第4章-13

「――そう、しあわせそうでうらやましい限りだわ」

 あたしは暑がりなの、と、日頃から意味の分からない強がりを言ってなぜかほとんどストーブをつけない極寒の部屋で、イナ公女は編みかけのモチーフをテーブルに放って傍仕えの事務官を睨みつけた。

「あなたもとことん嫌味よね。その気もないのに巷で『ロッドバルクの公子と結婚秒読みか』とか言われてるこのあたしを前に、よく平気な顔して報告できるわね」

「ここで牽制しとかないと本当にシャラのこといじめそうですからね、あなたは」

「あんた本当に嫌な奴」

「お気に召さないならどこへでも左遷してください。甘んじてお受けしますよ」

 投げつけられたレース糸の玉を難なく受け止めて、ガッタ・ルーサーは嘆息した。

「ねえ、あたし本当に結婚するの? 向こうからの手紙、最近ものすごくテンションあがってきてるんだけど。まさかあなた、そっちの方に誘導したりしてないでしょうね」

「しませんよ。それだけ公子があなたを欲してらっしゃるだけです」

「欲しいのは父の後の椅子でしょ?」

 イナ公女の冷めた物言いに、ガッタは瞑目した。

「――公女。そのお立場が嫌なら早々に家を出てしまいなさい。世の公家の息女の中には自立して、まったく当主の仕事に関わりなく生きている人もいるんです。あなたのレース編みの腕とその強気の性格があればひとりでも充分やっていけます」

 嫌よ――と、眉を吊り上げて、イナ公女は断言した。

「まだまだあなたたちを足蹴にするんだから」

 要らない言葉を「はいはい」と軽やかに聞き流し、ルーサー事務官は分厚い手帳を開いた。

「では公女。明日は学校の慰問、明後日はクレーン家の奥方たちと会食です。ここ数日は手紙の対応のためとかなり予定を空けていましたから、今後はかなり詰まってきますよ。覚悟していてください」

「ええーっ、もうちょっと時間くれてもいいじゃない。もう少しで編みあがるんだから」

 公女の不平を適当に耳に入れながら、ガッタは壁に目をやった。

 蝶の標本のように、美しく広げられた純白のベール。

 公女にしごかれてシャラがモチーフ編みを覚えたため、作業はぐんとはかどって、完成も間近に迫っている。

 しかし、優秀な事務官は一瞬でそれから目をそらし、音を立てて手帳を閉じる。

「遊んでいる暇はありませんよ、公女。間もなくロッドバルク家から特使がいらっしゃる予定なんです。せめて今日だけはきれいに着飾って神妙に椅子に座っていてください」

「――命令するからにはきちんとエスコートしてもらうわよ」

「はいはい、奴隷のように従いますよ、公女さま」

 嫌味なほどにっこり笑う事務官に、イナ公女は悔しげに顔を歪ませた。

「あんたってばほんっとうに嫌な人」

「よく言われますよ。特にあなたに」

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