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「……こいつはおったまげたね」


 翔子が、ぽかんとした顔で呟いた。

 その視線の先にあるのは『鏡』、そしてアリスだった。


「突然この鏡が変な世界に繋がって、そこのアリスちゃんがいたと」

「そうだ」


 誠が、翔子の言葉に頷く。


「で、アリスちゃんを助けるために食料とか服とか毛布とかを与えたと」

「そうだね」


 誠が再び、翔子の言葉に頷く。


「で、一緒に動画配信者になると」

「そういうことになった」

「それがわかんねーんだけどぉ!?」


 翔子がキレ気味に質問をぶつけた。

 誠はまるで気にせず、翔子の言葉に頷く。


「翔子姉さん。気持ちはわかるが怒らないでほしい。俺もわけがわからないんだけど、そういうことになったんだ」

「いや……ファンタジー小説とかファンタジー漫画とかは嫌いじゃないけど、流石に予想外だったよ。電話で真剣な声で相談があるって言われたから、てっきり金に困ったからお金貸してーとか言われるのかと」


 はぁ、と翔子が疲れた溜め息を付く。


「言ったじゃないか、大丈夫だって」


 誠が憮然として反論するが、翔子の目は厳しかった。


「それは『今月は大丈夫』ってことなんじゃないかい? まさか半年とか一年とか、ずっとこの状況が続いても大丈夫って言えるかい?」

「それを言われるとキツいっす」

「あんたねー、他人を助けてる暇あるのかい?」

「そうです、もっと言って下さい翔子さん!」


 翔子の叱責めいた言葉に、何故かアリスが便乗してきた。


「余裕あるんですかって聞いても、この人いつも曖昧にはぐらかすんです。キュウフキンがあるから大丈夫とかなんとか……」


 くどくどとアリスが愚痴を漏らす。

 翔子は最初呆気に取られてアリスの言葉を聞いていた。

 次第に、翔子の表情の険しさがほどけてゆく。


「……というわけなんですよっ! 私の言うことちっとも聞いてくれないし! ねえ翔子さん!」

「あっはっは、なんだいそりゃ」


 気付けば、翔子は声を上げて笑った。


「え、えーと、なにか面白かったですか?」

「あべこべじゃないかい。誠は能天気で、あんたが誠の懐を心配してるんだから」

「は、はぁ……」

「気に入った。相談があるなら乗るよ」

「え?」


 アリスの困惑など気にせず、翔子は話を続けた。


「あたしが気になったのは、鏡が異世界に通じてるってことだけだよ。誠が苦しい女の子を見捨てて放置したらむしろ怒るところさ」

「え、そっちですか?」

「だいたい誠、アリスちゃんのこの服はなんなんだい! もうちょっと可愛い服とかあるだろ!」

「あ、うん、それは同感」


 アリスが今着ているのは、猫がフレーメン反応してる柄のパーカーだ。

 サイズが大きすぎてだぶだぶになっており、それをワンピースのようにして着ている。誠は他にも落ち着いたデザインの服を通販で買って与えていたが、なぜかアリスは猫パーカーを好んで着ていた。


「ファッションセンスもアレだし、部屋は殺風景だし……もうちょっとなんとかならないのかい。ベッドもないし。石畳の上に布団じゃ寒いだろう」

「今、アレって言いました?」

「一応布団の下にアウトドア用の断熱シートを敷いてるけど、やっぱりベッドのほうが良いよなぁ」

「今、アレって言いましたよね?」


 翔子が、アリスの質問をスルーして手をぱぁんと叩いた。


「よし! 乗りかかった船だ。服とか毛布とかベッドとか、まずはそっちを用意しようじゃないか」

「え? い、いや、これ以上は流石にもらえません! 十分です!」

「年頃の女の子がそんな殺風景の部屋に住ませとくわけにはいかないよ。武器だかなんだかが欲しいみたいだけど、ちゃんとした生活をしない人にはなにもあげられないね。ちょっと待ってな」

「待ってなって、翔子姉さんどうするつもりだ?」

「ちょいとツテがあってね。またすぐ来るよ!」


 翔子は困惑する二人にそれだけ言い残して、颯爽と去っていった。







 翔子が再び現れたのは次の日のことだった。


「こりゃ見違えたな……」

「はっはっは、これがちゃんとした生活ってもんだよ」


 翔子が、鏡の向こうのアリスの部屋を見て自慢気に微笑んだ。

 昨日の今日で、翔子は様々な家具を調達して持ってきたのだ。


 アリスの部屋に新たに置かれたのは、まずは簡易な組み立て式ベッド。

 そしてアルミ製のラック。

 床に敷く分厚い絨毯。

 椅子と机、クッションやカーテンなどもアリスの部屋に押し込んでいる。

 一人暮らしの女の子の部屋……というにはまだまだ物が少なく、壁や天井の無骨さも消しきれていないが、それでも十分に見栄えするようになった。


「まだまだ足りてないところはあるけど、まずはこんなところかね」

「しかし翔子姉さん、どこで見つけてきたんだ? もしかして全部新品?」

「……知り合いの娘さんが旅行代理店に就職して東京に引っ越す予定だったんだけど、コロナで内定取り消しになっちゃってね……家具店に返品しようにも上手く行かなくて扱いに困ってたんだよ……」

「つ、つらい……」

「中古の家具店に売ろうにも安く買い叩かれるのがオチだし、せっかくだからあたしが買い取ったのさ。あんたらがもうかったら代金を請求するから、がんばるんだよ」

「いや今払うよそれは」

「ダメだ。あんたはあんたの店の心配をしな」


 翔子は頑として受け取るつもりはなさそうだった。

 仕方ない、きっちり稼いで倍にして返そうと誠は内心で決意をする。


「そういえばアリスはまだ着替え中かな?」

「こ、ここにいます」


 アリスは、鏡の前にいなかった。

 誠たちの視界に入らないよう、家具の物陰に隠れていた。


「着替え終わったんだろう? 恥ずかしがってないで出ておいでよ」

「わ、笑いませんか?」

「笑うわけないだろう。ほら、早く」


 翔子に急かされ、アリスがおずおずと鏡の前に現れる。

 そこには、現代的なファッションに身を包むアリスがいた。


「ど、どうでしょう……?」


 頭にはキャスケットを被り、サングラスを掛けている。

 上半身は涼し気な半袖のパーカー。ただし柄は猫ではない。

 下半身はスキニーなデニムパンツで、靴は白字にピンクのラインが入ったスニーカー。

 つややかな銀髪以外、現代人との違いはどこにもなかった。


「うん、いい感じだね」

「おお! 似合う似合う!」


 翔子が自慢げに微笑み、誠も手放しで褒めた。


「ううっ……どうも落ち着きません……」


 そしてアリスは正反対に、悔しそうな恥ずかしそうな顔をしていた。


「クール系だな。帽子もサングラスも格好いい」

「向こうの世界が砂漠らしいからサングラスあると便利だと思ってね。ちなみにもっと可愛い感じの服もあげたよ。着たがらなかったみたいだけど」


 翔子は、妙に残念そうな口ぶりで言った。


「翔子姉さん、着せたかったの?」

「ウチの家族や親戚は男ばっかりだから、女の子の服を買って着せるってやってみたかったんだよね」

「助かるよ。俺が女の子の服を全部選ぶのは流石にセンスの問題が出るし」

「こういう手伝いなら大歓迎さ」


 ふふっと翔子が笑う。

 しかし、アリスが困り顔で口を挟んだ。


「で、ですが、流石に贅沢というものでは……」

「大丈夫、必要経費だ。トルチューバーっぽいカジュアルな印象の服装をするのは仕事の一つ。今の時点ですごく絵になってるし、絶対に視聴者数を稼げる」

「じょ、冗談はやめてください……」

「口説くならあたしのいないところでやりな」


 誠の言葉に、アリスがますます恥ずかしそうに身じろぎし、翔子が呆れたとばかりに肩をすくめた。


「い、いや、そうじゃなくてだな! 配信者としての仕事をする上で服は必要だし、そうでなくても生活必需品だし、遠慮して欲しくないんだよ」

「ぜ、善処しますけど……でも」

「でも?」

「……新しい服を買う前に、もらったものを、大事にしたいです」


 アリスの声は蚊の鳴くような小さな声だったが、それを聞き届けた誠と翔子は満足そうに頷いた。


「アリスちゃん、他の家具類は大丈夫かい? 組み立ては任せちまったようだけど」

「いえ、問題ないです。陣地の設営にしろ大工仕事の手伝いにしろ、戦争中はよく手伝ってましたから。棚もベッドも組み立てやすかったです」

「そりゃよかった」

「で、そのぅ……そろそろ本題の相談をしたいんですけど、いいですか……?」


 アリスがおずおずと話を切り出すと、翔子はしっかりと頷いた。


「ああ、もちろん。服のコーディーネートは……」

「そうではなく! 武器です!」


 翔子の言葉を遮るようにアリスが叫ぶ。


「武器?」


 翔子がきょとんとした顔で聞き返した。




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