第三章 ~『ジルからの手紙』~


 サーシャとの密会の帰り道、寮に戻ろうと街道を歩いていると、ケインと出会う。教会からの帰り道なのか、修道服に身を包んでいる。


「奇遇ですわね、ケイン様」

「実は偶然じゃないんだ。君を探していてね」

「私を?」

「君が悩んでいると、ティアラから聞いてね。話を聞きたいと思って探していたんだ」

「心配してくれて、ありがとうございますわ」

「パートナーだからね。微力ながら力になるよ」

「ケイン様……」


 今までのジルとの出来事を語るべきか逡巡する。だがすぐに意を決し、相談することを決める。信頼できるパートナーだからこそ、隠し事をしたくなかったからだ。


 二人は噴水広場のベンチに腰掛ける。ジルにダンジョンで庇われたこと、それをキッカケにデートして告白されたこと、そして彼がイリアス家を恨んでいる話を打ち明けていく。


「マリアくんは大きな悩みを抱えていたんだね……」

「でもケイン様に相談できて、スッキリしましたわ」

「力になれたようなら、僕も嬉しいよ」


 二人の間に気まずい空気が流れる。ケインは躊躇うように口を何度か開閉した後、意を決する。


「客観的な意見を伝えよう。裏にどんな思惑があろうとも、ジルくんとの結婚は悪くないよ。彼は成績優秀だし、容姿も整っている。性格も悪くないから、きっと君を幸せにしてくれるはずだ」

「…………」

「でも僕の個人的な意見は反対だ。君は大聖女になれる器だ。僕と共に教会に残って欲しい」


 もちろん君に選択権はあるがと、ケインは続ける。その必死な口ぶりから、彼に必要とされていると実感し、嬉しさが込み上げてくる。


(もしかしたらケイン様は私の事を……)


 単なるパートナーを超えて、女性として慕ってくれているかもしれない。だが確かめるのが怖くてその一歩を踏み出せない。


「あ、あの……」

「な、なにかな……」


 隣り合う二人の視線が重なり、緊張が心臓に早鐘を打たせる。ジッと見つめ合う二人だが、そんな彼らに人影が近づいてくる。


「おお、マリアじゃねぇか」

「カイト様!」


 肩に黒い猫を乗せたカイトが声をかけてくる。我に返ったマリアたちが姿勢を正すと、彼は気まずそうに頬を掻く。


「あ~タイミングが悪かったか?」

「い、いえ、問題ありませんわ。それでカイト様はここで何を?」

「ティアラの霊獣を人慣れさせるために、街を散歩していたのさ」


 ダンジョンで暮らしてきた霊獣は、聖女に懐くが、人間に強い警戒心を持つものも多い。そこで彼はティアラの代わりに街を回っていたのだ。


「ティアラは一緒でないのですわね」

「あいつは別件で忙しくてな。それに俺なら適正のおかげで霊獣とも話ができる。コミュニケーションを取りながらだと、人慣れさせるのも早いからな」

「やっぱり、カイト様の適正は便利ですわね」


 霊獣と連携を取れると、索敵や護衛など幅広い分野で力を発揮する。ティアラの人を見る目は正しかったのだ。


「もし俺に協力して欲しいことがあれば遠慮なく言えよな」

「ありがとうございますわ」

「じゃあな、俺はもう行くよ」


 去っていくカイトを追いかけるように、ケインも立ち上がる。


「僕も気になることができた。少しカイトくんと話をしてくるね」

「ん? 分かりましたわ」


 引き留める理由もないため、ケインを見送る。一人になったマリアはベンチに座ったまま、空を見上げる。


 太陽が沈みつつある。暗くなっていく様を呆然と眺めていると、彼女の元に一枚の手紙が風で流されてくる。


 意図的に生み出された風は、人為的な魔法によるものだ。周囲を探っても、知り合いの顔はない。仕方ないと手紙の中身を確認する。


(これはジル様からの手紙ですわね……)


 手紙の内容はシンプルだった。ジルの名前と共に夜に礼拝堂で待つ。ただそれだけが伝言として残されていたのだった。

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