいけど……いてっ」


 誠が驚いて『鏡』から離れた。

 セリーヌは誠の額を中指で弾いたのだ。

 困惑して誠はセリーヌを見つめる。


「えーと、それにどういう意味が……?」

「特に理由はありません。あえて言うなら……こちらの世界のアリスの結婚に納得しない人のかわりに、『一発叩いておきました』と言い訳するためでしょうか」


 セリーヌがくすくすと笑う。

 そして笑いが静まったあたりで再びセリーヌは誠と正面から向き合った。


「協力します。準備を整えましょう」




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