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「食らえ!」

「なにっ……!?」


 雷鳴のような音が響き渡った。

 それは、巨人の拳を受け止めた剣がひしゃげ、そして砕け散る音だった。


「ふん、その程度か」


 重苦しい水音が響き渡った。

 それは、アリスの体が吹き飛ばされて壁に叩き付けられた音だった。

 だが誠も、そして視聴者も、音と視覚が脳の中で結びつかなかった。

 人間の体が出して良い音ではない。


「我はスプリガン。幽神様の誇り高き眷属にして、幽神霊廟、地下十層の番人である。ああ、貴様の名は言わずとも良い。覚えるほどでもなさそうだ」

「な……なんだ、と……番人……?」

「大丈夫か!? 逃げるんだ!」


 誠の叫び声に、アリスは皮肉げな笑みを浮かべた。

 どこに逃げようというのか。

 ここは幽神霊廟。

 外は熱砂の砂漠であり、中は恐ろしい魔物がうごめく地獄。

 そしてかろうじて確保した自分の安全圏は、目の前の怪物によって荒らされようとしている。

 冗談じゃない。


「まったく、何百年ぶりかの侵入者で心躍らせたものだが、がっかりさせてくれる」


 スプリガンと名乗った巨人が、値踏みするようにアリスを見る。

 だが、アリスはスプリガンの言葉も、視線も、届いてはいなかった。

 それ以上に、怒りを燃やしていた。


「初めての……」

「うん?」

「初めての! 配信だったんですよ! よくも滅茶苦茶にしてくれましたね!」


 アリスが立ち上がった。

 既にスプリガンの一撃で満身創痍だ。

 だがそれでも、闘志を失ってはいない。


「無茶だアリス!」

「なんでもいいです……武器を頼みます!」

「武器、って……戦うつもりか!?」

「はい!」


 アリスは剣の柄を投げつけた。

 巨人は意に介することなく不気味にアリスを眺めている。


「ふむ、その意気や良し。……しかし、『鏡』が起動している? 異世界と繋がったのか……?」

「よそ見をしてる暇がありますか!」

「ぬっ……?」


 巨人の視線が外れた瞬間に、アリスはシーツを投げつけた。

 当然巨人はそれを剥がそうとするが、その手に絡みつくものがあった。

 荷造り用の紐だ。


「猪口才な!」


 巨人の鉄の指は簡単に紐を千切り、シーツを破る。

 だがその間に、アリスは新たな武器を手にしていた。

 幾つもの包丁。

 そしてドライバーだ。


 包丁は料理動画の撮影のために用意だけしておいて、まだ使用しなかったものだ。ドライバーは、家具の組み立てに使ったもので、アリスの部屋に置きっぱなしにしていた。


「身のこなしは良好。しかし駆け引きや機微には疎いですね」

「はっ! そんな頼りない玩具で倒せると思ったか!」

「思ってはいませんよ。しかしあなた、ゴーレムや魔導生物に属していますね? どんなに強力でも種類がわかれば対処はできます」

「口だけならばなんとでも……ぐっ!?」


 スプリガンが動きを止めた。

 踵の裏側の隙間に、包丁が突き立っていた。


「ゴーレムは、魔王が死霊の次に愛用していました。土塊や泥のゴーレムは幾らでも大きくなるものの総じて鈍足。そして、あなたのような金属のゴーレムは重量級でありながら敏捷性に富み、油断できません……が、決して無敵というわけでもない」


 スプリガンが無理矢理自分の足を動かし、アリスに近付こうとする。

 だがバランスを崩して転倒した。

 凄まじい音が響き渡る。


「関節部の隙間が多い癖に、感覚が鈍い」

「……ぅおのれ! 小癪な!」


 スプリガンが自分に突き刺さった包丁を抜く。


 だがその隙にアリスはドライバーや千枚通しなど、どのご家庭にもある工具や調理道具を使ってスプリガンの関節を封じていく。


「ぐぐっ……貴様、卑怯だぞ……!」

「人の部屋に勝手に押し入っておきながら、卑怯もクソもありますか!」

「勝手に住んでるのは貴様だろうが!」


 そして、膠着状態が訪れた。


 アリスが持っていた工具も調理道具も尽きた。すべて、スプリガンの体の各関節に突き刺さっていた。


 一本や二本であれば力任せに関節を動かして工具ごと折り曲げるくらいはできたかもしれない。だが、今や何本もの工具がそれぞれの関節の動きを封じている。むしろ、スプリガンがもがけばもがくほどそれらはきつく食い込む状態になった。


「……ははは」

「なにかおかしいことでも?」

「詫びよう。舐めておった。油断していた。ドラゴンを退治する程度で四苦八苦するような脆弱な魔力の持ち主だ。暇つぶしにもなるまいと思っていたが、なかなかどうして大したものだ。貴様の名は?」

「……アリス。アリス=セルティです。負け惜しみはそれだけですか」


 そう言いながらも、アリスは冷や汗を流していた。

 一見、アリスが有利だ。

 だがこのまま長引けば不利なのはアリスだ。

 いかに動きを封じたとは言え、スプリガンの強さは本物だ。アリスは最初に一撃を食らってそれを重々承知していた。


「ああ。ここからは本気で相手をしようではないか」


 スプリガンの右拳に、ほのかな光が灯った。

 それは徐々に強まり、恐ろしい熱を発していく。


「なっ……ゴーレムが魔法を使うだなんて……!?」

「幽神の名の下に、出でよ地獄の炎……【獄炎】!」


 凄まじい爆音と炎が上がった。


「アリス!」


 誠の叫びも虚しく、閃光と爆発が全てを白く染め上げた。







「なんだこれ、凄いな……?」


 吉沢太一郎は大学生である。


 趣味は模型制作と卓上ゲーム、そして動画投稿だ。


 ドイツから仕入れた卓上ゲームをプレイしたり、あるいはプラモ制作、キット購入といったホビー関係の動画を撮影して動画投稿している。


 外見は、いかにもオタクらしい痩せぎすのメガネ男子。しかし喋り方が軽妙で嫌味がなく、動画のつくりもわかりやすいため多くの視聴者を抱えていた。100万人ものブックマークを稼いでいる有名配信者に比べればまだまだ可愛いものだが、それでも普通にバイトする以上の広告収入を得ている。


 吉沢は当然、現状に甘んじるつもりはない。コロナ不況のため就活が惨敗中で、動画配信で食べていく選択肢が現実的になってきたという側面もあるが、それを抜きにしても純粋に多くのフォロワーを集めて自分のチャンネルを拡大したいという夢と野心を持っている。


 吉沢は単純に好きなのだ。模型を作ることも卓上ゲームをプレイすることも、そして動画を制作することも、どれも吉沢の胸をときめかせるものだった。


 そんな吉沢は、自分と同じような『トルチューバー』の動向にも敏感だった。コラボできる相手を探したり、同じ趣味を共有する友人を増やしたかった。吉沢は社交的なオタクだった。そのため今日も新たな動画配信者がいないか、SNSをチェックしていた。


 そして、ついに見つけた。


「CGとかじゃないよな……? どこだよここ……?」


 奇妙な動画だった。


 どうやらチャンネル開設したばかりらしく、5本程度の動画しかない。最初の動画は、銀髪の女騎士みたいな少女がイタい自己紹介をするだけの内容だった。しかも自分の国に対する謎の怨念に満ちている。


 ずいぶんオタク文化に染まった外国人さんだなと思った。が、すぐにちょっとこれはおかしいぞと気付いた。


 まず、撮影している風景がおかしい。この石畳の神殿みたいな場所はいったいどこなのだろうか。ドイツや東欧の古城のようにも見えるが、それにしてはどうも広々としすぎているような気がする。これだけ壮大な場所であれば、世界的に有名な観光地になっていてもおかしくないはずだ。


 服装も妙だ。胸甲にマントというファンタジー丸出しのコスプレだ。そのはずだが、妙に風格とリアリティがあった。胸甲の傷やへこみは、まるで本当に魔物か何かと戦ったかのようだ。マントも古びていて、まるで砂漠あたりで長旅をしたかのような質感があった。


「な、なんだこれ……! どうなってんの……!?」


 そして次の動画を見て更に吉沢は度肝を抜かれた。


 巨大なクモ。

 スライムとしか言いようのない、粘液状の怪物。

 空を駆けるドラゴン。


 そして、それらをばっさばっさと倒して行くアリス。


 吉沢は既に、アリスのチャンネルの虜になっていた。

 SNSで拡散しつつ、生配信の画面を開く。

 そして更に度肝を抜かれた。

 アリスが今まさに、謎の鋼鉄のロボットと戦っているのだ。


「うおおおお!? なんかすげえことになってるぞ……!」


 吉沢は実況を始めた。

 SNS上で画面スクショと共に呟きを投稿し、自分のフォロワーに拡散させていく。

 吉沢のフォロワーもまた動画に衝撃を受け、ますますアリスの情報が拡散していく。


 視聴者数を示すカウンタが、激しく回り始めた。




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