第5章-7

言葉は意外なくらい簡単にすべり落ちてきた。


 気負いもない、覚悟もない、恥も外聞もない。

 まるでレース玉から糸を引きだすように、すんなりと想いが引き出されて、そのまま声になった感じだった。


 シャラの珊瑚色の唇が「え」と呟いた形のまま固まっていた。

 新緑の瞳が転がり落ちそうなほど目を見開き、息すら止まっているように見えて、ソーレイは思わず笑みをこぼす。 


「難しい顔してたのは、たぶんどうしていいか分からなかったからだよ。俺もうきっぱりふられてるし。どうすればシャラの迷惑にならないように――シャラ?」


 そのときソーレイが見たのは、好きじゃないシャラの顔だった。

 泣きそうな顔だ。

 とん、と、肩にシャラの額が触れ、細い腕が首に巻きついて、ぎゅうっとする。

 小さな身体が小刻みに震えているように見えて、ソーレイはぎこちない手つきで彼女の背をなでた。


「泣くなよシャラ。前にも言ったろ。俺、シャラを泣かすためにいろいろやってるわけじゃないんだぞ」

「泣いてないよ。わたし、うれしいだけだもん」


 いっそう強く身を寄せられて、ソーレイは湧きあがる感情に突き動かされるまま倍の力で抱き返した。


「俺、絶対シャラの潔白を証明する。シャラは俺が守るからな」

「うん……うん」


 最後に一度、深呼吸する間、全力の抱擁をかわした。

 ソーレイの方から身体を放し、目と目を合わせる。

 シャラが小花が咲くように笑うから、ソーレイはそのまま吸い寄せられるようにシャラの額に口付けた。

 額へのキスは「森の女神が額に守護の印をつける」という言い伝えから生まれた、花婿が花嫁に立てる誓いの儀式でもある。

 実際その立場で捧げることはできなかったけれど、気持ちは変わらない。

 シャラを守るという、気持ちだけは。


 ソーレイは膝を立て、腰を上げた。

 定規を通したように背筋が伸びるのは、その肩に載るものが重いからだろう。


「じゃ、行くな」

「あ。待って」


 身をひるがえしたソーレイの腕に、シャラが自身の腕を絡ませた。

 少し、彼女が背伸びをし、ソーレイは頬に何かが触れるのを感じる。

 珊瑚の色をした、それは彼女の唇。

 頬への口付けは「森の女神が愛を与える印」として花嫁から花婿に贈るものだ。

 ソーレイは軽く目を見開き、かつて五秒でふられたはずの相手を見る。

 シャラは、なんだか泣きそうな、しかし確かに微笑みを浮かべて、二歩、三歩と下がった。


「行ってらっしゃい。わたし、待ってるね」


 触れあっていた手が、そこで最後、離れた。

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