第18話 初めての依頼を受けよう!

 とりあえず囚人服は着替えた方がよいとの事だった。


 

 僕はシナに言われ、CHUSチウス第4支部の2階、各個人が暮らしている一部屋に招き入れられた。

 


 どうやらその部屋は第4班を辞めた内の1人が使用していた部屋らしい。まだそこかしこに生活感が残っていた。

 ベッドや机はそっくりそのままである。

 本当に今も誰かが使用しているかのようだった。

 最も顕著けんちょだったのは、服だ。

 まだ着れそうな服がいくつもあり、普通に畳んで積まれている。

 僕はその内の一つを拝借する事になった。


 

 僕には少し大きいのだろう。そですそに余りがある。だが、着れるに越した事はない。僕はそではたくし上げ、すそは折って上げた。

 


 僕は着替えて、一階に降りていった。

 事務所に向かう。

 事務所はカリオストロとリーブルがおらず、シナがだけがそこに残っていた。



「おー。馬子にも衣装」

 シナはパチパチパチと手を叩いている。

「ありがとうございます。馬子にも衣装の意味分かって使ってますか?」

「うん。白衣がピッタリ」

「ええ、まぁ、ずっと慣れ親しんだ服装ですからね」

 ピッタリなんて笑顔で言わられると少し以上に照れてしまう。静かにしていたら、とても綺麗な子なのだ。笑っているとさらに綺麗に思えたりした。




「そ、そんな事より、カリオストロさんやリーブルさんはどこに?」

 僕は自分の中にできた感情を打ち消すように、問うた。

「2人とも依頼があったので、行ってもらった。多分、クスクスから聞いてると思うけど、お金をもらって人助けをしてる。その内の依頼の1つ」

「そうですか。僕も行きたかったですけどね。この組織で動くなら、依頼とかちゃんとこなしていきたいですし」

「だから、もう1つの依頼は私とジョンブールで受ける事にした」




「え、ああ、もう1つあったんですね。どんな依頼なんですか?」

「犬探し」

「へ?」



 ドヤ顔で言われた。

 多分、飼い犬を探してくれという依頼なのだろうが、説明が少なすぎる。

 この子は会った時から少し思っていたが、絶対に人に誤解される事が多いだろう。

 言葉が少なすぎるのに、もう伝えたみたいな顔をするのだ。

 コミュニケーションがしっかりとれていない人もいるんじゃないか、と思えた。



 ただ、まぁそれはどうでも良かった。

 僕はアンカーテイルさんに言われた。

 目標のない人生なんて死んでいるのも同然だ、と。

 僕はシナを助ける為に生きたい。そう思ってしまったのだ。それが本当に目標になるかはさておき、それを目標となるように動こうとは思っている。

 コミュニケーションなんてのは、話していけばいずれどうとでもなる事だと思う。



「じゃあ、行きましょうか、犬探し」

「うに」

 僕はとりあえずはその犬探しを全力で行う事にした。



 同時に目標を持って生きるというアンカーテイルさんに言われた生き方は、妹の時に既に失敗したんじゃないか、と心のどこかで誰かが訴えかけていたような気がした。


◇ ◇


 シナの予想では、探す犬は第二商業区方面にいるのではないか、との事だった。


 

 第一商業区は最も大きな繁華街を持ち、クリミナルシティの外からの輸入商品を扱っているのに対し、第二商業区はクリミナルシティの中で生産された商品を扱っているらしい。

 ただ、外の商品は価格を統制されていることもあり、第二商業区は闇市に近い状態だそうなのだ。

 


 つまり日用品なんかは、第二商業区で買われる事が多い。

 特に今回の依頼主は散歩がてら買い物に行っていた事が多いらしく、犬がいるとすれば第二商業区方面だという事だった。



 テンション爆上げで走り回った後、冷静になったら寂しくなり、見慣れた道をトボトボと歩いているのではないか、というのがシナの予想だった。



 ……そんな単純なもんなの?

 


 とも思ったが、シナはこの道のプロだ、と自称している。

 とりあえずは散歩ルートを辿って歩く事にした。

 両脇に露天商が並ぶ通りを2人で進む。



 進みながら、僕はシナに確認する事があった。

「そういえば、どんな犬なんですか? 特徴とかは?」

「小型犬。胴長短足で、狩猟犬らしい。茶色と黒色の斑尾まだらがあって、ピンクの首輪が特徴的。名前はダイアナ。分かってるのは、以上」

「え、それだけですか?」

「うに」



 それは探すの無理なんじゃないか、と思った。

「この情報で一発で探すのは、おそらく無理」

 シナも同意見なのは良かった。

 けれど、ではどうやって探すのか。

 そっくりそのまま問うた。

「簡単。近しい犬は全部、飼い主のところに持っていく。そして全部判断してもらう。きっとそれが一番の近道で、一番依頼主の為になると思う」

 



 確かに、それが最も依頼主の為になるだろう。依頼主は犬探しを依頼するほど、犬を大事に思っている。つまり不安はかなりあるだろう事が考えられる。

 ならば、細かく何度もコミュニケーションをとり、不安を極力少なくする。

 本当に探してくれているのかという疑問を払拭ふっしょくする為には必要な手段だ。



 シナは流石プロと自称するだけの事はあった。他人を思いやる事は一流なのかもしれない。



 僕はシナという大船に乗ったつもりで、辺りを散策する事にした。


◇ ◇


「この子ではないわぁ」

 太陽と月の広場で、依頼主に捕まえてきた犬を見せていた。

 身なりが良すぎる、ふくよかな女性だった。犯罪者だらけの街で、こんなに派手な人がいていいのか、というくらいには派手だ。

 真っ赤な貴族風なドレスに身を包んでいる。



 愛玩犬を飼うくらいだから、裕福だろうとは思っていたが、贅を尽くしていそうなほどとは思っていなかった。

「ウチのダイアナちゃんはとっても可愛いのぉ。あなた達もきっと一目見たらすぐに分かるわぁ」

 そうは言うがもう10匹は捕まえて、見せている。本当にそんな簡単に分かるものなのだろうか。




「この子も違う。なら、もう少し特徴を教えて」

 しかしシナは尚も熱心に、依頼主から話しを聞こうとしていた。依頼主の一言一言にちゃんと相槌を打っている。本当に困っている人を助けたいのだろう。

 それは凄く分かった。



 しかし、その依頼主から、これ以上の情報は出てこないような気がした。

 何というか、情報が曖昧なのだ。とても可愛いとか、毛並みが綺麗とか、愛くるしい瞳をしているとか。

 とにかく主観が多すぎる。

 自分の犬の事以外見えていないような人だった。



 そういった事情もあるが、何より依頼主はふくよかだか少しやつれていた。

 彼女は犬がいなくなった事で憔悴しょうすいしきっているのだろう。

 正しく情報を伝えるのが難しくなっているような気がした。



 ただ、現状はダイアナを探すしかない。

 シナが依頼主から貰った情報を元に、僕らは犬探しを再開する事にした。


◇ ◇


 日は傾いてきていた。

 おそらく一日中、探していただろう。

 ようやく依頼主の飼い犬を見つける事ができた。

 まさか、これほどまでに時間がかかるとは、と思う事はなかった。



 あれだけ少ない情報の中、探しあてたのだ。日をまたぐ可能性すらあった。それを考えれば、シナはプロと自称するだけあるんだなと思えた。

 彼女はずっと依頼主の気持ちに寄り添い続けて、犬を見つける的確な情報を探し出した。




 散歩の時に、兎の密集地を通る事があり、そこにダイアナはいつも興奮して走り出そうしていたとの事だった。

 その情報が決め手になり、その辺りを探す事で見つける事ができた。




 このやり方は正直に言うと、凄い。

 ここまで相手に親身になれるという能力は、誰もが持ち合わせているものでない。誰にでもできそうで、しかしやるには相当な努力と忍耐が必要となる。

 僕はついていく人間を間違えていなかった。

 そんなふうに思えた。



「ありがとうぅ、ありがとうぅ、ねぇ」

依頼主のその感謝の言葉が、実際にシナのやった事を表しているように思えた。

 夕方の太陽と月の広場で、依頼主は泣いていた。



「私、本当にダイアナちゃんが見つからなくて、ご飯も喉に通らなかったのぉ。ありがとうぅねぇ」

「いえ、どういたしまして。すごくお金ももらってるし」

 それにしても払い過ぎじゃないだろうか。1万レジ(100万円)だ。相場が分からないが、犬探しとしては破格だろう事は明らかだった。




「いいのぉ。私にとってはそんな金額よりダイアナちゃんの方が、大事なのよぉ」

「とても、大切なんですね」

 僕もまたシナに従って、依頼主の言葉をしっかりと聴こうと思った。

 もう終わった依頼だけど、おそらく間違っていない筈だ。

「ええ、旦那が亡くなってこの子だけになってしまってぇねぇ。でもお金は一杯あるのよねぇ。どうしたってこの子が生き甲斐になるのよぉ」

「生き甲斐、ですか」

 僕にとってはとても親近感のある言葉だった。




 生き甲斐、目標。

 やはりそのような物がなければ、人間は生きられない。アンカーテイルさんの言葉を裏打ちされたような気持ちだった。

 アンカーテイルさんの言葉なんて、もう忘れたほうが良いと思う部分もあった。

 けれど、正直これは呪いなのだ。

 忘れられる訳もなかった。



 依頼主が僕の言葉を拾った。

「そうよぉ。生き甲斐なのぉ。生きる為の目標なのよぉ。私はダイアナちゃんの為なら、死ぬ事だってできるわぁ」

 最終的にそう言って、依頼主は帰っていった。


 

 僕には何故だか、一方的に生きる理由を犬に押し付けているように思えた。

 正直、それは依存というのではないか。

 疑問が僕の胸をついた。

 



 そして段々と自分自身にも疑問が湧いていた。

 僕のやっている事も依存ではないのだろうか、と。






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