第四章 ~『ティアラの過去』~
ティアラの過去――それは栄光からの凋落であった。
幼少期の彼女は、公爵令嬢であり、容姿も整っている自らを無敵だと信じていた。欲しい物は何でも手に入れたし、自分以外のすべては玩具だと見做していた。
その傲慢さは他者の権利を踏みにじった。一番人気というだけでジルを手に入れようとしたり、平民やスラムの者たちを虐めたりもした。
だが誰も止めようとしなかった。
公爵家の地位だけではない。聖女としての素質も持ち合わせており、どう転んでも権力者になることは間違いないと思われていたからだ。
しかし栄光は長く続かなかった。積んできた悪行をレイン王子に糾弾され、貴族社会での立場を失ったのだ。
ティアラは必死に抗おうとした。だが落ちた評判はすぐに元通りにはならない。性格が悪いと社交界に知れ渡り、近づいてくる者がいなくなった。
彼女は公爵令嬢としての価値を失ってしまった。これから先、条件の悪い婚約をさせられるか、それとも辺境で暮らすことになるか。どちらにしても、華々しい世界とは縁を切られてしまう。
だが彼女の予想は甘かった。父親である将軍は『公爵令嬢として甘やかしたのが間違いだった』と、激しい訓練を始めたのだ。
一日一万回の剣の素振りを強要され、白い手がボロボロになった。実戦形式の試合では皮膚が赤く腫れあがるほど竹刀で襲われたこともあった。
甘やかされて育ってきたティアラにとっては辛い毎日であり、原因となったレインを心の底から憎んだ。
しかし半年ほど経過した頃、突如、父親からの指導が止んだ。理由を問いただすと、レインが社交界に流れていた噂を止めてくれたおかげで、改めて公爵令嬢として生きる道が生まれたからだと伝えられた。
それからだ。ティアラはレインに恋をした。
当初は恨みの対象であったはずの彼だが、冷静に考えれば、糾弾されるだけの原因があったと、ティアラ本人も自覚していた。
それに最終的には救いの手を差し伸べてくれたのだ。彼に感謝し、それが愛へと変わったのである。
王子と結ばれたい。そう願い、アプローチしてみたが、彼の反応はいまいちだった。それどころか、イリアス男爵家の令嬢と婚約を結ぼうとしている。
焦ったティアラは情報を収集した。男爵を相手に選ぶのだから地位ではない。どのような部分に惹かれたのかを知ろうとした。
結果、判明したのは、その男爵令嬢が不遇な立場に置かれているため、レインが結婚により救おうとしている事実だった。
ティアラは納得することができなかった。愛している自分が選ばれず、可哀想なだけで求婚される男爵令嬢に理不尽さを覚えた。
だがティアラは窮地に追いやられてから、レインに救われたことを思い出した。そこから一つの仮説に辿り着く。彼は不幸な人しか愛せないのではないかと。
その仮説は、教会に入り、マリアと出会って確信に至る。彼女は貴族社会にあまりに不慣れだった。
庶民のような愛らしさや、優しい性格。男爵令嬢らしからぬ性格は、彼女の人生を現していた。
より深く知ることで、レインの理想の女性像に近づけるかもしれない。そんな打算もありながら、マリアと交友関係を持った。そして、いつの間にか親友になっていた。
恋敵でありながら、友人でもある。そんな曖昧な存在であるマリアをどうすればいいのか決められず、ティアラは心を揺れ動かす。
まだ結論はでていない。複雑な想いを抱いたまま、ティアラはマリアの親友であり続けるのだった。
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