第4章-5
「王宮のパーティーでイナ公女見かけられて、ぜひ一度お会いしたいとおっしゃってね」
「は?」
「手紙も書かれていたが返事が待てないと急に出立を決められた。少し前に特使が公子の手紙をお届けしたろう? そのとき他にも大量の手紙が届いていると聞いて、公子も焦ったようだ」
「人違いだろ。あの公女は凶暴な生き物だぞ」
「ソーレイ、自分が世話になっている家の住人にそれはないだろう」
あきれる父に、「事実だ」と、ソーレイは鼻息も荒く言い返した。
「ったく、どれだけネコかぶってたんだよ、公女の奴。あのパーティーのあと送られてきた手紙、試しに積んでみたら天井に届きそうだったぞ。――途中で崩れたけど」
「なんて遊びをしてるんだ、おまえは……」
「やりだしたのは公女だ!」
それになんでかシャラが巻き込まれていたからソーレイも手を貸したのだ。
そして崩れた手紙の塔の直撃を顔面に受けるという見事なオチでガッタの腹をよじらせた。
彼も公女も「天才!」としきりに手を打っていたが、甚だ面白くない名誉だった。
まあなぁ……と、父が顎を撫でながら呟いた。
「イナ公女の婿殿は実質ステントリア公の後継者。手っ取り早くのし上がりたい者はこぞって興味を示す。大量の手紙も当然だろう。――だが、だいたいが様子見ではないか? 二度目の手紙を送ってくる貴公子はそう多くないはずだ」
「確かに手紙の数自体は減った。けど、その分二度三度送って来るやつの手紙は内容が濃くなってる。最初は社交辞令だけで返してたけど、もう個別対応に入ってるよ」
「ほお。公女が自らペンをとられるのか?」
「まさか。事務官総出で分担して原文作って、シャラが――代筆の子が書いてる」
「そうか。ならばやはり直接面会を申し込むのは正解だったかもしれないな」
我が事のように喜ぶ父に、ソーレイは静かに問うた。
「……その公子、いい人なのか?」
「ワイヤ公子か? 末っ子だから少々甘やかされているところがあるが、人柄は悪くない。もしも婿入りすることがあればステントリア公にびしびし教育され、良い統治者になるだろう」
ふーん、と、気のない返事をしながら、ソーレイは頭の中で忙しく考えた。
先日、公女にとって「軽視できない」相手から真摯な手紙が来ていると、緊急に会議が行われた。
その「軽視できない」相手のひとりが、ロッドバルク家のワイヤ公子だ。
カリブ公国でも群を抜いて力を持つロッドバル家だ、互いの子を通じて両家が懇意にするのはステントリア家にとって悪いことではない。
だが、この先婚姻が絡んでくると話が別。
ロッドバルクの公子を婿にとって、ステントリア家が統治するランクス地方にロッドバルク家の力が及ぶのはあまり好ましくないという意見もある。
さらにロッドバルク家の遠縁にあたるスーティー家次男のオーサ公子も熱心に手紙を送ってきているから、事務官たちは悩んでいる。
森の恵みを活かした林業主体のこの国の中で、最近「無節材」という板の表面に節(枝を切り落とした跡)が表れないうつくしい木材を作りだし、格別潤っているのがスーティー家の統治領だ。
今後の産業界の核として躍進することが期待できるため、今から縁を作っておくのは悪くない。
が、血縁のくせにロッドバルク家と仲が悪い。
両家とも明確に先々のこと――すなわち結婚を視野に入れたような文をよこしてくるからなおさら始末におえず、ステントリア家では額を寄せ集めてどちらに重きを置くべきかと論議されているのだ。
もっとも、イナ公女本人に選ばせればどちらもそっぽを向くのだろうけど。
「――ところで息子よ」
唐突に、改まった口調で父は言った。
ソーレイは「なんだよ」と、妙に気まじめな顔をしている父に目を向ける。
こほん、と、父はわざとらしく咳払いをした。
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