第6話 履歴書
迷宮から出た俺たちは、通りをゆっくりと歩いていた。
シジーは片足を引きずり、俺は肩を貸してそんなシジーを支えていた。頑強な肉体のお陰か、体力的にもいまだに全然余裕だ。ちなみにガルナタタンは俺の影のなかにいる。眷属というのは、そういう事が出来るようだ。
迷宮を出るとき、ガルナタタンのことをなんて説明しようか迷っていると、俺の足元にきてするりと俺の影のなかに入ってきた。どうやら俺の迷いを察して気を効かせてくれたらしい。
「レキの兄貴……」
「なんだ?」
「さっきの、あれで良かったんすか?」
シジーの言っているのは迷宮を出てすぐ、俺と親方のやり取りのことだろう。親方からは、逃げ遅れたのに、無事に脱出したことを不思議に思われたようだ。しかし、ギリギリなんとか逃げれたと伝えただけで、親方からは詳しい話は聞かれなかった。
シジーも、足を怪我した状況を伝えてはいた。親方も同情していたようだが相手は正規冒険者。しかも基本自己責任が原則の迷宮内で、かつ準戦闘状態でのことだ。彼女を押して倒したことについて公的な咎めが黄金の双樹にいくことは難しいだろう。
それと俺たちフリーの冒険者の感情は、全くの別問題だが。
そして、シジーが話したのはそれだけで、俺が深く話さないことを察してくれたのか、余計なことは一切口にしなかった。
一緒に働いたときも少し思ったのだが、シジーはかなり気配りが出来るようだ。
「……ああ」
「ワーウルフのオリジンを倒したことを伝えて、ステータスを見せたらレキの兄貴、一気に有名人になってたかもっすよ?」
そう、そこが問題だった。ステータスは本人の意向で開示できる。
そしてワーウルフのオリジンを倒した証明としては、俺のステータスの
──魔石は手のなかに消えてしまったし、ガルナタタンは可愛い子犬って見た目だしな。
そうやって証明は出来るのだろうが、俺の場合、ステータス開示でシストメア様の加護まで一緒に見せることになってしまうのがネックだった。
──シストメア様のことをいつまでも秘密にしとくというのは、無理だろう。けど、誰にどこまで見せるかは慎重に考えないと、だよな。
俺はそんなことを考えながら、今回の一連の出来事を目撃しているシジーのことをちらっと見る。
ちなみにシジーの確保していたモンスターの体液のつまった容器は、回収して無事に親方に渡していた。後日、清算をしてくれるらしい。
「あ、レキの兄貴。ここっす」
「ああ。その足、本当にいいのか。救護院にいかなくて」
「救護院だなんて。そんなお金ないっすよー。これぐらい、少し寝てれば治るっす。今日のこと、本当にありがとうっす。レキの兄貴があの時戻ってきてくれなかったら、うち、きっと死んでたっす。お礼、絶対させてくださいね」
「お礼、か。……なあ、シジー」
「なんすか?」
こてんと首を傾げて、こちらを見上げながらたずねてくるシジー。とても真っ直ぐな瞳だった。
今回のことを思い返しながら、俺は意を決してシジーに告げる。
「もし、俺がギルドを立ち上げるとしたら、一緒にやってみないか?」
「っ! もちろん、いいっすよ! レキの兄貴、レベル10の壁を越えたから、ギルドの立ち上げが出来るんですものね」
そう、レベル10を越える事が中級冒険者として認められる一つの指標だった。そして、中級冒険者は自分のギルドを立ち上げる事が出来る。
──問題はその時もステータス開示の必要があるんだよな。
俺は自身の提案が受け入れられたことにほっとしながら話を続ける。
「ありがとう。とはいえ、まずは資金集めとかの段階だからな。先は長いだろうが」
「うっす! よろしくおねがいっす。あ、連絡はどうとるっすか?」
「連絡か……」
そういえばシジーとはこれまで清掃の現場で会うだけだったな、思い返す。俺はいつも持ち歩いている履歴書用の白紙の紙の裏に、さらさらと文字を書いていく。
「とりあえず俺の家の住所だ。これで手紙ならやり取りできるだろ?」
「いいんすか」
なぜかそこで上目使いでこちらを見てくるシジー。それに頷き返す。
「……じゃあ、ありがたく頂くっす」
そういって俺から履歴書の裏紙を受けとるシジー。
受け取った紙の両面を確認してから、大事そうにそっと片手で抱えるようにして持つシジー。
「……裏紙ですまん」
「そんなことないっす。これって、レキの兄貴が毎日毎日、各ギルドに送ってる履歴書の用紙なんすよね?」
「そうだが。なんでお前がそんなこと知ってるんだ?」
あ、しまった、という顔をするシジー。
「あの、うちらフリーの冒険者の間じゃ、結構有名っすよ。レキの兄貴のこと」
「いい年していつまでも正規冒険者になる夢を見ている、愚か者って感じか?」
思わず苦笑いしながらきいてしまう。
「ちがうっすよ! 日々、黙々と努力し続けてるレキの兄貴の姿に勇気を貰ってるフリーの冒険者、結構いるんすよ」
「──そうか」
シジーの言葉に、年甲斐もなく顔が熱くなる。
「だからレキの兄貴には、本当は今回のオリジン撃破のこと、公表してほしかったっす。きっと喜んでくれる人いっぱいいますよ?」
「……」
シジーになんて返していいかわからず、黙ってしまう。
「まあ、理由があるんでしょうけど。それに、レキの兄貴がギルドを立ち上げるなら一緒っすね。あ、あの娘、シェアハウスしてる同居人っす。レキの兄貴、ここまであざっす。それじゃ、失礼するっす!」
俺たちが立ち話をしているところへ近づいてきた女性。ふっと肩からシジーの手の暖かみが消える。シジーは出てきた女性につかまると、なぜか楽しそうに一連の出来事を話し始める。
その後、ぺこりとこちらに頭を下げると、シェアハウスへ入っていくシジーたち。
「──おう、じゃあな」
なんとなく気恥ずかしくて、シジーの方を見れないままに返事をして、俺もその場を立ち去る。そうして通りを戻っている時だった。
「あ、見つけたわっ!」
俺の前に立ちふさがるように現れた一人の女性が、こちらを指差して話しかけてきた。
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